第4話 マーキング
許されない愛っていいですよね
「アイル様お食事の準備が出来ました。」
「ありがとう涼香ちゃん!」
「……」
何故だろう私はこの人と知り合って間もないというのに何故か私との距離感が矢鱈と近い気がする。
例えば先程の敬称だ。
私はこの屋敷に来てから女性として扱われたことはない。
だがこの男は私の正体に気づいている様な素振りで話を振ってくることが多々ある。
最初こそ気のせいだと思っていたがいよいよ言い訳が効かない最悪の事態に直面してしまった。
「おっ涼香ちゃんじゃん!」
風呂の入り口から声がする。
「ごめん!お昼寝するつもりがうっかりこんな時間まで爆睡しちゃってお風呂入るの忘れちゃった!」
私は脱衣所で服を脱ぎタオルを巻いた瞬間向こうからやってきたアイル様に不意をつかれ固まってしまった。
「早く入ってください。
私共の就寝時間が押してしまうので」
「釣れないこと言わないでよ!
それに風呂では上下関係とか堅っ苦しい事は考えるだけ無駄なんだぞ!」
そう言うとアイル様は衣服を脱いでいく。
「じゃあ人も少ないし裸の付き合いという事でご一緒させてもらうね♪」
『終わった』
私はこの瞬間絶望という二文字が頭をよぎった。
そして私は何故かアイル様と共に風呂に入っている。
湯煙で視界が見えづらいとはいえ一応異性だ。
全く恥ずかしくないといえば嘘になる。
「それにしても涼香ちゃんは華奢だよね。」
「……はぁ」
「もっとお肉食べないと駄目だぞ!
この家にいる以上吸血行為からは逃れられないんだ。
せめてたくさん食べて働きすぎで倒れない様にしとかないと。」
「善処いたします。」
「うんうん♪」
彼はぶっきらぼうな返事にも楽しそうに相槌を返してくる。
『先程から語尾に星マークや音符が見えるのは気のせいなのだろうか。』
「あともう一つ、涼香ちゃんはユウ君の事はどんな風に思ってるんだい?」
私は唐突な質問に豆鉄砲を喰らってしまった。
「ええと、ユウ様ですか……。」
私は少し考えてから口を開く。
「とても恩義に溢れた誠実な主人です。」
「そう言うのじゃなくて!」
「はい?」
「ユウ君とは何処まで進んだのかって聞いてるんだよ!」
「……!?」
『何を言っているんだこの人は!?』
私はユウ様に助けていただいた恩はあるものの、関係としては主人と使用人、捕食者非捕食者の関係に過ぎないしそう言った感情は一切無い。
だから……
「私がその様な爛れた感情を主人に対して持ってしまうのはいけない事だと思います。」
「そうかねぇ?
今の時代身分や性別関係無く恋愛ができる時代なんだ。
それに……」
「……?」
「……いやなんでもない!
これはアドバイスだけどチャンスの神様は前髪しか無いからチャンスを無駄にしない様にしろよ!」
涼香青年!
そう言いながらアイルはグッと顔の前で親指を立てた。
「最後に……」
するとアイルは私の耳元でこう囁く
「僕が少しだけお手伝いしてあげる。」
そう言い私の首元に強く吸い付く。
「!?」
「じゃあ検討を祈ってるよ!」
そしてアイル様は風呂場を後にした。
「何だったんだあの方は……」
今日は久々に長風呂してしまった。
私はのぼせた頭を冷やす為、冷水を浴び浴室を出た。
***
結局あの後アイル様の言いたい事が分からず夜な夜な思考を巡らせる。
すると部屋の外からノックの音がした。
「ユウ様……」
「少しいいか?」
彼がこう言う時は大抵お腹が空いている時だ。
彼の自室に私が行くことの方が多いが、今日は余程我慢ができないのだろう。
私は自室にユウを招き入れる。
いつも通りベッドに座らせ食事の準備を始めるが今日はユウの様子がいつもと違った。
「……おい」
「いかがされましたか?」
「何故お前から兄上の匂いがするのだ。」
そういえば先程成り行きとはいえ入浴を共にしたばかりだった。
「アイル様とは先程色々とありまして少しお話をしていたのです。」
「それにしては矢鱈と濃い匂いを纏っているな。」
「ええ、アイル様に裸の付き合いと誘われまして……」
「は?」
入浴をと続けようとしたその瞬間視界がひっくり返る。
「それはどう言う意味だ……!」
ユウは怒っていた。
だが彼が何故怒っているのかが分からない。
彼は私の首元の痕に目をつける。
「チッこんな痕までつけやがって……」
もしかすると兄に食べ物を横取りされたと勘違いをしているのかもしれない。
「ユウ様誤解です。
落ち着いて話を聞いてくださ「ちょっと黙ってろ」
ユウ様はいつもなら催眠をかけてから負担をかけない様に優しく血を啜るのだが、今日はそんな事お構いなしと言わんばかりに思い切り首筋に牙を突き立ててきた。
「いっ……!」
私は痛みに耐えきれず彼の腕に思い切り爪を立てる。
ひと通り私の血を啜るとユウは頭を離した。
「……味は落ちていない様だな。
こんな上等な血、他の男の手で汚されてしまうなどあってはならない。」
私が痛みで顔を歪める姿を恍惚な表情で眺めるユウを見てやはり彼は魂から吸血鬼なのだと再認識した。
「……涼香お前は青年の筈なのに何故だろう。
昔食した気娘の生き血にとても似ていて病みつきになってしまいそうだ……。」
そう言うと今度は反対側の首筋にまた牙を突き立てられる。
「うぐっ……」
「痛いのか?
でも大丈夫、もうすぐ終わるから。」
彼は血を一通り啜ると名残惜しそうに噛み跡を優しい舌使いで舐め回す。
何故だかいつもよりしつこくねちっこい。
まるで恋人に対して施す愛撫の様な舌使いに私は終始混乱していた。
ユウの押さえつける手が私の身体を撫でた瞬間今度は背筋をゾクゾクとした感覚が駆け巡る。
「あっ……ユウ様……これ以上は駄目……です。」
こんな感覚は今まで感じたことは無かった。
私の身体はどうなってしまったんだ。
「もう我慢しなくていいんだぞ。」
貧血なのか私はそのままユウの腕の中で意識を飛ばしてしまった。
***
「……やってしまった……。」
目の前で気絶する様に眠る涼香を前にユウは自分がやらかした事を認識する。
ユウは最初こそ涼香の事を若くして旅をしている青年だと思っていた。
だが先程涼香の身体に触れたあの瞬間確信した。
涼香は男のフリをしているだけなのだと。
それはそうだ、女の一人旅なのだ決して安全であるとはいえない。
けれど、それよりも前からユウは性別など関係なく心の何処かで涼香に惹かれていたのかもしれない。
だがユウがその感情の名前の知るのはまだ先の事だった。
to be continued……




