第3話 偏食
仕事で投稿押してしまったのでまとめてアップいたします。
「涼香……っ」
熱を孕んだ苦しそうな声が鼓膜を揺する。
私はいつもの様に痛みを受け入れる覚悟を決める。
そうすればいつもの様に彼は私の首筋に牙を突き立て——
***
その夜を見た。
怒りと憎しみに染まり破壊と殺戮の限りを尽くし魔王に堕ちる。
しかし行く当てもない私はアイル様の手を借り辺境に篭り怯える毎日。
そして勇者を名乗る金髪の何処かあの人の面影のある男に剣を突き立てられるそんな夢。
***
この国はかつては黄金のドラゴンを祀る国家アウルム帝国が大陸にはあった。
しかしドラゴンに対しての信仰の薄れと領地を拡大した事による統治の不備により反乱と反逆が起こり十年にわたる内戦で国は五つに分断された。
その大陸の中心に位置するセンチュラルは大陸内の中央部にあたる国で以前の国の主要な回路や都市をそのままに周辺国に挟まれながら四国に面し貿易を行い生計を立てている。
そして他四国に面している為武力国家としても有名だ。
そんなセンチュラルの政治家として日々職務をこなしていらっしゃるのが私の仕えているユウ・ロラミア・ヴァーミリアン様という訳だ。
そんな彼の側で働いている私は今日も仕事に行く為の支度を始める。
昨晩も彼のルーティンになりつつある吸血に付き合っていたのだが遂に身体が限界を迎え昨晩貧血を起こしその場で私は気絶してしまった。
ユウ様には大変な迷惑をかけてしまった。
そんなことを考えつつ朝食の準備をしていると背後から妙な視線を感じた。
振り返ってみるが誰もいない。
気のせいかと思ったがやはり視線を感じる。
この屋敷に居る人物のどれにも当てはまらない雰囲気に私は落ち着くことが出来なかった。
彼の朝食も終わりこれからはご公務の時間だ。
私は仕事の邪魔になってはいけないので厨房で朝食の片付けと賄いを作り始める。
使用人の食事は主人の後だとモーヴィからの教えだ。
小麦粉を使おうと棚を開けたが見当たらない。
どうやら昨日で切らしてしまった様だ。
私は倉庫から追加を持ってくる為キッチンを後にした。
材料を無事確保し準備を始めようと厨房へと戻るがそこには見知らぬ白髪の少女がいた。
雪の様に透き通る様な白髪。
青く透き通った冬空の様な瞳はまるで私が幼い頃から求められてきた当主の理想像そのものだった。
少女は私にに気がつくと厨房を出ていってしまった。
直ぐに追いかけるがやはりいつも見失ってしまう。
嗚呼、何だか今日は
「落ち着かない……。」
***
「明日この屋敷に厄介な客人が訪問することになった。」
「厄介な客人ですか。」
「嗚呼、どうやら数ヶ月前に婚約したばかりの隣国のご令嬢だ。
しかも国でも王の次に偉い方の娘だ。」
つまり粗相なぞ無いようにという事だろう。
「なのでいつもより入念に屋敷の管理、そして客人の対応を頼みたい。」
「かしこまりました。」
この屋敷には滅多に客人は来ない。
辺境の山の麓にあり尚且つ冬には馬車すらも阻む大雪が降る。
そしてこの屋敷の事は社交界であまりよくない噂が流れているからだ。
そんな中ユウ様の元にわざわざご令嬢がいらっしゃるらしい。
私とモーヴィは他人に見られても恥ずかしい場所がない様屋敷を磨く事が確定した。
***
私は母国で王族に次ぐ最も高貴な家の長女として生まれた。
両親は熱心なルカン教信者で父は国でも最も高貴な神官だった。
ルカン教の教えの場以外では一人っ子だった私に両親はメロメロでどんなものでも買い与えてくれたしどんな我儘でも聞いてくれたし欲しいものはなんでも手に入れる事ができた。
こうして世界の中心は私だと信じて疑わない我儘プリンセスが幼い頃の私だった。
しかしその認識は私の誕生祭の日に打ち砕かれる事となった。
その日パーティに参加していた貴族連中の中に隣国の政治家の一族ヴァーミリアン家も参加していた。
「お初にお目にかかります。
私アイル・ルーン・ヴァーミリアンと申します。
そしてこちらが弟のユウです。」
「はじめまして、ユウ・ロラミア・ヴァーミリアンです。」
『どうせ他の貴族の様に媚び諂うへつらってコネクションを作りたいだけなんでしょう?』
そんな邪な人間たくさん見てきた。
人間というものは意地汚いものだと幼い頃から教えられてきた私は最初から彼らを疑ってかかる。
「隣国の政治家の一族と聞いていたのだけど、センチュラルはこんなにも幼い子供に政治をさせているのね。」
「ちょっとシルキーちゃん!」
私は隣にいた父の静止も聞かずユウに迫る。
「まあ私に与すると言うのならセンチュラルとの交友関係を取り持ってあげなくもないわよ。」
そう言うと彼は一瞬冷めた眼差しを向けるとそんな事なかったかの様に取り繕い綺麗な笑みを浮かべてこう言った。
「私が小娘の気まぐれでしか国を維持できない程度の無能だとでも仰りたいのでしょうか?」
「ちょっとユウ君!?」
「……。」
普通は無礼者と怒り狂うのかも知れない。
しかし私はこの時なんて無礼なと思う感情とは別に衝撃を受けたのだ。
私に楯突く奴がまだこの世の中に存在していたという事を。
「フフフ貴方面白い人ね、ユウ……いえユウ様。
その名前と顔ちゃんと覚えましたわ。
これからも私とな・か・よ・くしてくださると嬉しいですわ!
