第10話 勇者とは、人類の守護者である。
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勇者様と俺は聖女様の様子を少しの間確認し、すぐにこの領地の薬屋を探し、向かった。一番大きな店であり、薬草など何かしら聖女様の症状を和らげるものがないかを探すためであった。
だが、俺らのパーティの財布では買えない程の法外な値段が設けられていた薬草があるだけで、薬など一つも置いていなかった。
店主は言った。「……私の口からは何も言えません」、それが答えであった。
それから手分けして他の店がないか、民家に薬草をわけてもらえないか確認しようなった。どの店も薬草や薬の類は在庫切れか、法外な値段であった。次の店に行こうと俺は飛び出したところ、人間からは到底発することができないほど大きく、それでいて原初の恐怖を思い出させるような音が聞こえた。
……ドラゴンの声だった。
一瞬思考する。
どうする? あの勇者様が考え込むほどの敵である。それに立ち向かうことができるのか? あの勇者様も防衛を先に考えるほどだぞ?
だが、その思考を瞬時に破棄した。怯える子供の顔を目の前で見て。何を恐れる? 何を悩む? 何から逃げ出す? 俺は……『騎士』だ。お前が恐れては、誰が民を守るのだ?
それに誓っただろうが。あのお方を守ると。どんな悪意も退けると。
だから俺は向かった。単身でだ。焦りがあった。聖女様をいち早く苦しみから解放したいと。だが、それは無謀という言葉以外なかった。
「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!」
見ただけでわかる堅牢な皮膚。全てを切り裂く牙と爪。巨体を支える翼。炎を吐いている頭。人間など矮小な動物の何倍もある体。災害と称されることに納得がいく生物が、目の前で俺を睨む。
周りに兵などいなかった。皆すぐに逃げたらしい。もう慣れていたのだろう。ドラゴンとはその習性上、何度か暴れに来て、飽きがきたら近くの寝床まで去っていく魔物だ。だから来ることに備えて逃げる準備ができていたのだろう。
改めてドラゴンの前に立ち、自分という存在の矮小さが身に染みた。
無理だ。
こんな小さな人間という生物が勝てるわけがない。ただ無残に殺されるだけだ。これはおとぎ話ではない。伝説上の英雄など俺にはなれない。勝てるわけがない。そんなこと、勇者様ほどのお方ではないと実現できない。俺程度の、過去逃げた人間など何も成し遂げることなどできない。
……では、逃げるのか?
逃げてしまおう。そう、逃げてしまえばこれから何か成し遂げることができる。これから先、勇者様たちとの旅がある。そこで何かを実現すればいい。おこぼれにあずかればいい。
……おこぼれにあずかれるのか?
ああ、できる。偉大なお方たちだ。何かを成し遂げることなど造作もない。俺はただその方々のサポートをすればいいだけではないか? ああ、そうしよう。
……お前は、それに足る人物なのか?
俺はただの一般人だ。ただ『騎士』という称号に選ばれた市民だ。いくら『騎士』の称号で地力の強化が多少あったとしても、それでも毛が生えた程度だ。何が悪い、そんな人間が逃げることが。そんな人間が栄光の一端に並ばせてもらうことが。これまでの人類史の上で、それが一般人の役割ではないか。
右足が一歩下がる。
……お前は、何のために『騎士』の称号を授かった?
知るかそんなこと! 俺は、ただの人間だ。守るものにも限度がある。誰でも守れるわけではない。英雄になど、なれるわけがないのだ!
左足が一歩下がった。
……だが、無様に下がったおかげで、震えていた両腕で支えていた剣が兜に当たる。
剣を見る。それは何も語らない。ただ鈍く、太陽の輝きに照らされるだけだ。
ただ、その剣を見て瞬時に思い出す。そう、この剣に誓ったものを。
あの方の笑顔を思い出す。聖女様。太陽のようにあたたかな、慈悲深いお方の微笑み。剣がそれを思い出させてくれた。なまくらな剣。勇者様が持つ聖剣などではない、ただの剣。
――――なんだ、俺と同じじゃないか、お前は。
ただの剣だ。ただ、俺が暮らしていた教会で、戯れに与えられた剣。シスターの神聖魔法で多少長持ちした剣。何の変哲もない剣。どこの誰が鍛えたかわからない剣。誰が何の思いで作ったかわからない、何の逸話もない剣。
ただ、誰かを守るためにあれと作られたであろう、大量生産の中の一つの一般的な剣。凡人が持つのに相応しい剣。
こいつが、俺に喝を入れてくれた。これまで俺と一緒にこれまで戦ってくれて、寄り添ってくれた。そいつが語り掛けてくれた。兜に、……いや、頭に衝撃を与えてくれた。そして目の前で見せてくれた。無骨ながらも、勝手に買われた身でありながら、ただ所有者の矛になろうとする鉄の姿を。
ドラゴンが俺に向かってきて、俺を腕で薙ぎ払おうとしてくる
……逃げるのか?
