14 裏切り者
「ブロンの言う、ルフィーリアの想い人とはこの私だ、ガウェイン殿下ッ!」
ブロンの言葉を続けたのは、まさかの人物。
その人物は見計らったかのようにグランドホールと廊下を繋ぐ大扉を開いて、声をあげた。
会場の貴族たちが一斉にそちらを見やる。
「き、貴様は……」
その開かれた大扉の前に立っていたのは、仮面の男。
そしてその仮面の男の傍へと駆け寄る女性が一人。
そう、ルフィーリアこと、ルビイだ。
「シルヴァ様ッ! 今までどこへ……」
「一人にさせてすまない、ルビイ」
そう言ってシルヴァはルビイの肩を抱き寄せた。
「……ようやく姿を見せたか、ルフィーリア」
ガウェインもそちらを見て忌々しそうに呟く。
「ガウェイン殿下。貴方が行なってきた行為は、私としても許し難い事ばかりだ。だが、その前にハッキリとこの場で伝えさせてもらう。ルビイ……いや、ルフィーリアは今、この私の婚約者であるッ!」
シルヴァは声を大にして叫ぶ。
「貴様は確かオルブライト商会のシルヴァとかいう男であったな? 王子であるこの私に対してのその不敬はこの際不問にしてやろう。で、貴様とブロン、お前たちは一体何が言いたいのだ?」
「話が早くて助かる。ガウェイン殿下、私とブロン殿下が貴方に伝えたい事、それはただひとつ。先程ブロン殿下が仰った通りだ。この世は女性がいるからこそ成り立っているにも拘らず、その女性を軽んじるような者に国を任せて良いはずもない。ゆえに我々が望むのはガウェイン殿下、貴方の王位継承権の辞退だ」
ついにシルヴァはガウェインに対してストレートに物申す。
それを聞いたガウェインは、ようやく言ったな、とでも言いたそうな顔をし、
「だから先程も言ったであろう? 私も心苦しかったのだ。それでもニルヴァーナの為を思い、先走ってしまったのだと。確かに私の行動は浅はかで愚かであった。そしてルフィーリアやカタリナにもすまないと思っている……。だがカタリナ、キミならわかってくれるはずだ」
ガウェインはカタリナの方をチラリ、と見た。
(そう、ここだ。ここで貴様らは我が最愛のパートナーであるカタリナによって言い伏せられてしまう。何故ならカタリナは全てを知った上で、この私の味方をするからだ)
ガウェインの思惑はこうだ。
彼が自分の非を認めたその上で、
『大丈夫です、ガウェイン様。私は国を思う貴方様のそのお心に打たれ、今も貴方様の婚約者として、将来の王妃としてここにおります。なのでお姉様方がなんと言おうと、私たちには貴方様しか王の器足りえると思われるお方はおりませんわ』
カタリナからこのように言ってもらう手筈になっている。
ここまでの流れはほぼガウェインの完全な読み通り。
そしてカタリナのこの言葉をきっかけに、会場にいるガウェイン直属の部下が先導しつつ、貴族たちはガウェインに賛同するように沸き立つ。
そう、なる流れのはずだった。
ここから突然、歯車が狂わされてしまうなどとは夢にも思わずに。
「え? 私なら何がわかるんですの?」
「は?」
ガウェインは思わず「は?」と言ってしまった。
カタリナの返しが想定外すぎたからである。
「ガウェイン様ったら、お姉様にまた言い寄ったんですのよね? 嫌ですわー! 私、嘘つきは大嫌いですのー! だからガウェイン殿下、貴方との婚約は破棄させて頂きますわねッ!」
カタリナはわざとらしく大きな声で、薄気味悪い笑顔を浮かべ、まるでガウェイン殿下を見下すようにそう言い放った。
「は? え? おい、カタリナ、貴様、何を言って……」
「そういう事ですので、私、もう殿下の婚約者はやめますわー!」
「お、おいカタリナ、貴様ッ! 一体何を寝ぼけておる!? そうではなかろう!?」
「そうではなかろう? とは一体なんの事ですのー? わけがわかりませんわー。私、浮気症の男は大っ嫌いですのー! ごめんあそばせー! おほほほほーッ!」
カタリナはケタケタと笑いながら、スカートの裾を持ち上げ、グランドホールから逃げるように走り去って行ってしまった。
そして会場にいた全員が呆気に取られている中、
「……そういう事らしいな、兄上。やはり兄上の考えには婚約者であったカタリナでさえも理解が及ばなかったらしいぞ」
