第9話 領主と話しましたが、うまくいかなかったようです
………
……
…
あの誓いの後、勇者様、聖女様、俺の一団は、旅の途中である領地へと足を運ぶことになった。
ロイド伯爵領。土地も肥沃であり、経済も潤っている。聖国の外側には位置していたが、国中でも有数の豊かで栄えた領地であった。外側というのが利点の一つでもあった。魔道国との貿易で利益を得ていたのだ。
旅の途中でその伯爵のもとへ挨拶をしに行った時のことだった。
「勇者様ご一行。よくぞ参られました。我ら一同歓迎致しますぞ」
ロイド伯爵。初めて拝見した。
容姿としては、言い方が悪いかもしれないが、まずは第一印象としてはふくよかな方だと思った。それは俺が騎士として自身を鍛えることに注力していたことから発生した印象だと思う。
豪華な衣装を纏われているのも目に入った。指になされている宝石が輝かしく、まぶしかった。あの経済的に豊かではなかった教会にいたころの俺からは、考えられないような服装をなさっていることが印象的であった。
「ロイド伯爵。まずはお礼を申し上げます。ありがとうございました。我々の聖女をお助けいただき大変助かりました」
伯爵領につく直前に、聖女様は高熱を発症した。おそらく風邪か何かだったと思う。過酷な旅だ。流行り病の疑いがあった。伯爵領につくとすぐに俺らは伯爵のもとへ向かい、休ませてもらうことになった。今は聖女様はすぐ近くのベッドでお休みなさっており、その間勇者様と俺は挨拶に出向いていた。
「いえ、勇者様の支えになれたことで光栄でございます。これで我が領地の名誉も上がることでしょう。」
そのあと、コミュニケーションが優れていらっしゃる勇者様が中心となり会話を進めていた。俺は会話に水を差すわけにはいかないと思い黙っていた。というよりも、聖女様の看病に向かいたくてしょうがなかった。だが、勇者様の顔を立てることも重要なので、出向いたのだ。俺が黙ることで会話が早く終わることを願っていると、その中で伯爵はある提案をしてきた。
「勇者様、旅の途中でお疲れのところ大変申し訳ないのですが、……一つご相談があるのです。よろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか? 我々で答えることができる範囲であれば」
勇者様はそういうしかなかったと思う。この領地で滞在させてもらうのだ。何かしらの返礼はするしかない。礼儀正しい勇者様の人柄から自然に発したかもしれないが、勇者様のメンツもある。つぶすわけにはいかなかった。
それにもっともな理由が、聖女様の現在進行形でお世話になっているのだ。無下にすることなどできなかった。
「この領地のすぐ外で強力な魔物が暴れているのです。勇者様の力で何とか『退治』してもらえないでしょうか?」
「強力な魔物、ですか……。それはどのような魔物でしょうか?」
「はい。ドラゴンです」
「……正気ですか?」
ドラゴン。それは魔物の中でも最上級の強さを誇る。
普通であれば災害レベルの危険であり、領地の兵を全て率いて防衛するしかないほどである。ドラゴンは、どこかに過ぎ去るのを待つしかないのだ。退治などもっての他であった。
そう、防衛なのだ。防衛しかできない程、ドラゴンという生物は危険であり、対処のしようがない。
勇者様の力、そしてこのパーティならばなんとかなるかもしれないが、そもそもが聖女様が病に伏せているのだ。その状況で依頼するなど、信じることができなかった。
勇者様が伯爵に問う。
「伯爵の兵をもってしても難しいのでしょうか? ドラゴンは災害です。過ぎ去るまで耐えるのが基本だと思うのですが、なぜその方針をとることができないのでしょうか?」
伯爵はその問いに対し、苦笑いのような笑みを浮かべた。
「はぁ…。私の領地の兵は勇者様程の精強ではありません。耐えることすら厳しい…。なぁ、そうだよなお前たち?」
「ええ、我々などもっての他。勇者様しか対応できません」
「いやぁ、情けない限りで申し訳ない、勇者様。今、領地の経済は止まっておりますし、それに兵もタダではないのでしてねぇ」
伯爵のすぐそばにいた兵の長のような者は、これまで出会った者の中でも下卑た顔をしていたことを覚えている。もちろん、無礼であるが伯爵も似たような笑みを浮かべていた。
内心では、納得もしていた。
ドラゴン退治は、伯爵たちに何の利益もないのだ。
防衛するにしても、その対価はなんだ? 伯爵から兵たちに何も与えることなどできない。名誉しか与えられないのだ。昔あったといわれる戦争、それでは相手方の領地を得ることができ、それを報酬とすることができたかもしれない。だが、今回で領地を得ることができるのか?
兵たちも家族を食わせる必要がある。ドラゴン退治で飯が出てくるのか? 兵たちにとっても、面倒なことでしかない。死ぬかもしれないデメリットと、どうしても釣り合わないのだ。
だからこの話は勇者様に話が回ってきたのだろう。あの『勇者様』の称号を持ったお方だ。その力は絶大ではもちろんではあるが、何よりも……『勇者様』なのだ。
勇者様とは、勇気をもった者である。魔物程度に恐れをなしてはならない。恐れては、勇者様ではない。それがその名の重さ。
人類を守る、それが勇者様の称号なのだ。そして、民の窮地を助けない勇者様は『勇者』ではないともされていた。
「……なぜ『退治』なのですか? 防衛ではいけないのでしょうか?」
「ドラゴンの素材が高く取引されるのはご存じでしょう? 尾恥ずかしながら、最近赤字でしてね。それに、……『薬』の値段も高騰していると聞く」
「……」
勇者様は黙っておられた。深いお考えがあるのだろう。
俺たちも防衛することはできるとは思う。だが、依頼されているのは『退治』だ。危険を伴う。これ以上パーティに危険を及ぼすことを懸念なされているのだろう。だが、聖女様がお辛い状態である。それら他にもあるメリット、デメリットと天秤をかけているのだろう。その勇者様に対し、伯爵は言葉をつづけた。
それはありえない言葉であった。
「そうそう。思い出しました。現在、我々の領地にいる医者は現在遠出をしておりまして、いつ頃帰ってくるかわかりません。神聖魔法を使うものも出払っております」
「……脅し、でしょうか?」
「とんでもない! 勇者様に脅しなど命がいくつあっても足りません! ただ事実を言ったまででございます。」
「……その方々帰ってこられるまで、どれくらいかかるのでしょうか?」
「さあ……。仮にですが、私が使いを出し、早急に帰還を命じれば何とかなるかもしれませんが…。しかし、使いを出すにしても、今外でドラゴンが暴れている状況では……」
その、こちらを侮るような笑みは、誠実さのかけらも感じなかった。
勇者様は苦虫をつぶしたような顔で、「……少し、考えさせてください」と言い、その場はお開きとなった。