――――逃げない。逃げては、お前に恥をかかせることになるだろう?
……お前は、パーティに足る人物なのか?
――――俺はただの一般人だ。ただ『騎士』という称号に選ばれた市民だ。
だが、それの何が悪い?
ただの一般人でも、彼女たちの栄光を支える礎となろう。なれるように死力を尽くす、それが俺の使命だ。
右足が一歩前に出る。衝撃に備えるため。
……お前は、何のために『騎士』の称号を授かった?
――――力なきものを守るためだ。
聖女様のご尊顔が頭に浮かぶ。彼女の弱っている顔、そして泣いている顔が頭を支配する。そんな聖女様を置いて逃げようとしていた自分を殺したいほど怒りを抱く。
左足を一歩前に出す。そして、ドラゴンの腕に、俺の分身である剣を振りかぶる――――。
ドラゴンの一撃は、矮小な俺など吹き飛ばすほどの威力を持っていた。現に俺は衝撃に耐えられず、転がりまわっていた。だが、ひび割れていなかったのだ、この剣は。
俺の分身は、耐えてくれたのだ。
それを見て、気持ちが固まったのを感じた。こいつは何も折れていない。ならば、俺が立ち上がらないと、こいつに足る人物にはなれないと。
ドラゴンのブレスが来た。生物など一瞬で溶かすほどの高熱。俺は無様に転がりながらよける。
ドラゴンの翼で吹き飛ばしが来た。俺は剣を地面に突き立て耐える。
ドラゴンが飛び上がり、俺に向かってきた。爪を立ててきた。ブレスと同じように、俺は転がりまわりながらよけた。
『騎士』の称号の凄まじさを感じる。称号を授かる前の俺ならば、絶対によけること、耐えることなどできない。聖女様のように、俺もこの称号のおかげで身体能力が上がっている。ただ、勇者様ほどでない、雑魚に毛が生えた程度。それでも、ドラゴンと何とかわたりあえている。
だが、そんな甘えた希望を一瞬抱いたからか、ドラゴンの一つの攻撃をかわすことができなかった。
そのドラゴンの爪が俺の鎧を切り裂き、腕から大量の血が出る。痛みで脳が一瞬支配される。だが、連撃から脱することができた。俺の剣が、血に染まったから。
俺の剣はドラゴンから何度も攻撃をくらっている。だがこいつは弱音一つ吐いていない。そして一泡吹かせた。こいつに、ふさわしい人物にならないといけない。
俺は、腰にあるナイフを右腕で持った。剣はもう持てない。
ドラゴンはそれを好機ととらえたのか。もういちど俺に向かってくる。今度は、確実に殺すために、ドラゴンは頭から向かってくる。
耐えることなどできない。もう鎧も、剣もないのだ。
後ろに逃げることなどできない。ドラゴンが前から向かっているのだ。
横に逃げることなどできない。こいつの攻撃の癖では、次に来るのは薙ぎ払いだ。
走馬灯が頭の中に走る。聖女様の顔が浮かんだ。……そうだ、後ろの街に、聖女様がいる。
だから、俺は前に向かった。
斜め前に重心をずらす。ドラゴンの攻撃をぎりぎりのところでかわす。かわした後、ドラゴンのその目に、ナイフを突き立てる。
「Gaaaaaaaa!!!!!!!!!!」
ドラゴンが痛みで叫ぶ。俺はそれを見て達成感を得るのと同時に、一種のあきらめを感じる。
もう、これ以上の策が思い浮かばない。
――耐えることなどできない。先ほどまでの長期戦をもう一度など、体力も残っていない。些か、血を流し過ぎた。
――逃げ回ることなどできない。同じ理由だ。
――攻撃などできるはずがない。もう先ほどの策はこのドラゴンに通じるなど考えない方がいい。
ドラゴンが恨みを籠った目で、俺に攻撃してくる。死を悟った。
だが、一つの風が俺の前に。
「きーくん!? 大丈夫?!」
勇者様だ。そうだ、この方は物語上の英雄と同じ存在。強く、格好よく、そして勇ましく。誰かをこのように助けることができるのだ。
「一人で誰かが戦っているって聞いて、きーくんしかいないって確信したよっ! ばか! 何でこんな危険なこと……。死ぬかもしれないんだよっ!?」
「……俺は、ただ、『騎士』にふさわしく、なりたかっただけです……。守りたかったのです……。」
「……ばか! ばかばかばか! ……ううん。ごめんね。違ったね。……きーくんは、……いいえ、あなたは、よく頑張りました。少し、ゆっくり休んでいてください。私が、この『勇者』が、あなたの働きを認めましょう。そして、その働きに応えましょう。このような小さな爬虫類風情など、すぐに退けてみせましょう。あなたという『人』を守りましょう」
俺は、その勇者様の勇ましいお言葉、そして頼りになる後ろ姿。
「だからあなたは信じてください。私を、『勇者』を」
「はい、信じます……」
勇者様のかつてない覇気を見て、俺は安心して意識を飛ばした。
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