第5話 俺が『騎士』になった理由は、勇者様には話していません
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騎士とは何か? それは、以下の精神や行いを求められ、人々から『祈り』を籠められ、それを達成できると見なされた者に与えられる称号。
誠実、忠義、平等、礼節、武勇など。
一つかけても不適合とみなされる。その中で『誠実』さが最も求められ、民からの『理想』であれと。
俺はあの学校……『騎士』養成学校でそのように教えられ、『勇者様』に見出していただいた。そして、それを信条に生きていこうとしていた。その誓いを強めていた。下賤の生まれでも、その名に恥じないように。
そう、俺は下賤の民なのだ。俺の生まれ……それは、わからない。親も兄弟も親族もわからない。
教会の前で赤ん坊のころに捨てられていたらしい。俺を見つけてくれたシスターがそのように言っていたのを記憶している。
騎士養成学校に入る前では教会で過ごしていた。その時の記憶……あまり覚えていない。正直に言うと、思い出したくない。
それは俺が逃げたからだ。
俺が育った教会は聖国の外れの町、そのまたはずれに存在していた。
町の外からくる外敵に、守る力が教会には不十分ではあった。だが、それでも教会の人々は安心して暮らしていた。通常、その町の周りには強力な魔物は存在せず、聖国の教会に備わっている『結界』で守られていた。だから皆安心していた。
だが、その教会がある日燃えていた。
俺が町に食料を買いに出かけ、そして帰ってきたとき。その時教会はすでに、魔物たちに蹂躙されていた。
ゴブリン。オーク。いろいろな魔物がいた。そのどれもが、子供たちを食べ、世話になった大人たちを……屈辱的な目に合わせ、死体さえも弄ばれ。
その時の俺は精神的に耐えられなかった。そして、遠目で見えたそれから、逃げてしまった。
その原風景が俺を一生攻め続ける。今でもだ。だから、あまり思い出したくはなかった。
だが、忘れてはいけない始まりでもあった。
俺は逃げ出したことを恥じた。怖さから逃げ出した臆病者なのだ、俺は。
俺を拾い、育ててくれたシスターの教え、俺にとっては姉のように寄り添ってくれた人の教え……それを守れなかった。
そのシスターは俺に言った。「誠実であれ」と。
近い年の子とも仲良くなることもできず、体を動かすことしか、そして傭兵が戯れに俺に与えてくれた剣を愚直に素振りし続けるしかできない、不器用な俺。何もできずに落ち込んでいた時に、そのシスターは俺を慰めるように諭したのだ。
「誠実であり続けなさい。あなたは誰よりも不器用よ。女の子の扱い方もなっちゃいないわ。だけど、誠実であろうとすることはできるし、人一倍あなたは誠実だわ。あなたがその心をもって、相手に接すれば必ず相手もそれに応えてくれる。確かにあなたは捨てられたわ。でも、そんなあなたが誰かの『心』を捨てるような真似はダメ。『不誠実』なことをしちゃいけない。あなたは、誰よりも捨てられることに、敏感で、それに『捨てられた人』に寄り添うことができるわ」
そんな俺が……、皆を捨てたのだ!
見捨てた。見殺しにした! 裏切った!! 恩を仇で返してしまった!!!
俺は立ち向かうべきだった。生きているもの何とか探し出し、一緒に逃げようと助けるべきだった。
同い年の子供たちが遊んでいる中で無様に振り続けた剣は、何のためにあったのだ!
「上手ね」と褒めてくれたシスターを守らずして、何のためにこの手はあったのか。
素振りのしすぎで血に濡れた剣を、苦笑いしながらシスターを見捨てた!
昨日よりも振る回数が増えたと報告した俺を撫でてくれたシスターを見捨てた!!
何度も抱きしめて、人の温かさを教えてくれたシスターを見捨てた!!!
死ぬべきだった。死ねばよかったのだ、俺は。子供だったからと言って言い訳にならないのだ。子供でも何かできることはあるはずだ! 地下室の逃げ道も覚えていた。格好をつけて買い物に行った際に背負った剣で何かできたはずなのだ!
