第13話 町の人に、夫婦だと勘違いされました
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あのドラゴンを勇者様が退治した後。俺たちは療養のために、しばらくこの町で過ごすことにした。
勇者様のその武勇を目の前でみた領主は、勇者様に感謝をし(なぜか恐れていたようにも見えるが)、この町でしばらく歓待させてほしいと請うた。勇者様は俺の傷と、聖女様が病み上がりなのを鑑み、こうして了承してくださったのだ。
動ける状態なり、久しぶりに町の中に入った瞬間、空気が変わった。
俺がそう感じたのは、鍛冶場の前を通ったときだった。
「……あれ?」
鉄を打っていた職人が、手を止めてこちらを見る。視線は俺だけではなく、その隣の――途中で見つかり『私もお供いたします。完治なされていない身。何かと不便でしょう』と、俺に有無を言わさずついてこられた聖女様にも向いていた。
次の瞬間。
「おお……!」
なぜか、感極まったような声が上がった。
「ついに……ついに来たか……!」
「……何がでしょうか?」
思わず聞き返すと、職人は大きくうなずいた。
「騎士様と、奥方であられる聖女様だろう!」
俺の思考が、一拍止まった。
「……奥方?」
聞き間違いかと思った。だが、職人の視線は確かに、俺と聖女様をひとまとめにして見ている。
「いやあ、噂には聞いていたが、こんなにお似合いとはなあ!」
噂?何の噂だ。
横を見ると、聖女様は穏やかに微笑んでいた。
「ありがとうございます」
否定しない。否定しないどころか、礼を言っている。
「聖女様……?」
「はい、騎士様」
「その……今のは……」
「村の方が喜んでくださるのなら、よいことだと思います」
論点がずれている。だが、訂正する隙もなく、今度は別の声が飛んできた。
「まあまあまあ!」
パン屋の女主人が、勢いよく店から出てきた。
「お二人とも、お腹すいているでしょう? ささ、これ、食べなよ!」
紙袋を押しつけられる。中身は、焼きたてのパンだった。
「……ありがとうございます」
断るのは無粋と思い、反射的に受け取ってしまう。
「新婚さんには、栄養が大事だからね!」
新婚。言葉の重さに、頭が追いつかない。
そのときだった。
「ちょっと待ったー!」
勇者が、割り込むように前に出た。
「その二人、夫婦じゃないから!」
村人たちが、一斉に勇者を見る。そして——首をかしげた。
「……?」
「いや、だからさ! ぼくが勇者で、この人が騎士で、この人が聖女で——」
「あのような話を聞いたら、もう二人は結ばれたのは明らかだろう?」
職人が言った。
「あのような話……?」
「騎士様がドラゴンに一人で立ち向かった話さ。もう町中有名になっている。吟遊詩人も毎晩歌っているさ。」
ああ、いつの間にかそんなに広がっていたのか。その話を聞き、勇者様は疑問を抱いていらっしゃるようだ。
「それがどうして夫婦っていう話につながるの?」
「なんで勇者様が知らないんだ? まあ、教えろと言われたら教えるが……。そもそも騎士様がドラゴンに立ち向かった理由は知っているな?」
「知ってるよ。せーちゃんのためでしょ? 仲間思いで男前だよね、きーくん。惚れなおしたよ」
「話を戻すぞ? そうだ、聖女様のためだ。仲間思いなだけではない。……禁断の恋だったんだ」
「ふぁっ?!」「ふふっ」
勇者様が驚き、聖女様がただ微笑む。俺は何を言っているのか理解できなかったので無反応だった。
「勇者一行の旅は過酷だ。いつ死ぬかわからない。壁役として活躍なさっている騎士様はなおさらだ。だから騎士様は自分の気持ちを封じこめようとしていた。その時だ、聖女様が病に伏せ、ドラゴンが襲来したのは」
「い、一応続けてもらおっかな……」
勇者様が青筋を立てているが、職人は気づかないようで話は続く。
「愛している騎士様は、表にその感情を出すことはできない。だが、それでも自分の気持ちを行動で示そうとなさった。その結果が、ドラゴンに一人で立ち向かうことだった。愛していなければ、一人でドラゴンに立つなどできようか。そして激闘を繰り広げ、勇者様も加わり、ドラゴンを成敗した。そして、騎士様は目覚めた後、聖女様を二度と離したくはないと、愛を告げ、一輪の花を贈り、二人は結ばれた。めでたしめでたしというわけだ」
「めでたくない!」「うふふっ」
勇者様と聖女様の様子が正反対だったのが印象的だった。
「だから、もう夫婦でいいだろう?」
「よくないよ!?」
勇者の声が裏返る。
「きーくんたちは、そういう関係じゃ——」
「でも、今も騎士様と聖女様は一緒の部屋で暮らしているのだろう?」
「た、確かに一緒に暮らしているけど……」
俺と聖女様は一緒の部屋で暮らしていた。俺は拒否したのだが、聖女様は看病のためだと聞かず。勇者様もそれに同意なされた。『ま、きーくんだから間違いも起こさないだろうけど』と。
「食事も甲斐甲斐しく聖女様が世話しているんだろう?」
「た、確かに、せーちゃんは恩返ししたいって、そうしているけど……」
「風呂も一緒に入っているんだろう?」
「きーくん!」
勇者様は俺の頬をつねる。俺は即座に否定した。
「いえ、さすがにそこまでは「そうですね、結婚式前の男女がはしたないですわ」……うん?」
「うん……?」
「話をつづけるぞ? いいか? そして、こうして腕を組んで歩いていらっしゃるだろう?」
「い、いつの間に……きーくん! せーちゃん!」
聖女様が、口を開く。
「勇者様」
「なに?」
「あまり問題ではありません」
そう言って、聖女様は俺の腕を抱きしめる。
「村の方々が、それを夫婦と呼ぶのなら……それも、悪くないのでは?」
勇者が、完全に停止した。
「……え?」
俺も停止した。
「……聖女様?」
「はい」
「それは……どういう意味でしょうか」
純粋に、理解できなかった。
聖女様は少し考えるように視線を上げ、それから答えた。
「一緒に食事をして、一緒に歩いて、心の内を明かしあって、同じ夜を越えている」
淡々とした声だった。
「夫婦と、何が違うのでしょう?」
村人たちが、深くうなずいた。
「確かに」「それはもう、夫婦だな」「祝福しよう!」「めでたい!」
場が盛り上がる。体躯が小さな勇者様の声がもう聞こえなくなるほどに。だが、勇者様はそれでも大きな声をお出しになられた。
「ちょっと待って! 話が飛躍してるから! きーくんも、何か言ってよ! きーくんたちの関係を一言で表現すると、何!」
全員の視線が、俺に集まった。俺は、言葉を選んだ。俺たちの関係か……。
「……俺は」
一拍置く。
「聖女様の理想の騎士であろうと、誓っています」
それは、事実だった。
「そのために、隣にいます」
嘘はない。
「それ以上でも、それ以下でもありません」
勇者様が、わずかに息をつく。だが……。
「まあ!」
パン屋の女主人が手を叩いた。
「誓いまで立ててるのね!」「まあまあ!」「素敵! 本当、おとぎ話みたい!」
全然、話が通じていなかった。
聖女様は、俺を見上げて微笑んだ。
「ありがとうございます、騎士様」
「……何がでしょうか」
「いえ、なんでもありません♪」
なぜ、感謝されているのか分からない。
だが、聖女様は満足そうだった。勇者様は、遠い目をして呟いた。
「ああ、もう、どうしてこうなったの……?」
………
……
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