またいつか何処かでお会いしましょう。」
「はぁ……。」
最初こそ怪訝な顔をされてはいたが最近では文通をしたり時折お会いしてお茶する程度には仲良くなり、それ以降私とユウは気兼ねなく話せる友人として仲良くなる事ができた。
そして私が12歳になったその日にユウとの婚約が決まった。
「これからの人生も退屈なんてしなさそうね。」
私は昔の事を思い出しながら彼の屋敷へ向かう馬車の中でほくそ笑んだ。
***
「旦那様、お客様がお見えになりました。」
「わかった、今迎えに行く。」
いつもはただ広いだけの玄関前にとても豪勢な馬車が停まっている。
馬車の扉が開く。
「どうぞ」
「あら、どうも。」
馬車からは想像よりも小柄な少女が降りてきた。
「お久しぶりです、ユウ様。
私の無理なお願いを聞いてくださり心から感謝申し上げますわ。」
「お久しぶりです。シルキー嬢ここでは冷えます。
中へお上がりください。」
「ありがとう。」
そう微笑み彼のエスコートの手を取った。
***
モーヴィと私はお茶の準備に取り掛かっていた。
「それにしても意外でしたね。」
「意外とは?」
「シルキー嬢が幼い頃、私お会いした事がありましてね。」
「昔から向こうの家と交流があったんですね。」
「ええ、その時にお会いした事があったのですが、あの時はシルキー様も幼く今よりも少々高圧的で我儘な方でした。
しかしユウ様と何があったのか詳しくは分かりませんがユウ様が出席されたシルキー様の誕生日会以来彼女に対する悪い噂は無くなり今ではすっかり淑女の顔をされていらっしゃる。
相当に努力をされたのでしょうね。
そんな素敵な女性に見初められてモーヴィ何だか嬉しくてついついお赤飯炊いちゃいそうです。」
「赤飯は流石に早いのでは?」
「まあそれもそうですね。」
『赤飯って……世界観がおかしい。』
「おやそろそろ頃合いですね。
お茶お二方の所にお願いします。」
「はい。」
何故だろう。
心がすごく苦しかった。
何故だかはよくわからないがこの感覚は主人に対して向けてはいけないものなのだと理解できた。
「失礼致します。
お茶をお待ちいたしました。」
「入れ。」
二人に淹れたての茶を配膳する。
「あら、ありがとう。」
彼女は使用人にも気を遣える素敵な方だ。
「そういえばユウ様最近文通あまりお返事返してくださいませんね。」
「すまない、最近少々仕事が溜まっていてな。
手が空いた時に書いてはいるのだがな。」
「いえいえ気にしておりません。
寧ろ国のトップとして日々頑張っていらっしゃる方なのだもの、私の我儘で邪魔をしてはいけないわ。
でも、暇がある時にでもお返事短くてもいいから書いてくださると嬉しいわ。」
本当に素敵な女性だ。
私よりも年下でありながら寛容で気品のある佇まい。
だが何処か貫禄のある風格がオーラから滲み出ている。
そして容姿淡麗で櫛通りの良さそうなブロンドの髪。
人の視線を釘付けにしてしまうバイオレットの瞳。
所作も綺麗な彼女に私なんかが敵う相手ではない。
『敵う……?』
「涼香」
何故そんな事を考えているのだ。
そもそも敵う敵わない以前にそもそも立場が違う。
私では並ぶどころか手すら届かない遥か高みの人間なのだ。
「涼香」
勘違いも程々にしなければ。
「おい涼香!何度も呼ばせるな。」
しまった。
仕事中に考え事をしてしまっていた。
「申し訳ございませんユウ様。」
「もうよい、今日は彼女が泊まるので客室へ案内してやってくれ。」
「かしこまりました。」
ユウは早々に執務室へと戻っていった。
***
シルキー様を部屋へと案内し私は早速夕飯の仕上げに取り掛かる。
昼食は終わったので後片付けと夕食はある程度まで下ごしらえをしてあるので直前に仕上げをして客前に出すのみの状態にしてある。
本来ならモーヴィにも頼みたい仕事であるが彼は少々味音痴なのでレシピ通りに作れば美味しく作れるのだが、適量と言われれば大体調味料の入れ物を空にする程入れてしまうので細やかな調整が必要な料理は彼に任せる事ができない。
