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トゥルーアスクと名乗った女性からの質問に、シバは次々と答えていく。
「政府の犬となって、何年経過しましたか?」
「改めて言われると何年だろうか。五年くらいか?」
「詳しい年数は分からないと?」
「犬になった最初の方は、生き延びることに精一杯でね。あの当時のことは記憶が曖昧なんだ」
「記憶が曖昧になるほど、厳しい任務ばかりだったのですか?」
「今よりも念動力で出来ることの幅が狭くて、必然的に必死にならざるを得なかっただけだ。任務の難度は、昔も今も大差ない」
「では任務について尋ねます。貴方はどのような任務をこなしてきましたか?」
「基本的には、社会にとって邪魔になる人物の殺害だな。邪魔な人物の選定は、政府か政府に依頼した大企業だろうけどな」
「殺害した人たちへの罪悪感は抱いていますか?」
「一切ない。俺は依頼を忠実にこなしただけ。いわば道具のようなものだ。道具が使われ方に不満に思ったり、反対意見を持ったりはしない」
「政府に便利に使われる駒であるため、罪の意識を感じる必要はないと? 殺された人たちにも兄弟姉妹や家族がいて、死に対して悲しんでいるとは思わないのですか?」
「本当に兄弟や家族なら、死ぬことを望まれるような立場から引き上げてやればよかっただろ。まあ、俺は孤児だから、家族の絆というものは文字情報としてしか知らないけどな」
「罪に感じていないことは分かりました。ですが、殺人は重大な犯罪です。社会的に罪を償う必用があるのではありませんか?」
「俺は模範的な国民だ。政府に命じられるがままに行動したように、法に則った措置命令なら受け入れる用意がある」
「仮に裁判で死刑判決がでたら、それに従うと?」
「もちろん裁判の際には反証させてもらうが、結果がそうであれば従うしかないだろ。それが法治国家で暮らす人間の義務だしな」
「遵法精神はあるわけですね。さらに尋ねますが、貴方はご自身のことを、善良な国民であると思いますか? それとも害悪な国民であると思いますか?」
「善良な国民だと思っている。体内の白血球は外からの病原菌を殺すが、列記とした免疫システムの一つだろ。それと同じだと思っている」
「必要悪だと?」
「人の殺害を絶対悪だと定義するのならばな」
「人殺しは、必ずしも悪ではないと?」
「場合と状況、そして殺される人物の背景によっては、殺人が悪ではないこともあるだろ」
「ご自身が成した殺人は、全てが悪ではない殺人であったと?」
「さてね。さっきも言ったが、俺は政府の犬という道具だ。当該の殺人を悪か否かは判断の外だ」
「善良な国民を殺した可能性はあると?」
「もしそうであれば、命令者責任が政府にあるだろうな」
トゥルーアスクは連続していた質問を途切れさせると、唐突に机の上に置かれていたシバの手を掴んだ。
シバは攻撃かと思って警戒したが、ただ単に手を握られているだけ。
どういう意図があるのか分からないまま、再び質問が行われる。
「ここまでの話で、自分を偽っての発言はありませんか?」
「ない。率直な意見に終始している」
「本当に殺人を罪に感じてませんか?」
「感じてない」
「これまでの任務で懺悔することは?」
「一切ない。もっと任務を上手くこなせたかもしれないっていう反省はあるけどな」
「殺人者が、社会に受け入れられると、本気で思っていますか?」
「資本主義社会において、価値を生みだす者は無条件に受け入れられると考えている。その者が起こす損と、その者が生み出す益とを比べて、益が多いと判断されたらな」
「その考えは、犯罪者であろうと社会に受け入れられると言っているのも同然ですが?」
「受け入れられるだろうな。仮に殺人を犯したとして、殺された人物が生むはずだった益を十二分に上回るほど、その犯罪者がもの凄い価値を生むのであればな」
「どの程度の価値があれば、殺人が許容されると考えますか?」
「善良な人を殺したのであれば、国家予算ぐらいの価値は必用だろうな。悪徳な人を殺したのであれば、パン一つ買えるぐらいの価値を生めば十分だろうさ」
「価値に大分差があると思いますが?」
「政府の考えに沿っているはずだ。人には唯一無二かつ巨万の可能性がある。その可能性に価値はつけきれない。だが社会に害を与えている人物は、その害の分だけ自身の価値を損ねている。その両者の価値を比較すれば、国家予算とパン一個の違いになることは当然だとおもうが?」
シバが自分の価値観に従っての答えを言い続けると、やおらトゥルーアスクは握っていたシバの手を離した。
「一切の嘘がありませんね。本当の本心でそう思っているのだと理解しました。そして仕事内容で、政府を恨んでもいないと分かりましたね」
変な感想に、シバの眉が寄る。
「まさか、お前は、人の心を読める超能力者なのか?」
「貴方と同じ、特C級の思考解読者です。対人に特化してますので、嘘発見器よりも深く心理を読み解けます」
「俺の頭の中が丸裸にされたってことか?」
「そこまで深く潜ってはいませんよ。こちらが投げかけた質問に対して、貴方の脳が想起した内容を読んだだけです」
「このシェルターでの取り調べも、能力に関係しているのか?」
「人が言葉に乗せた意図も読み取れますので、他者の声が入らない場所の方が都合がいいんですよ」
そういうものなのかと納得しつつ、シバはこの尋問に対する疑問を聞いてみることにした。
「それで、これはなんの茶番なんだ?」
「茶番とは?」
「俺は政府の任務をこなしてきた。そしてお前は、特C級の超能力者ということは、政府のお抱えだ。両方とも政府の側に立つ人物なわけだ。本気で俺を罪に問いたいのなら、政府と関係のない尋問官を宛がうものじゃないか?」
「真意は知りません。貴方の言葉を使わせてもらうなら、私もまた政府の犬ですので」
「要望された通りのことをやっているだけだと?」
「尋問の結果を上に報告することが仕事で、その後のことについては一切関知していません」
「俺以外の政府の犬も、同じような尋問をされたと聞いているが、結果を教えてくれないか?」
「個人情報を漏らすことはありません。ですが、色々な気持ちの人がいたとだけ教えてあげましょう」
なんとも取れる言葉だが、シバは直感していた。
政府の犬の中には、任務から罪悪感を抱いたり政府に反抗心を持った人物がいたのだろうと。
そしてトゥルーアスクが心を読めるのだから、罪悪感も反抗心も見抜かれてしまっているに違いないと。
「特C級が相手の対超能力者戦なら、俺に任務が回ってくるかもしれないな」
「どうでしょう。対処は機械化戦力で十二分だと思いますが」
「なるほど。戦闘が得意な超能力者の中に、罪悪感や反抗心を持った人物は居なかったわけだ」
「ノーコメントで」
トゥルーアスクは質問は終わりだと告げ、シバは部屋から出て日常に戻った。
僅か一週間後に、ニュースで『政府の非公式エージェントを大量に逮捕。逮捕された中には、コンバット・プルーフという大量殺人者がいる』と報道されるとは思わないままに。