俺は、そんな自分を殺したかった。だが、死ぬ勇気もなかった…。意気地がなかったのだ。
俺が命からがらに逃げた場所、買い出しに赴いていた町。少しの間、その路地裏で死んでいるように暮らしていた。残飯をあさっていると、町の中心で、精悍な戦士のような顔をした男がいた。
「今、騎士養成学校を開校しようとしている。聖国の教皇様からの直々の命によってだ。新しい『騎士』を選出しようとしている。この学校は才能があれば誰でも入れる。……いや、才能がなくてもいい。強い精神性があれば、誰でも入学できる。金がなくてもだ。それほど、あの『騎士』を、聖国は本気で欲している。誰か行きたいものはいないか!? 我こそは『騎士』という者はいないのか!」
興味本位で町の住人がその男のもとに集っている。だが、男の一声で、歩みを止めた。
「野次馬どもがぞろぞろと……。……ああ、『強い精神性』といったな。それは、その訓練が苛烈だからだ。才能も勿論そうだが、強い精神力がなければ人死にもあり得るだろう。それほど国も本気だ。それは人が死ぬリスクを抱えても、強いあの『騎士』様を欲しているからだ。『世界を守る』ためだ。」
俺はそれでも向かった。
「…ふん。誰もいないようだな。臆したか。……ん? 坊主、お前は入りたいのか?」
「……はい。」
「死ぬかもしれないぞ? それでもいいのか? 家に帰って家族と過ごしていた方が幸せだぞ?」
「はい。それでもかまいません。……それにもう、帰る場所もありません」
「あいにくと孤児を養うための学校ではない! ただの食い扶持を探しているだけであったら、孤児院を探そう。」
「いいえ、俺は、その学校に入りたい」
「何がそこまでお前を動かす? 死ぬかもしれないのだぞ?」
「『騎士』……シスターが言ってくれました。それは、『誠実』な人間がなるべき称号。あの、輝かしき名の一つ。それを俺は欲しいと思ってます。自分を変えるために、……そして、償いをするために。俺は『騎士』になるまで、死ぬことはできません」
「……その気持ちが本物かどうか試そう。一発だけ耐えろ。」
「え?」
その男は、強い一撃の衝撃を俺に食らわせた。腹にだ。大の大人が、子供の小さな腹に。俺は地に伏せてしまった。
「強い精神性といったな。痛みに耐えきるのも、その一つだ。」
「あっ、ぐっ……」
痛みに頭が一瞬支配された。逃げ出したかった。
「後10秒以内で立って見せろ。痛みを耐えきって立ち上がることができれば、根性があると認めよう。それがこの学校で生き残る才能の一つだ。」
支配された思考がささやく逃げろと。
立ち上がることができない。
逃げ出せと頭の中の違う俺がささやく。目の前の男が怖い。あの暴虐の限りを尽くした魔物のように見えた。
「10,9,8,……」
……逃げる? ここでも逃げるのか?
また怖いからと、逃げ出すのか?
力あるものに、また屈するのか?
「……それが、俺の期待を裏切ることが、お前の誠実なのか?」
――ふざけるな!
「5,4……よし、立ち上がったな。お前は合格だ。さて、他にはいないか? 俺の拳に耐えられる者は? ……おっと。立ちあがって、俺に拳を入れてきたか」
拳を当てて気を失った俺は、その騎士を目指す学校に入学することができた。そして、その学校で地獄のような日々を過ごし、勇者様に見出してもらい、その称号『騎士』を得ることができたのだった(まあ、そこの生活は後で思い返そう)。
………
……
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「……冷静になれた? ちゃんと自分を、『騎士』になったことを思い返せた? きーくん……」
「……はい。時間をかけてしまい、大変申し訳ございません」
「いいよ。僕がそう命じたんだから。……ごめんね。つらい思い出だったかな」
「いえ、おかげであたまの中が冴えました。自分の『騎士』という称号の意味を、改めて身にしみこませました」
「……そっか。じゃあ、今から思い返そうか。まずは時系列順がいいかな。僕ときーくんパーティ組んだ後、次に入ったのはせーちゃんだったよね。その時の出会いからいこっか」
「はっ! ……」
「……思い出すの、難しそうだね…」
――自分の無能を恥じる。
シスターの教え、『誠実』であること。俺はそれを胸に行動していたはずだ。彼女を、聖女様をたぶらかそうと一度たりとも考えたことはないのだ。
「……申し訳ございません。返す言葉も」
「それじゃ、一緒に僕と考えてみようか。女の子は、的外れなこと謝ったら怒っちゃうからね。」
「はい、ありがとうございます……」
そうして俺は思い出し、語り始めた……。