ブロンが追い討ちを掛ける。
「い、いや。待て待て。何かおかしいぞ? いや、なんだこれは? どういう事だ?」
「何もおかしい事などあるまい。先程のカタリナ様のお言葉通り、浮気症の男にこの国は任せられんという事だ」
「ち、違う! カタリナは……何か、勘違いしておるのだ! カタリナは私を心底心酔し、思ってくれているはずだ! 先程の発言は何か勘違いをして……」
「違うのだ兄上。勘違いではないのだ。カタリナの先の発言は事実であり、そして真実なのだ」
「そ、そんなわけがあるかぁッー! ふざけるなぁーッ!」
ガウェインは想定外の事態に正常な思考力が無くなり、暴力的な言動を取り始めた。
「ふざけてなどいない。兄上、会場の皆を見てみろ」
ブロンに促され、ガウェインは人々を見渡す。
多くの人たちはガウェインに対し、失望の眼差しを向けている。
「うぐ……ぐ……」
「わかるか兄上。皆、兄上の行動、言動に呆れているのが。つまりこれは兄上のような者に国は任せられないと言われているようなものだ」
「ふざけるなブロン! 貴様、勝手に話を飛躍させるでないッ! それはお前たちのただの願望であろう!? 誰もそのような事は申していない! それに父上も母上もこの場にいないだろう!? 王位継承を決める最終決定権を持っているのは父上だ!」
「それは確かにそうだ」
「ふん! カタリナは少し疲れているのだ! 彼女が私から離れるなどあり得ない! やめだやめ! こんな茶番の舞踏会など、もはや終わりだ! くだらんッ!」
ガウェインが怒りを露わにしながら、グランドホールからスタスタと立ち去ろうとすると、
「少しお待ちを、ガウェイン殿下」
その足を遮るように停めたのはシルヴァであった。
「なんだ貴様!? たかが弱小商会のボスだかなんだか知らんが、私の邪魔だてをするつもりか!? そこをどけ! どかぬなら本当に今度こそ不敬罪で貴様を処するぞ!」
「王位継承権についての話がまだ終わっていない」
「そんな話、こんなところでしても無意味だ! 私は疲れた。もう休むのだ! 商会の貴族風情が生意気言いおって! そこをどかぬかッ!」
「その前に殿下。貴方には自分の非を素直に認め、このルフィーリアに対して頭を下げて詫びてもらおう」
「何を……ッ!」
ガウェインがルビイを見ると、彼女は毅然とした表情でガウェインを見据えていた。
その芯の強い眼差しに一瞬だけ気後れする。
「ル、ルフィーリア……」
ルビイは黙ってガウェインを見据え続ける。
「……私は、本当に国を思って行動した。その結果、キミを傷つけたというのであれば、それについてはすまなかったと思っている。さあ、これでよかろう!? そこをどけ!」
しかしシルヴァは大きく溜め息を吐き、
「そんな事で許されるはずもない。ガウェイン殿下、貴方にはその責任を以って、王位継承権を辞退すべきだ」
「またそれかッ! ブロンも貴様も馬鹿の一つ覚えみたいに……ッ! たかが魔石師の女を婚約破棄しただけで王位継承権を捨てる馬鹿がどこにいる!?」
「だが貴方はつい先程、カタリナにも振られたであろう? もうガウェイン殿下が王位を引き継いだところで、魔石師の婚約者はいないのだ」
「ふん! だからどうした? 別に父上は必ず魔石師の娘を婚約者にしろとは言っていないッ! いなければ別の魔石師の娘を探せば良いだけだッ!」
「ふむ。ではもし別の王子が魔石師の女と婚約者であったならどうなのだ?」
「なんだと? ははぁ! わかったぞ、さてはカタリナの奴め、ブロンと婚約しようと言うのだろう!? くだらぬ! そんな事、通るはずがない! たかが貴族令嬢ごときが、もし長兄であるこの私を振った直後にブロンと婚約者になろうというのなら、それこそ私を侮辱した不敬罪に問うてやる! 裁判を起こしてやるぞ!?」
「違う。カタリナではない」
「なんだと? ではブロンはどこの魔石師の女と婚約するというのだ?」
ガウェインの言葉を聞いたシルヴァは小さく溜め息を吐き、少しだけ間を空けて、
「ブロン……ではないよ、愚か者の兄上」
と、突然声色を変えたシルヴァがそう呟いた。
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