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第2話 マーキング

昨日に引き続き更新です。

真っ暗な空間。


 いつも見ている夢とはまた違う。


『……ち……』


 背後から声が聞こえ振り返る。


 だがそこには誰もいない。


『こっち……』


 下を見るとそこには白髪の少女がいた。


『このままじゃ死んじゃう』


 彼女は私の目を見つめる。


 すると突然頭に何かの記憶が流れ込んでくる。


 私はショックで倒れ込む。


『これは未来の話』


 すると少女は暗闇に姿を消した。


 ***


 次の日から私はこの屋敷の使用人として働く事となった。


 仕事は一通りモーエヴィンさんに教わる事になる。


「では屋敷の案内へと参りましょう。」


「こちらが調理場です。」


「シェフは居ないのですか?」


「ええ基本料理洗濯掃除は私一人で行っております。」


「ん?」


「なんせこの周辺ではこの館に関する良くない噂が昔からありましてね。」


 彼は軽くため息をつく。


「なので募集をしても来るのは良くない噂のある使用人や鼠さんばかりでなかなか使用人が集まらないのです。」


 なかなかに大変な仕事場であるのを私はこの瞬間理解した。


「そしてこちらが使用人の休憩室兼仮眠室ですね。

 一応住み込みの使用人の為の宿舎もありますけど今は殆ど人も居ないのでここで事足りてるんですよ。」


「あとこちらが浴室などの設備、そしてトイレですね。」


「とりあえず屋敷の中はこんな感じです。」


「ご案内頂きありがとうございます。」


「いえいえこれからはお互い協力して頑張っていきましょう。」


 この日私は共有スペースの清掃、そして自分の泊まる部屋の掃除夕飯の仕込みの手伝いと初日にしてはかなりの仕事をこなした。


「しかしあれを私が来るまで一人で行っていたとは……」


 恐るべしハイスペックバトラーである。


 ***



 その日の晩私は宿舎に帰り就寝の準備をしていた。


「涼香少しいいか」


 扉の向こう側から私を呼ぶ声がする。


 扉を開けるとそこにはここにいてはおかしな人物がいた。


「ユウ様いかがされましたか。」


「俺に敬称はいらない。」


「こんな時間に私に何か御用でも?