その代わり風呂や客室の支度は彼に頼りきりになっている。
「ねぇアナタ、少しいいかしら?」
私が客室から出ようとすると声をかけられる。
「シルキー様いかがなさいましたか。」
「どうしてアナタからユウ様の匂いがするのかしら?」
一瞬背筋に悪寒が走る。
「あらごめんなさい。
つい踏み込んだ質問をしてしまいましたね……でも突っ込まずにはいられなかったの。」
「左様ですか。」
「で、実際どうなのよ。」
恐らく彼は貞操を疑われている。
全く不純な事など起こっていないのだがどう説明すればいいものかと頭を捻る。
「ご存知かと思われますがヴァーミリアン家は代々続く吸血鬼の一族です。
故に昨日主であるユウ様に呼ばれ血を差し出したに過ぎません。」
「ふーん」
彼女からは少し冷めた返事が返ってくる。
「ではそれが本当なのか確かめてみましょう。」
そう言うと彼女はユウのいる執務室を探して歩き始めた。
彼女は扉をノックする。
「ユウ様失礼致しますわ。」
「シルキー嬢何か物足りないものでもあったか?」
「いいえ、そうではありません。」
すると彼女は着ていたケープやブラウスを脱ぎ始める。
「何をしてるんだ君は!?」
「どうしても何も貴方に認められるべくこうして準備をしているのです。」
「だから何故嫁入り前の娘が恥ずかしげもなく男の前で脱げるのだ!」
「そんなの貴方が本当に吸血鬼かどうかを確かめる為です!」
ユウは一瞬固まるがその隙にシルキーはどんどん距離を縮めてくる。
「どうしてなのですか!?
欲しくないのですか?
あの使用人には手を出しているのに!」
嗚呼なるほど彼女は涼香に嫉妬しているのだな。
ユウはシルキーをそのまま抱き寄せる。
「すまなかった。
婚約者を不安にさせてしまう不甲斐ない男を許して欲しい。」
「いえ、私も少々我儘が過ぎましたわ。」
シルキーは落ち着きを取り戻す。
「でもこれからはこんな風に肌を許すのも私だけにしてくださいね。」
おやすみなさいそう告げると彼女はユウの頬に唇を寄せた。
「私の早とちりの様でしたわ。」
「そうでしたか……。」
部屋から出てくると彼女は私に誤解であったと謝罪をした。
「アナタにもごめんなさい。
勝手に疑ってしまって……。」
「私は気にしておりません。
それよりもここは冷えます部屋まで参りましょう。」
「えぇ」
彼女程の女性に見初められて私の主人は幸せ者だろう。
しかしそれに反して私の胸に縋った黒いモヤは日に日に私を苦しめる。
まるで遅効性の毒の様だ。
***
翌日シルキー様は帰りの馬車で帰って行った。
たまにまたこの屋敷に顔を出すとの事らしい。
彼女が帰った後の掃除や洗濯がまだ残っている。
ぼーっとしている訳にはいかない。
「涼香少しいいか?」
見送りが終わり持ち場に着こうとするとユウに呼び止められた。
「昨日シルキーに何か余計な事を吹き込んだのか?」
彼は不機嫌そうに眉を顰める。
「シルキー様はなんと仰られていましたか。」
「涼香には手を出すのに私には出さないのかと言われた。」
恐らくあの時のやり取りだろう。
「いえ、ただシルキー様の聞かれた通り事実を述べたまでです。」
彼女は少し嫉妬深い。
そんなところも愛くるしいと思うのだが彼はそうでは無いのだろうか。
「わかった。
これからは発言に重々気をつけろ。」
「はい、気をつけて参ります。」
このやり取り以降ユウとの接触は最低限になった。
吸血の頻度も以前より減り私の寮へは訪れなくなった。
きっと彼女がまた嫉妬してしまうと我慢しているのだろう。
***
また夢なのだろうか。
見たこともない表情のユウ様に私は組み敷かれている。
私の衣服を包装紙の如く剥ぎ取り首筋に喰らいつく。
押しても踠いても彼は一向に離してくれない。
段々と視界が霞み歪んでいく。
