第3話 修羅場ですが、身に覚えがありません
………
……
…
パーティの場所に戻ると、そこはパーティメンバーが作ってはいけない雰囲気を醸し出していた。空気を読む能力が低い俺でもわかる。これは……、殺し合いの空気だ。
「あなたが……あなたが騎士様を騙して!!」
「それはこっちのセリフ、クソ聖女様。私のきーちゃんを横取りする泥棒猫の分際で」
二人は掴み合いをしていた。
もはや仲間ではなく、敵対者を見るような目でにらみ合っていた。このまま二人を放置していたら、どちらかは必ずケガをする。いや、ケガ以上の事態が起こってしまう。それがわかった。
「二人ともやめて! 落ち着いて! きーくんも手伝って!」
勇者様は即座に二人の間に入り、仲裁しようとする。
「騎士様!?」「きーちゃん!」
聖女様、魔法使い様。二人が俺の方を見る。
聖女様…。
大陸での人の国は二部している。
彼女は、その国一つである『聖国』で聖女として選ばれたお方だ。
そもそも聖国とは、二つの神のうち、その一つの神を崇める宗教が根差した国。教皇陛下は誰よりも地位が高く、政治にも口を出せる。
その宗派で修行していたシスターの中で、聖女様は『聖女』の称号に選ばれた。
『聖女』の称号……、それは神聖魔法の才能が最も優れている者と聞いている。
神聖魔法とは、世界に2種類存在する神の法の一つ。邪悪なものを打ち滅ぼし、隣人を癒す力を持つ。俺が生きてきた中で、彼女より優れている者はいなかった。
そして『慈愛』を持っているものがなるとも聞いている。慈愛の心が強く、誰に対しても優しい彼女がなるのは適任だった。美しい金髪の彼女が優しさを振る舞う姿は、まさしく天使のようだった。
そんな彼女が、仲間であるメンバーを憎しみの目でにらんでいるのだ。
最初は聖女様はみんなと仲がよかった。誰に対しても優しい彼女。その様変わりに驚愕した。
その聖女様が俺に腕を絡めながら言う。
「騎士様、この汚らわしい魔女に言ってください。騎士様はあなたのものではないと」
聖女様が言う魔女、『魔法使い様』……。
彼女は、もう一つの人類の国『魔道国』で『魔法使い』としての称号を受け取ったお方だ。
『魔法使い』の称号……、それは神聖魔法とは違い、もう一つの神から授かった法。『聖国』であがめる神とは異なる、もう一つの神からの贈り物だ。外法魔法とは、相手を殲滅し、呪うことに特化している。聖国から忌避されているものだ。その『外法魔法』の才能が最も優れている者が到達できる。
『魔法使い』の称号を得る方法は秘密とされている。そもそもが、外法魔法を学ぶことは聖国では禁忌とされている。魔道国王が何かしらの基準で選ぶそうだが、それは国民に明かされていない。ただ王が決め、選ぶのだ。
その称号に選ばれた人間は、どのような人物か当初気になっていたが、彼女は優れた人格をしていた。冷静であり、他人から誤解を受けやすいが、彼女は優しく、常に周りに気を配っていた。パーティのメンバーで悩んでいる者がいれば、自発的にフォローするし、俺の仕事が溜まっていた時は彼女が分担してくれたりもした。敵と戦うときに、その周りを俯瞰する目は要だった。そう、彼女はいわば、このパーティのサブリーダーと俺は確信していた。夜のように美しい黒髪は、夜のように優しくパーティの黒子として活躍なさっていた。
魔法使い様は、俺のもう片方の腕にすがりついて言う。
「何を言ってるの、このアバスレ聖女様は。聖女は清廉でないといけないんでしょ? それが色気づいてきーちゃんを誘惑して…。教えはどうしたの、教えは!? ……ねえ、きーちゃん。はっきりと言ってあげてよ。きーちゃんは私のものなんだって」
そんな二人を見て、俺は悲しくなった。
