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政府の非公式エージェントを大量に逮捕。
この話題は、国の内外問わずに、瞬く間に広がった。そして、逮捕された者が過去にどんな任務についていたかの情報も拡散された。
犯罪組織の殲滅、国勢反抗勢力の解体、特定人物の拉致、他国での工作、黒い資金の洗浄、などなど。
法に照らせば、有罪確定な任務の数々が、世間に周知されることになった。
未曾有の大スキャンダルに、大企業たちは連名で非難声明を発し、政府は首相を筆頭に各大臣たちも会見の場に連れ立っての謝罪を行うことになった。
そんな状況の中、エージェントの中でも最大の犯罪者として取り上げられたのは、顔面に軍用ゴーグルに似た複合センサーを埋め込んだ『コンバット・プルーフ』なる人物。
その生い立ちも暴露されている。
普通の教育課程を経て軍人となった元陸軍の伍長で、訓練での狙撃銃の暴発で顔面を喪失し、失った顔を機械で補っている。暴発事故で前頭葉にも損傷があり、それで物事の善悪や損得勘定の区別がつかなくなったため、非道な任務も命令通り遂行するエージェントと化したのだという。
任務のためなら、自身の肉体を改造することも厭わず、両手足どころか臓器すらも機械化している。もう生身で残っている部分は、脳ぐらいしかないという、高度に身体を義体化しているサイボーグ。
拘束された現在の姿も写真で公開されていて、それにはコードのついた生首と、取り外されて四肢と胴体をバラバラにした義体が写っていた。
そのニュースを、拡張現実上で眺めて、シーリは横にいる人物に笑いかける。
「ねえ、シバ。コンバット・プルーフってエージェントは、事故と政府の被害者だから助けるべきだって意見があるみたいだよ?」
呼びかけられて、シバは口に含んでいたコーヒーを飲み下す。
「一方で、任務とは言えど殺人を大量に犯した存在は許しておけない、っていう勢力もある」
「ちなみに、シバの意見は?」
「他の非公式エージェントたちを罪に問う必用があるのなら、コンバット・プルーフには重い罪が課されるべきだろうな。そうじゃなきゃ、あれだけの殺人を犯した存在が軽度の罰則で済むのなら、それより程度の軽い任務しかしていない俺たちはもっと罰則が軽くていいはずだって主張が通ってしまうしな」
シバは唇を湿らせる程度にコーヒーに口を付ける。
「ちなみに、逮捕されたエージェントの中に、シーフキーってのはいないのか?」
「検索してみたけど、いないねえ。似た名前で、マスターキーって人はいるみたいだけど」
「マスターキー?」
「経歴を見てみたけど、もの凄い電脳犯罪者だよ。それこそ、ハッカーを十人ぐらい素材にして作ったんじゃないかってぐらいのね」
逮捕されたコンバット・プルーフがシバとは違うように、どうやらマスターキーも政府お抱えのハッカーの身代わり――それも複数のハッカーの功績と犯罪履歴を全て背負わされた存在のようだ。
「思い切った手を打ったもんだな」
「そうだね。政府は失態を恥じて、今後の政府の判断は『間違えないAI』によって成し、各種エージェント活動もそのAI麾下のロボットによって行われるんだもんね」
AIとロボットの活用によって、政治家と政府職員の数と人件費を削減。それで浮いた歳費を、福祉事業と再雇用対策に充てる。
つまり政府は、重大な過失を反省し、大きく身を削って禊とすることを表明した形だ。
「それにしても、捕らえに捕えたりって感じだな」
シバが電子ゴーグルの機能を使い、拡張現実上に展開したモニターで、ニュース記事に載っている逮捕されたエージェントの一覧を見る。
その大半が、国民が納得できる感じの、凶悪そうな見た目をした者たちだ。
変に四肢を巨大な機械に置き換えていたり、生身の顔や身体に濃い刺青を入れていたり、ロボットと見間違うほどに機械改造されていたり。
それらの顔は、シバが見た限り、政府の犬として見知った顔は一つもない。
「シーリは誰か知っているか?」
「いいや、知らないね。似たような犯罪者や開発中のロボットなら、見たことがある気がするけどね」
「どれぐらい似ているんだ?」
「ちょっと整形したら、見た目が同じになるぐらいだね」
つまり、シバやシーリのようなエージェントの身代わりに、政府が捕まえていた犯罪者や人型のロボットをエージェントであると偽っているわけだ。
「似ているのなら、人違いだと騒ぐ人がでてこないか?」
「周りの人から見たら、その騒いだ人がエージェントに騙されていたんだろうなって思うだけじゃない?」
そうして騙される人が出てくるほうが、社会や国民にエージェントの悪辣さが実感として伝わるに違いない。
「なににせよ、これで仕事を一つ失ったな。実入りが良い仕事だったんだがなあ」
「こっちにしてみたら、手間と時間がかかる割に払いがショボい仕事がなくなって、清々したけどね」
「俺は学生で、そっちは社長令嬢かつ次期社長だろうが」
「社長なんてガラじゃないんだけどね。でも社長になれたら、シバの作品作りを後援してもいいよ。それぐらいの稼ぎはあるし」
「中小のソフトウェア開発企業じゃなかったのか?」
「お陰様で、ソフトの売り上げが良くなってね。上場会社に成れそうなんだよね」
「それはおめでとう。株式で買収されないよう、気を付けろよ」
「お生憎だけど、私の場合は身一つで成り上がれる技術者だからね。いざとなったら、シバの家に転がり込んで、一から再出発するさ」
「……俺の家に転がり込むのは確定なのか?」
「えー? 嫌って言う気? 私が色々と手伝ってあげたでしょ。そんな借りが沢山あるのにー?」
「分かった、分かった。いざとなったら、家に来い。贅沢させられるほど稼げてなくても良いのならな」
「大丈夫だって。今でもシバの作品のファンは多いんだ。それに宝石アクセサリーと刃物製造っていう、別分野での二つの柱があるんだ。おいそれと食い詰めることはないはずだ。いざとなったら、裏技だって使って宣伝すればいいし」
「止してくれよ、エージェントに雇用されるような真似して、捕まったってニュースになりたくないぞ」
「そんなヘマしないから、安心しなって」
シバとシーリは、お互いに飲み終わった使い捨てカップを捨てると、中州の街を離れて川を挟んで対岸の街でデートに繰り出すことにした。
その二人のデートが終わった夜に、AIを活用した逮捕されたエージェントの裁判結果が出て、コンバット・プルーフとマスターキーの二名には死刑判決が下され、即座に実行されたとニュースが流れたのだった。
こうしてシバとシーリは、政府の犬ではなくなり、単なる学生とソフトウェア会社のプログラマーとして国で暮らす存在になったのだった。
これにて、この物語は完結となります。
うーん、サイバーパンクな感じをあまり生かせなかったことが心残りです。
いつか似たような世界で、別の物語を作って、リベンジと行きたいですね。
それと、新作始めます。
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現代ダンジョンものです、ご興味ありましたらご一読のほど、よろしくお願いいたします。