15 真実と断罪
「な、なんだ……と……?」
シルヴァの声と言葉を聞き、ガウェインは大きく狼狽えた。
「魔石師の令嬢、ルビイことルフィーリアと婚約したのはこの私だよ、兄上」
「その声……き、貴様……貴様はまさか……ッ!?」
「この声なら馬鹿な兄上でもさすがにわかるな? もはやこの声を晒したなら、素顔も晒すとしよう」
そう言ってシルヴァはこれまでルビイ以外の前では滅多に外す事のなかった仮面をついに外す。
そしてその素顔を見て、ガウェインは目を見開き、口をあんぐりと開けて、ぷるぷると震えた。
「き、き、貴様はやはりッ!」
「そうだよ兄上。シルヴァ・オルブライトとはこの私の仮の姿だ」
その隣にいたルビイは見慣れたシルヴァの顔を見て、不思議そうな表情をしている。
何故ならガウェインが狼狽えている理由がよくわからないからだ。
「シルヴァリオ……そうか……全ては貴様の仕業だったのかッ! 卑怯者のシルヴァリオめがッ!」
ガウェインが連呼するシルヴァリオ、という名はルビイも以前に少しだけ聞き覚えがある名。
「ま、まさかシルヴァ様……貴方は……」
ルビイも声を震わせ、尋ねると、
「黙っていてすまなかったね、ルビイ。私の本名はシルヴァリオ。シルヴァリオ・ニルヴァーナだ」
グランドホール全体が再びざわめきだす。
「シルヴァリオ様って確か……」
「ええ、そうよ。王子三兄弟の中で最も頭脳明晰、容姿端麗で有名なあの方よ。でも放浪癖があっていつも王宮にはいらっしゃらないっていうあの……」
「やはりそうですわよね? シルヴァリオ第二王子殿下ですわよね!?」
そんな人々の声がホールに響く。
「う、嘘……。まさか……シルヴァ様が……?」
「そうだルビイ。私はこの国の第二王子なんだ」
ルビイが彼の正体を知らないのも当然。
そもそもルビイは王宮でシルヴァリオ第二王子殿下に直接会った事がなかった。ゆえに声も聞いた事がなかったのである。
ガウェインが初めてルビイの小さな魔石店にやってきたあの日の数日前。
シルヴァはルビイに、
「声色が変えられる魔石は作れそうか?」
と、頼んだ。
ルビイが「何故?」と尋ねると、シルヴァは仕事の都合上、自分の声をできる限りニルヴァーナ王家の者たちには聞かせたくないのだ、とだけ答えた。
ゆえに、シルヴァはガウェインの前にいる時は、ルビイの作った魔石で声色を変えていた。
だからこそ、ガウェインはこれまで全く気づかなかったのである。
そして今、同時にようやくルビイも気付いたのだ。自分に声色を変える魔石を作らせた事を。
「で、兄上。どう思う? 私は王位継承権第二位だと思っていたが、この天才的魔石師であるルフィーリアを婚約者としているんだ。これがどういう事か、わかるな?」
シルヴァは鋭い視線でガウェインを睨め付けた。
「そ……それ、は……ッ」
ガウェインは二の句を飲んだ。
ガウェインも理解しているのだ。このままなら間違いなくシルヴァリオが王位を継承するであろう事を。
「皆! 私の声の変わり様を聞いただろう! これはこのルビイ……いや、ルフィーリアがただの石ころから作り上げた魔石、魔声石の効力だッ!」
シルヴァリオは通る声で、グランドホール全体に響く様に叫んだ。
「宝石ではなく、ただの石から魔石を作れる魔石師はこれまでの歴史上でも極めて希少の伝説級である! その力がこのルフィーリアには宿っているッ! そしてその伝説級の力を持つ彼女の真の婚約者がこの私、シルヴァリオ・ニルヴァーナなのだッ!!」
わッと会場が沸き立つ。
そして今度はルビイの方に向き直り、
「ルビイ。今まで黙っていてすまなかった。私はシルヴァリオ第二王子。そんな私でも婚約状態でいてくれるだろうか?」
シルヴァリオの言葉に、
「もちろんですわ、シルヴァ……いえ、シルヴァリオ様ッ!」
優しい笑顔でルビイは頷く。
「ありがとう、ルビイ……いや、ルフィーリア」
と、その時である。
「話は全て聞かせてもらったぞ」
バックヤードから重く、低い声が轟き渡った。
そしてグランドホールに現れたのは。