 わざわざこちらまで来なくとも呼んで頂ければ参りましたのに。」


「そんな事はいい、それよりまた君の力を借りても良いだろうか。」


「私の力というのは」


「また君の血を分けてくれないだろうか。」


 その瞬間私は反射で身構えてしまう。


「そう警戒しないでくれあの時の様に痛くはしない。

 なのでお願いだ。」


 私も負い目がある以上断れず私はユウを自室に招き入れた。

 彼を椅子に座らせ邪魔にならない様首元をはだけさせる。


「……どうぞ」  


 私が首をさし出せば彼は私の目をじっと見つめてくる。


「……?」


 するといきなり襲ってくるのは心地よい眠気と浮遊感。


 すると彼は首筋に顔を埋めそして歯を立てた。



「終わったぞ」


 彼に呼ばれ私は目を覚ました。


 首に傷口は無い。


 しかし血を吸われる前の記憶ははっきりとある。


「もう終わったのですか?」


「実感はないかもしれないが終わったぞ。」


「それにしても痛みも苦痛もありませんでした。」


「嗚呼、あの時は飢餓状態で忘れていたが今回はきちんと催眠をかけた。」


 なるほどだからまるで酒に酔っている様な酩酊感があったのか。


「痛みがないとはいえ血を吸われているのだ十二分に身体を労われ。」


 そう言い彼は自室を出て行った。


 ***


 それから涼香は俺の部屋に来る様になった。


 今までこの屋敷にも涼香と似た境遇の使用人や妾が居たが大概は正体を知ると離れていく。


 そうでなくとも良くない噂を吹聴する娘が現れたことにより俺の食事は裏ルートから入手した出どころ不明の血を摂取することしかできなかった。


 それが今ではパックの血より鮮度も質も良い血を毎日にでも吸えるのだ。


 そして涼香もそれを拒む素振りも付け込もうと策士する様子もない。


 俺は次第に涼香の血を以前よりも多く求める様になった。


 涼香の通いは俺が血を求めれば求める程増えていった。


 最初は週に一度だったのが今では殆ど毎日涼香の血を口にしている。


 そして次第に涼香の血以外にも興味が出てきた。


 血を吸う為に顔を近づけるとふと香る石鹸の香り。


 我が家の使用人統一のものを使っている筈なのに何故だろう。


 ずっとこうしてこの匂いを堪能していたいと思ってしまう。


 ***


 次の日涼香は俺の食事の配膳を準備をしていた。


 昨晩は加減をしたとはいえ昨晩血を吸われているのだ。


 俺は彼の体調を気にしつつその日一日を過ごしていた。


 しかしそんないつもの生活を荒らす奴が我が家に来てしまった。


「ユウ君!元気にしてたかい!?」


「お久しぶりです兄上五月蝿いです少し静かにしてくれますか?」


「相変わらず冷たいねぇ〜♡

 そういえばお土産持ってきたんだけどさ〜見てみて!」


「玄関でそんなデカい荷物広げないでください邪魔です。」


「じゃじゃ〜ん!ユウ君の好きなデンジャラスベアだよ!しかもなんと三体も!!!」


「声がデカいです黙ってもらえますか?」


 俺は耳を塞ぎそっぽを向く。


「もうウチの弟は相変わらずのツンツンぶりだねぇ〜♡

 デンジャラスベアの臓物大好物のく・せ・に♡」


『早く帰ってくれねぇかなこの変態。』


 この五月蝿いチャラ男はアイル・ルーン・ヴァーミリアン

 俺の兄上である。


 今は大陸北にあるノエル国に住んでいる。


 こうしてたまに実家に帰省してくるのだが……。


「今回も可愛い子ちゃんに逃げられちゃったんだよぉ〜

 そのせいでうちの子また機嫌損ねちゃって追い出されちゃったんだよぉ〜」


「いい加減遊ぶのやめて家に帰ってあげろ色欲魔。」


「ひどい!」


 しくしくと鳴き真似をする兄に冷静にツッコむ。



「おやアイル様いらしていたのですね。

 こちらにいらっしゃるのであれば言って頂ければお出迎え出来ましたのに。」


 騒ぎを聞きつけたのかモーエヴィンと涼香が玄関広間へとやってくる。


「ありがとうモーエヴィン!

 ヴァーミリアン家の良心は君だけだよ!」


「とんでもない光栄でございます。」


 玄関にデカデカと積んである魔獣を見るとモーエヴィンは即座に指示を出す。


「ではこのお土産なんとか致しましょう。

 涼香よろしくお願いします。」


「はい」


 涼香は言われるがまま荷物を厨房に運ぶ。


「ではすぐ客間に案内いたします。」


「ありがとう、あとあの美青年は新入りかい?」


「涼香です。

 半年前からこちらで働いているんです。」


「ふ〜ん」


 アイルの好奇心を持った目が静かに涼香に向けられた。



 ***


「アイル様お食事の準備が出来ました。」


「ありがとう涼香ちゃん!」


「……」


 何故だろう私はこの人と知り合って間もないというのに何故か私との距離感が矢鱈と近い気がする。


 例えば先程の敬称だ。


 私はこの屋敷に来てから女性として扱われたことはない。

 だがこの男は私の正体に気づいている様な素振りで話を振ってくることが多々ある。


 最初こそ気のせいだと思っていたがいよいよ言い訳が効かない最悪の事態に直面してしまった。


「おっ涼香ちゃんじゃん!」


 風呂の入り口から声がする。


「ごめん!お昼寝するつもりがうっかりこんな時間まで爆睡しちゃってお風呂入るの忘れちゃった!」


 私は脱衣所で服を脱ぎタオルを巻いた瞬間向こうからやってきたアイル様に不意をつかれ固まってしまった。

「早く入ってください。

 私共の就寝時間が押してしまうので」

「釣れないこと言うなよ!

 それに風呂では上下関係とか堅っ苦しい事は考えるだけ無駄なんだぞ!」


 そう言うとアイル様は衣服を脱いでいく。


「じゃあ人も少ないし裸の付き合いという事でご一緒させてもらうね♪」


『終わった』


 私はこの瞬間絶望という二文字が頭をよぎった。


 そして今私はアイル様と風呂に入っている。


 湯煙で視界が見えづらいとはいえ一応異性だ。


 全く恥ずかしくないといえば嘘になる。


「それにしても涼香ちゃんは華奢だよな。」


「……はぁ」


「もっとお肉食べないと駄目だぞ!

