【091】お掃除は大事なことなのです
「場所を変えてお話しませんか?」
「あのね。見てわからないの? 私たちはまだ食事中なんだけど?」
私がそう言うとアルアはキョトンとした顔を向ける。
「お姉様は既にお食事を終えているように見えますが?」
「私はね。でも、まだこの子たちが食べてるでしょう」
アルアは何故か困ったような顔を向けた。
「カードへお戻しになればよろしいかと? 護衛ならば外にも待機させておりますので、十分だと思いますよ?」
私は思わず溜め息を吐いた。
ああ、そうか。アルアは召喚モンスターを物か何かとしか考えていないのだ。
だけど、その事について、アルアは悪くない。
世間一般の召喚モンスターは、ブルの【実装】するものと違い、言葉を話す事もなければ自己主張する事もないのだ。
多少、意思のようなものが見え隠れするが、基本的には従順で、命令したこと以外はやろうとしない。
だから、ティターニアたちの事を知らなければ、この態度は決しておかしなことではないのだ。
でも。
「あなたにとっての護衛は、私にとっての護衛じゃないわ。話を聞いて欲しかったら、急かさないで待ってくれるかしら?」
「お話を聞いてくださるというなら、いくらでもお待ちしますよ」
あ、しまった。普通に追い返せば良かった。
失言だったと後悔したけどもう遅い。それに待ち合わせの時間までは、まだだいぶ余裕がある。
渋々ながらも、ティターニアたちが食事を終えたあと、私はアルアの話を聞く為に、彼女について行く事となったのだった。
街の外れにひっそりと建つ館へと私は連れて来られた。
人気は少ない場所だけど、私にはピクシーもティターニアもいるから何かあっても問題は無い。頑固者とはいえ、アルアは悪人というわけではない。別段おかしな真似はしないと思うけど……。
館の応接室に通されてお茶を差し出されたあと、アクアは間髪入れずに声を発した。
「お姉様。今、我が家は苦境に立たされております。アベンシアレ家とユラウドラセ家との協定が破棄され、我が家にダンジョンの管理は任せられないとの声が多く上がっています。その為、遂には長老会が動き出しました。間も無く審議にかけられ、その裁決が下されれば、我が家の権威は失墜するでしょう」
「それは大変ね。でも、私に出来る事は何も無いわ」
「ご冗談を。この状況を覆せるのは、お姉様を置いて他におりません。おわかりだと思いますが?」
「長老会が動き出した時点で、私に出来る事なんて何も無いわ。私が一人訴えを起こしたところで、あの方たちの決定に影響を及ぼせるとは思えないもの」
「長老会は我が家の管理を継続させたいと考えております。ですが、その決定を下せるだけの理由が用意出来ないでいるのです」
「だから、私一人が何を言っても、その理由にはなれないでしょう?」
「お姉様! どうかお惚けにならないでください!」
アルアは珍しく普段よりも大きな声を上げた。
まあ、アルアの言っている事はわかる。
うちの管理するダンジョンに人が集まらないのは、単純に内部のモンスターが強過ぎるせいなのだ。
本来であれば、優秀な闘士を集めてダンジョン内のモンスターを程よい数に間引く。それにより、危険の少なくなった、俗にいう旨い場所へと調整するのが管理者たちの仕事なのである。
だが、うちはその作業を長年の間放置した。
それというのも、雇い入れていたSランクの闘士の引退と、突然発生した強力なモンスターの所為で、Aランクの闘士が数名命を落とした事件から始まっていたのだ。
その時に早急な対処を行なっていれば良かったのだが、対応が後手に回り今では内部のモンスターが手に負えないぐらいの数となっていて、一般の闘士では命の危険があるほどの場所となってしまった。
そうなると悪循環だ。
一般の闘士は近付かない為、モンスターは増え続け、うちはそれを間引く為に、多く闘士を雇い入れなくてはいけなくなる。
そんな状況を今の今まで打開出来ずいたのだ。
管理を任させられないという言い分にも納得ができてしまう。
要するに、アルアは私にダンジョンの掃除をやらせたいのだろう。【LG】を持つ私がダンジョンの管理に回れば、世間の信用も回復して行く。
それが出来るならば、管理を継続出来ると長老会を納得させる事も出来ると考えているんだと思う。
……でも。
私は家の権威を守る為だけに、協力したくなんてない。一度協力してしまえば、私はまたあの家に縛られる事になる。
「事情はわかるけど、管理を外されても家が取り壊されるわけじゃないでしょ?」
「お姉様! それではお父様やお母様が―――」
アルアが尚も食い付いて来ようとした時、ティターニアが席を立った。
冷たい氷のような瞳に、アルアは思わず言葉を切って息を飲む。
「招かざる客がやって来たようですね」
ティターニアの視線はアルアには向いていなかった。
その鋭い視線が見つめる先。
その視線を追い掛けると、バンッと勢い良く扉が開かれる。
そこに現れたのは、不遜な態度で室内を見渡す幼い少女。
「あ、アウナス様!」
驚いた私にニヤリと笑みを浮かべたのは、委員会の代表にしてカードの創造主、アウナスであった。
お読みくださり、ありがとうございます。
あと一話! あと一話で終わりますからー。
引き伸ばしてるんじゃなくて、それっぽい理由で話をしてたら文字数がオーバーしてしまったのです。
ダンジョンの管理より、話数管理の方が難しいんじゃなかろうか!