「ち、父上!?」
ガウェインが驚いて見た先。そこに現れたのは豪勢な織物と毛皮、そして宝石がふんだんにあしらわれた着物と金の冠を身につけた者。ニルヴァーナ国王であるダグラス王陛下であった。
「ダグラス王陛下の御前である! 皆の者、敬礼ッ!」
ダグラス王の傍にいる衛兵が声をあげ、皆、一礼すると、一気に会場は厳粛な雰囲気に包まれた。
「話は全て聞き及んだ。他国から大勢の来賓、貴賓がいるこの場で、よもや王位継承に関する我が国の醜さをこれほどまでに皆に露呈させてしまった事に、まずは深く謝罪したい」
ダグラス王はそう言うと、実際に頭を深く下げ、もう一度「醜態を晒して申し訳ない」と言った。
そして、
「だがしかし、今日私がハッキリと断言しよう。次期王位継承権はシルヴァリオとブロンの二人だけとする事を」
と、言い放った。
「ち、父上ッ!? そんな、何故!? 私は国の事をこれほどまでに思い、考えてきたというのにですか!?」
ガウェインが悲痛な表情でダグラス王に懇願するが、
「ガウェイン。私はお前にも期待していた。それだけにとても残念だ」
冷たい視線でそうあしらわれた。
「く……そ、それほどまでに……それほどまでにこの魔石師の女を王家に欲しいのですか!?」
ガウェインはルビイを指差して怒鳴る。
「……元々は私もフランシス家との交流が深くなる事が一番の狙いであった事に間違いはない」
「でしょう!? だから私は父上の希望通り、能無しの魔石師の女と婚約した! 私は父上の言う通りにしてきたのですよ!?」
「……だがガウェイン。貴様は勝手に婚約を破棄したではないか」
「そ、それは……ッ。た、確かにその件については父上に相談せずに独断で決行しましたが……あの時は、私が国王代理でしたし、カタリナの為に私は……彼女を助けてやろうとして私はッ!」
ガウェインの言葉にダグラス王は小さく溜め息を吐き、顔を横に振って、
「それは貴様が単純にカタリナに惚れ、欲情したからであろう」
「そ、そうではありませぬ! 私はカタリナを愛して……ッ!」
「違う。貴様は本物の愛を知らんのだ。ただ己の欲望のままにしか行動していない。それが今回の件で十分によく理解させられたよ」
「違います父上! 私は先程も申し上げた通り国益を第一に考え……ッ!」
ガウェインが必死な表情でダグラス王に近づきながら言い訳を繰り返していると、
「愚か者めがッ!!」
という怒号と共に、バキィッ! と会場に響き渡るほどの痛烈で強力な一打を、王は手に持っていたその王笏でガウェインの右頬に食らわせた。
「何故、貴様にはわからぬ? 先程、シルヴァリオもブロンも申していたであろう? この世の女性を軽んじるような行動、言動。それが貴様には多々見受けられるのだ。そのような者に王位を譲るなどとんでもない話だ」
「そん……な……」
「それだけではない。ちょうど良い機会だ、今この場でガウェイン、貴様の罪についてまとめて断罪してやる。貴様は利己的な感情でルフィーリア、カタリナ、他多くの女性をないがしろにしてきた。更には自分の地位を利用した外交特権の悪用、貿易の阻害、希少品の横流し、人身売買等々、国の為とは思えぬ行動の数々。私が知らないとでも思っていたのか?」
「……う、ぐ……な、なぜそれを……!?」
「女の為、国の為、などと嘯く貴様の戯言にはほとほと呆れ果てた。貴様にはしばらくの間、独房に入って頭を冷やしてもらうとする。衛兵、ガウェインを牢へぶち込んでおけッ!」
「「ッは!」」
「ま、待って、待ってください父上! 私は、私は国の事を本当に思って……そ、それに民の為に……いや! 何よりも父上と母上の為にと!」
「ガウェイン、最後に私から教えてやろう」
衛兵に連れて行かれそうになるガウェインの肩をポンっと叩いたダグラス王は、
「誰かの為、と口に出す者は、漏れなく自分の為にしか動いていないのだよ」
憐れみの目で彼を見て、そう諭したのだった。
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