嗚呼私はここで死ぬのだな。
ならばせめて——
「 」
***
「ユウ様お久しぶりです。」
「シルキー嬢久しいな。
今日は君が好きな茶葉を取り寄せている。」
「あの時のお話覚えていてくださったのですね。
嬉しいです!」
あれから3ヶ月が経った。
久しぶりにいらしたシルキー様は少しだけ大人びてきた気がする。
「今日はユウ様にお話したい事たくさんあるんです!」
彼の手を嬉しそうに繋ぐ彼女は恋する乙女の顔をしていた。
「失礼致します。お茶の準備ができました。」
「入れ」
私は二人に淹れたての茶を配膳する。
私は二人の会話の邪魔にならない様そっと部屋を出て行った。
「ユウ様なんだか以前と雰囲気が変わりましたね。」
「そうですか?」
「えぇ私としても婚約者がどんどん格好良くなっていくのはやはり嬉しいですから。」
そう言いながら微笑む彼女の瞳に揺らめいているのは淡い乙女の恋心と独占欲の滲む女の本能だった。
***
最近涼香に避けられている気がする。
あの日からシルキーの牽制で俺は今までの様に血を摂取する事が叶わなくなった。
これくらいの我慢今までなら当たり前の様にしていた。
また乾きを覚えるならまた市場へ行ってまた血を買えばいいのだ。
だが我慢の限界はもうすぐそこにまで来ていた。
早速昨晩鮮度の良いという血を市場で買って来たのだが酷く雑味のする酷いモノだった。
「チッ……処女の生き血と言うのは嘘かあのペテン師め……。」
どうやらその辺りで適当に血を寄り集めて詰めていた様だ。
「あーあー……。
喉が気持ち悪い……。」
早く上質な血で喉を潤さねば……そうあの使用人の女みたいな綺麗で穢れを知らない処女の血を……。
「ヴェッ」
俺はあまりの気持ち悪さに血を吐き戻してしまった。
『嗚呼……こんな事になるくらいなら最初からあんな面倒な約束するんじゃなかったな。』
屋敷に帰宅しフラフラと廊下を歩いていると向かいから誰かが近づいてくる。
「旦那様!?」
「モーエヴィン……」
「大丈夫ですか!?
今お水を持って参ります。」
助けてもらっている身で贅沢にも何故ここで彼女が来てくれないのかと思ってしまう程に俺は……。
「……涼香を呼んでこい。」
相当に飢えている様だ。
***
「ユウ様!」
私は主人の側に駆け寄った。
彼の顔はあの日見た顔よりも明らかにやつれておりどうやらもう起き上がる程の体力も残っていないらしい。
「どうしてそんな風になるまで我慢なんてしたのですか!?」
問いかけるが返事はない。
きっとこの様子だと自力で血を吸う力はあまり残ってはいないだろう。
「……ユウ様、私の無礼をお許しください。」
彼を床に仰向けで寝かせる。
あまりこの様な真似はしたくないのだが致し方ない。
私は親指の先端を噛み切り血を口に含む。
ユウの口から漏れない様血を少しずつ流し込んでいく。
すると流し込んだ血液を味わう様に彼はゆっくりと嚥下した。
一通り血を飲ませた後、呼吸や状態が安定しているのを確認する。
「よかった……。」
どうやら大事には至っていない様だった。
私はユウを抱えて寝室まで向かう。
「まだ体調は万全ではないので今日は安静になさってください。」
彼の寝顔はとても穏やかなものだった。
『まさかユウ様がシルキー様との約束でこんなにやつれてしまう程の偏食だったとは……。』
最近は食事の見直しなどを行なっていたのだがまだまだ改善が必要な様だ。
私はまた今後の対策を考えながらユウの部屋を後にした。
***
最近はこの館の当主として恥ずかしいところばかり見せてしまっている。
モーヴィや涼香にも気を使わせて本当に不甲斐なさで死にたくなる。
だが最近気になる事がある。
あんなに味のしなかった食事からとても良い匂いがする様になったのだ。
口に運べば普通の食事だがやはりこの良い香りに鼻腔が刺激される。
俺はそれ以来食事を残さずに食べる様になった。
何故こんなに美味しいのかはわからない。