交友関係が希薄な俺の唯一の仲間たちだと思っていた。このパーティで俺は『魔物』たちを倒し、『魔王』を倒すと考えていたから。
それが、このような事態になるとは思っていなかった。
俺が二人にどう声をかけようか迷っているときに、勇者様がその強い力をもって、二人を俺から引き離した。
「もう、二人とも落ち着いて! だからなんでこうなっているの!?」
聖女様が苛立ちを隠さずにいう。
「なぜ…? それは、この薄汚い魔女が、騎士様を堕落させようとしているからです! 少し前から気に入らなかった…。騎士様に過激な恰好で近づき、何度も騎士様のお体を触り、誘惑する光景…。まさしく邪なる外法魔法を使うものにふさわしい。恥というものがないのでしょうか。あまつさえ、自分と騎士様が付き合っている? 恋人同士? そんな戯言を言っているのですよ? 騎士様をこれ以上外れた道に進めるわけにはいけません。勇者様も、この魔法使いをパーティから外れるように言ってください! 騎士様は……あなたのものではありません! 私と深い仲にあるのです」
魔法使い様は、それに対して嘲る。
「まだそんな世迷い事を……。きーちゃんはね、私のものなの。誰にも渡さない。綺麗ごとばかりいう聖国も、……聖女様も大っ嫌い! ……何が誘惑よ…。付き合っている者同士ならば、別に問題ないじゃない。馬鹿じゃないの? ……あ、そうだものね、あなたはあの『呪い』があるから、きーちゃんと深い営みができないものね。羨ましいんだ。あーあ、かわいそう。単なる片思いの嫉妬じゃない。本当に馬鹿。ほんと、……人形風情が」
その言葉に、聖女様の雰囲気は一瞬で変わった。
「……もう一度言いなさい。私のことはいい。ただ、我が祖国と、そして我が『祝福』。それを侮辱した意味。わかっているのですか? 邪なるものとして、あなたを『敵』として殲滅します」
彼女は自身の杖を魔法使い様に向ける。目に殺意がこもっている。それはその杖にも反映されていた。聖なる力の色が、杖に集中していたのだ。
魔法使い様はそれに驚いた後、目を細めながら聖女様をにらむ。
「……聖女様。その行為の意味をもう一度その固い頭で考えなおしなさい。あなたは今、仲間に対して弓を引こうとしているのよ? 私も自衛のために反撃しなければならない。いいの? これ以上は殺し合いになるよ?」
「人類を律し、邪なるものを打ち滅ぼす。それがこの神聖魔法に込められた意味です。」
「そう、……それならばしょうがないね。」
魔法使い様も杖を聖女様に向け、魔力を籠め始めた。黒い波動。それが杖に集中する。その魔法は敵を殲滅することに特化している。魔物だけでなく、人間にも。
殺し合いが始まる。数瞬の後に。そう予感できた。
だが、それが現実になることはなかった。
一つの巨大な音とともに。
「双方、落ち着いて。」
目の前にクレーターができた。
勇者様が拳で地面に穴を作ったのだ。絶大なる『勇者様』の力をもって。普段怒りの感情を見せない勇者様。その方が、怒りを面に出していた。
「仲間同士で戦うことなどありえない。あなたたち、頭を冷やしなさい。それに、自身の使命を思い出しなさい。僕……、いえ、私たちは『魔王国』の魔王を倒すために皆選ばれたのでしょう。私たちは人の願い、人の盾、人の矛。その目的を妨げ、あまつさえ仲間に弓引くもの、この『勇者』が許しません。」
この場にいる皆が息を吞む。人としての、生物としての格が違う。そう身をもって実感させられる。これが人類の最終手段、最後の『祈り』、戦いを決する存在。
『勇者』、その称号。
「……少しは話をする気になったかな?」
勇者様が二人に笑いかける。目を見合わせて二人は杖を引く。勇者様の力は絶対であるのだ。絶対に勝てない相手と争うほど、二人は愚かではない。