 この家にいる以上吸血行為からは逃れられないんだ。

 せめてたくさん食べて働きすぎで倒れない様にしとかないと。」


「善処いたします。」


「うんうん♪」


 彼はぶっきらぼうな返事にも楽しそうに相槌を返してくる。


「あともう一つ、ユウ君の事はどんな風に思ってるんだい?」


 私は唐突な質問に豆鉄砲を喰らってしまった。


「ええとユウ様ですか……。」


 私は少し考えてから口を開く。


「とても恩義に溢れた誠実な方です。」


「そう言うのじゃなくて!」


「はい?」


「ユウ君とは何処まで進んだのかって聞いてるんだよ!」


「……!?」


『何を言っているのだこの人は!?』


 私はユウ様に助けていただいた恩はあるものの関係としては主人と使用人、捕食者非捕食者の関係に過ぎないしそう言った感情は一切無い。


 だから……


「私がその様な爛れた感情を主人に対して持ってしまうのはいけない事だと思います。」


「そうかねぇ?

 今の時代身分や性別関係無く恋愛ができる時代なんだ。

 それに……」


「……?」


「……いやなんでもない!

 これはアドバイスだけどチャンスの神様は前髪しか無いからチャンスを無駄にしない様にしろよ!」


 涼香青年!


 そう言いながら彼はグッと顔の前で親指を立てた。


「最後に……」


 すると彼は私の耳元でこう囁く


「僕が少しだけお手伝いしてあげる」


 そう言い私の首元に強く吸い付く。


「!?」


「じゃあ検討を祈ってるよ!」


 そしてアイル様は風呂場を後にした。


「何だったんだあの方は……」


 今日は久々に長風呂してしまった。


 私は冷水を浴び浴室を出た。


 ***


 結局あの後アイル様の言いたい事が分からず夜な夜な思考を巡らせる。


 すると部屋の外からノックの音がした。


「ユウ様……」


「少しいいか?」


 彼がこう言う時は大抵お腹が空いている時だ。


 彼の自室に私が行くことの方が多いが今日は余程我慢ができないのだろう。


 私は自室にユウを招き入れる。


 いつも通りベッドに座らせ食事の準備を始めるが今日はユウの様子がいつもと違った。


「……おい」


「いかがされましたか?」


「何故お前から兄の匂いがするのだ。」


 そういえば先程成り行きとはいえ入浴を共にしたばかりだった。


「アイル様とは先程色々とありまして少しお話をしていたのです。」


「それにしては矢鱈と濃い匂いを纏っているな。」


「ええ、アイル様に裸の付き合いと誘われまして……」


「は?」


 その瞬間視界がひっくり返る。


「それはどう言う意味だ……!」


 彼は怒っていた。


 だが彼が何故怒っているのかが分からない。


 彼は私の首元の痕に目をつける。


「チッこんな痕までつけやがって……」


 もしかすると兄に食べ物を横取りされたと勘違いをしているのかもしれない。


「ユウ様誤解です。

 落ち着いて話を聞いてくださ「ちょっと黙ってろ」


 ユウ様はいつもなら催眠をかけてから負担をかけない様に優しく血を啜るのだが、今日はそんな事お構いなしと言わんばかりに思い切り首筋に牙を突き立てる。


「いっ……!」


 私は痛みに耐えきれず彼の腕に思い切り爪を立てた。


「味は落ちていない様だな。

 こんな上等な血他の男の手で汚されてしまうなどあってはならない。」


 私が痛みで顔を歪める姿を恍惚な表情で眺める彼を見てやはり彼は魂から吸血鬼なのだと再認識した。


「……涼香お前は青年の筈なのに何故だろう。

 昔に食した気娘の生き血にとても似ていて病みつきになってしまいそうだ……。」


 そう言うと今度は反対側の首筋にまた牙を突き立てられる。


「うぐっ……」


「痛いのか?

 でも大丈夫、もうすぐ終わるから。」


 彼は血を一通り啜ると名残惜しそうに噛み跡を優しい舌使いで舐め回す。


 何故だかいつもよりしつこくねちっこい、まるで愛撫の様な舌使いに私は終始混乱していた。


 ユウの押さえつける手が私の身体を撫でた瞬間今度は背筋をゾクゾクとした感覚が駆け巡る。


「あっ……ユウ様……これ以上は駄目……です。」


 こんな感覚は今まで感じたことは無かった。


 私の身体はどうなってしまったんだ。


「もう我慢しなくていいんだぞ。」


 私はそのままユウの腕の中で意識を飛ばしてしまった。


 ***


 最初こそ涼香の事を若くして旅をしている青年だと思っていた。

 だがあの夜にふと意識してしまった瞬間から彼女は男のフリをしているだけなのだと悟った。


 それはそうだ女の一人旅なのだ決して安全であるとはいえない。


 だがこの推測が絶対である確証は無かった。


 しかしあの日兄アイルとの出来事によりそれは明確な現実となった。


 けど性別など関係なく心の何処かで惹かれている自分が居たのかもしれない。


 だがその感情の名前の知るのはまだ先の事だった。



 to be c continued……

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