「モーエヴィン少しいいか?」
「はい、いかがなさいましたか?」
「この料理はモーエヴィンが作ったのか?」
「いえ、今の食事当番は全て涼香が担っております。」
「そうか……。」
何処か引っかかる気がする。
あの遠回しに避けられている距離感と何か関係があるのかもしれない。
「一体どんなスパイスを使ったんだろうな。」
「それは企業秘密だそうです。」
モーエヴィンはにこやかにそう答えた。
***
あれ以来私はユウ様がまた倒れてしまわない様料理に少量ずつ血を混ぜる様になった。
最初は動物などの血を混ぜたり肉を血抜きせずに出していたがモーヴィの言う通り偏食なのは本当の事らしく全く手をつけてくれなかった。
なので私の血を予め抜いて瓶詰めにしておく。
そしてそれをわからない程度の量を毎食に混ぜて出していた。
加熱したりわかりやすく盛り付けると残されてしまうので色の濃いソースやスープに後から混ぜる。
気が付けば私の手は切り傷まみれになっていた。
そんな手をいつも手袋で隠して今日もまた主人の糧となるべく手指にナイフを滑らせる。
「貴女は主人想いの良い従者ですね。」
「ありがとうございますモーヴィ。」
「まあ程々にしておかないと駄目ですよ。
なんせ貴女が倒れたらまた仕事が増えてしまう。」
「はい、気をつけます。」
モーヴィはいつもこんな感じではあるが私が使用人兼食料である事を理解している為無茶をしようものなら凄く怒られてしまう。
「貴女の様な人間なかなか見つからないうえに居たとしてもこの屋敷には来てくれないんです。
なので貴女もしっかり食べて寝てそして働きなさい。」
「はい。」
こんなに自分の身体や体調を気にかけてくれた人は今まで居なかった。
だからついつい無茶をしては怒られるを繰り返してしまう。
だが出来事はそう上手くはいかないものだ。
「涼香、今日厨房に入ったらこれを見つけた。
これは一体なんだ?」
『面倒な人に見つかってしまった。』
それは昨晩朝食に使おうと瓶に詰めた自分の血液だった。
「血液です。」
「それは見れば分かる。
誰の血なのかと聞いているんだ。」
単なる好奇心にしては表情が怖い。
「私のものです。
最近血の摂取を避けておられるのとユウ様の体調がお辛そうに見えたので料理に混ぜて出していました。」
彼はそうかと呟くと私を壁に追い込む。
「あの、ユウ様。」
「そんなのは今更だろう。
成り行きとはいえあの晩俺の唇を奪った癖してよく言う。」
「……あれは救命措置であって接吻ではありません。」
『覚えていたのか。』
私は気まずくなり目を背ける。
「使用人が主人に口答えするんじゃない。」
瞬きする間もなく私の口は彼の唇で塞がれる。
だがあの時とは違い彼は私の口を強引に押し開け口内を舌で蹂躙する。
逃げようにも頭を押さえつけられていて引き剥がすことすらできない。
気が済むまで口内を蹂躙すると彼はようやく解放してくれた。
「ハァハァ……」
「すまない、もう我慢ができそうにない……。」
回る視界。
彼の高揚した頬。
抑えられない欲望を孕んだ瞳に囚われて身体がまるで床に縫われた様に動かない。
私は本能で理解した。
私はこの人に骨の髄まで喰らわれるのだと。
彼は私の衣服を包装紙の如く剥ぎ取り首筋に喰らいつく。
押しても踠いても彼は一向に離してくれない。
段々と視界が霞み歪んでいく。
嗚呼私はここで死ぬのだな。
ならばせめて——
「私を食べて」
「……!」
すると彼は顔を上げ私を見下ろす。
「貴方には既に未来の奥様となるお方がいらっしゃるのは理解しています。
無茶な願いなのも承知です……。
今晩だけで良いのです、私を貴方だけの特別にしてくれませんか?」
「涼香がこんな男垂らしだとは思わなかった。」
「貴方にだけですよ。」
そう言い私はユウの唇を奪う。
私からした最初のキスは少し鉄錆の様な味がした。
to be c continued……




