【089】エディナの決心
ブルと別れたあと、私は大通りを足早に歩いていた。
胸がドキドキして火照ったように顔が熱い。
たぶんこれは、歩くのが早過ぎて体温が上昇している……なんてわけでは決してない。
単純に、私は恥ずかしいのだ。
どうしようもなく恥ずかしくて、それでいてどうしようもなく嬉しい。
今さっき、初めてブルの本心を聞けた気がした。
いつも飄々としている彼が、一生懸命真剣な表情を作り、真っ直ぐ目を見て言ってくれたのだ。
『嫌いなところが何一つないから―――』
それは、私にとってなんとも嬉しい言葉だった。
裕福な家庭に育った私は、それなりに体面を気にして他人と触れ合って来た。
社交的であれと教育を受けて、他人の顔色ばかりを伺っていた私は、まるで人形のように淡々と名家に相応しい令嬢を演じ続けた。
けれど、そんな自分が嫌で。まがい物の関係に疲れてしまって、私はある時、取り繕う事をやめたのだ。
自分の意見を隠さず言って、嫌な事は嫌だとハッキリ否定するようになった。
そんな態度を取り始めた私は、両親に何度も叱られ注意を受けた。
それでも私は、自分の態度を改めようとはしなかった。
私は、素の自分を見て欲しかったのだ。ありのままの自分を好きになって欲しかったのだ。
けれど、取り繕う事をやめた私に対して、周囲の人たちは腫れ物を扱うような態度となり、心の距離は一層離れていったように思えたのだ。
そして、そんな私の周りには、あまり人が近寄らなくなった。
別に態度悪く接していたわけではない。取り繕わない素直な言葉を口にしていただけだ。それが、周囲の人たちは気に入らなかったのだろう。
別に私は辛くなかった。建前だけで会話する関係なんて必要なかったし、そんな人たちと顔を合わせる機会が減って清々したぐらいだ。
両親は頭を悩ませていたみたいだったけど……。
私のそんな態度の所為もあったのだろう。
色々あって、私はとある名家へ嫁に出される事となった。
正直嫌だった。
会ったこともない相手と結婚するなんて、考えたくもなかった。
だから私は、家を飛び出すことにしたのだ。
外の世界は、とても清々しかった。
上品な言葉遣いも、淑女らしい態度も求められない。ありのままの自分でいられたのだ。
当然、会ったこともないほど嫌な奴も居たし、カード欲しさに長馬を襲うような、家に居た時では考えられないぐらい酷い事をする奴も居た。実際私はそいつの所為で、命の危険に晒されることにもなった。
でも、そのおかげで、私は彼と出会ったのだ。
黙っていれば可愛い顔をしているのに、直ぐに鼻の下を伸ばしイヤらしいことを考える彼。
自分の考えてる事を隠そうともせずに、素直に表情を変えるその姿は、凄く自然体で疑うことすら馬鹿らしくなってしまうほどだった。
羨ましいと思った。
ありのままでいられる彼ぐらい、私も自由でありたいと思った。
だから私も、彼には取り繕わないありのままの私で接してきたつもりだ。
そんな私のことを、彼は好きだと言ったのだ。
何も取り繕わない私を見て、嫌いなところが何一つ無いと言ってくれたのだ。
それは、たぶん私が欲しかった言葉。
飾らない私を認めてくれた証だった。
彼の想いを最初に聞いてからひと月。私も何も考えなかったわけじゃない。
彼の想いに応えても良いのではないかとずっと考えていた。
それでもなかなか埋まらない種族の壁が、私にあと一歩を踏み留まらせていた。
けれど、彼の言葉を聞いて私の決意はようやく固まった。
彼の―――ブルの想いに応えよう。
私は胸の内にそう決意をして、これからのことに思いを馳せた。
読んでくださり、ありがとうございます。
真面目な話はまだ続く……のか!?