「先ほど、あなた方が気になっていることについて、きーくん……、いえ、『騎士』と話してきました。どちらの言い分が本当かについてです。騎士の名において、嘘はつけない。その名の重みをあなたたちも知っているでしょう? 心して聞きなさい」
「…っ!」
二人は驚愕した表情で俺と勇者様を見た。
「話をつづけます。……。えっとね……。うーん…。どちらも正しくて、どちらも間違っているの。」
聖女様は言う。
「どういうことでしょうか、勇者様。要領を得ない言葉は控えてください。」
魔法使い様は言う。
「聖女様と同意見なのは癪だけど、……はっきりと言ってよ。」
勇者様は苦悩を浮かべた表情で、言葉を述べる。
「騎士は、誰とも付き合っていないと言ってるんだよ。せーちゃん、……聖女とも、まーちゃん、……魔法使いとも。」
「「え……?」」
二人は今度こそ信じられないという顔を浮かべた。
「きーくん、…いえ、騎士。あなたの口からも言いなさい。私が言うよりも、あなたの口から言った方が、二人も信じるでしょう。……それが、あなたの責任でもあります」
「……はい」
二人に俺は向き合う。
「二人とも、聞いてください。俺は、勇者様がおっしゃる通り、……誰ともお付き合いした覚えはありません」
「騎士様……何を言ってらっしゃるのでしょうか?」
聖女様が声をかける。涙を瞳にためながら。俺は心苦しさを感じつつも言葉をつづけた。
「聖女様……。申し訳ありません。私は、あなたと結ばれた記憶は本当にないのです。何か、勘違いさせるような言葉をかけたのでしょうか、俺は。……それであったら、本当に申し訳ないことをしました。償いをさせてください。俺にできることであったら、なんでもします。」
「……」
聖女様は、膝から崩れ落ちる。その光景を横目で見つつも、俺は魔法使い様の方へ向きなおす。
「魔法使い様、あなたにも申し訳ないことをしたようだ……。俺は、あなたとも付き合ってはない。勘違いさせるようなことをやはりしてしまったのだろう。俺などに触れていただけたのは嬉しいのですが、それを黙って受け入れ続けていたのが間違いだったのだろうか……。それでも、接吻などはしたことはない。一線は超えていない。」
「きーちゃん……うそでしょ?」
悲しみの表情を見せる魔法使い様。
場は静寂に包まれる。
誰も、すぐには次の言葉が見つからないのだ。
数時間とも、数分とも感じられる時が過ぎた。
開いたのは、まず勇者様だった。
「きーくんは、このパーティから一旦外そうと思っているよ」
「「えっ!?」」
「今回の原因は、きーくんだ。だから、その原因を一旦取り除いて、パーティーの仲を修復しよう。僕、せーちゃん、まーちゃんでもう一度ゆっくり話し合おう。ゆっくりでいいから、また関係を築こう。」
「「……」」
二人からは、肯定の言葉は出なく、最初は黙っていたままだった。
やがて声を上げたのは聖女様からだった。
「……無理です。もう誰も信じられません。私はこのパーティでやっていけません」
「せーちゃん!」
「私も同感。もう無理。やっぱりこの世は誰も信用できない。最初からこのメンバーでパーティーを組むのが間違いだった」
「まーちゃん……」
二人の言葉は重かった。絶望していた。
俺は声をかけたかった。信じてくれと。今度こそ大丈夫と。
だが、失敗をしてしまった俺は、かける言葉がない。どの口で言うのかと。
だから、黙っているしかなかった。
聖女様は言葉をつづけた。
「私、……パーティから抜けさせていただきます。申し訳ありません。」
そうやって、一人で東の方角へ向かう聖女様。
「私も抜ける。それじゃあね、みんな」
西の方向へ、箒にのって移動し始める魔法使い様。
「まって、待ってよせーちゃん! まーちゃん!」
残されたのは、俺と勇者様だけだった。
………
……
…




