おまけ 犬、犬、犬、犬だらけのカーテンコール(中)
お芝居が、そして悲劇が始まりました。
お芝居は、架空の国の公爵令嬢レイン・ボウが王太子と婚約するところから始まります。
婚約者の公爵令嬢は、隣の領地の侯爵家の令息と恋仲だったのですが、王命ですからやむをえず、侯爵令息への気持ちを抑えて、王太子と婚約します。
ところが、王太子は女好きでわがまま、浮気相手である男爵令嬢と一緒になって、公爵令嬢に辛く当たります。
公爵令嬢は、国のためを思い王太子に忠告しますが、王太子は公爵令嬢にうるさいと怒鳴り、のみならず、公爵令嬢の美しさに目をつけ、結婚前にその操を奪うべく、閨に引きずりこもうとします。
公爵令嬢が抵抗して、神に祈り助けを求める歌を歌ったところ、王太子の魔法が解け、ポメラニアンである犬の姿が現れました。
ここらあたりで、私は気が付きました。
これって、私の婚約破棄騒動がテーマではございませんこと?
確かに、架空の国の話だと説明されていますし、登場人物の身分も違います。
あと、私には、元恋仲の侯爵令息なんていません。
しかし、王子が小型犬のポメラニアンというところは現実と一致しています。
また、オランド殿下が私に手を出そうとした際に正体がばれたという噂もございました。
お父様、お母様も、この舞台のテーマに気が付いたようでした。
お父様は、微妙な顔をしています。
「なんだか、私たちがよく知っているお話がテーマみたいね。」とお母様がささやきました。
舞台では、公爵令嬢役の女優のドレスの裾に、王太子役の俳優が正体をあらわにしてすがりつき、腰を振っております。
公爵令嬢は、ご狼藉はやめてくださいと何回かお願いしていましたが、ついにドレスの裾をひるがえしました。
すると、ポメラニアン王子がころりと転がりました。
観客がわっと沸き、大笑いしています。拍手喝采する人もいます。
「あー、シガレットが切れているようだ、ちょっと出てくるよ。」とお父様はそそくさと桟敷席から出ていきました。
お母様はおもしろがって舞台を見つめています。
私も、お父様のようにこの場から逃れたいですが、貴族令嬢がエスコートもなく桟敷席の外に出るわけにはいきません。
キートン卿とお兄様は、何も気が付いていないのか、舞台を真剣に見つめています。
過去の王妃教育でつちかった冷静さを保とうと、私は自分に言い聞かせました。
『だいじょうぶ、気にしすぎだって。それに、観客ほとんど気づいてないって。』
舞台では、元恋仲の侯爵令息が公爵令嬢を助けるために登場し、ポメラニアンが
「ちくしょう、おぼえてろよ。」と叫び、逃げ出しました。
侯爵令息と公爵令嬢が、お互いの秘めた想いを朗々と歌いはじめました。
うっかり手が当たり驚いてドギマギする二人、王命に引き裂かれてから話もできなかったことを悲しむ二人、あなたがいるから厳しい王妃教育も頑張れるのと告白する公爵令嬢、あなたが悲しむ姿を見ているとこのままさらって行きたくなると告白する侯爵令息、、、
ひとしきり歌った二人は、やがて舞台の別々の方向に去りました。
「熱心にご覧になっていますね。」と、キートン卿が私の横に来て、果実水を入れたグラスを差し出しながら、ささやきました。
「よろしかったらどうぞ。のどが渇いちゃってね。」
「ありがとうございます。」と私は受け取りました。
ちょうど私も、のどが渇いていました。
「とても素敵なお話だ。こんな恋をしてみたいですか。」
キートン卿は私をじっと見つめました。
「いいえ、、、。もう、恋はこりごりですわ。」
私は、少し幼馴染のことを思い出して言いました。
「悲しい恋をしていたんですね。」
「もう、昔のことですから。」
舞台では場面変わって、王子役の俳優と男爵令嬢役の女優が公爵令嬢を陥れる悪だくみをし始めました。
知り合いにウソの証言をさせようとか、公爵令嬢のそばで階段から落ちたり転んだりしようといったたくらみです。
「なんてひどいやつらだ。」とお兄様がぼそっと言いました。
お兄様は、舞台に完全に集中しています。
許せない、と感情が高ぶっているのでしょうか、変化の術が少し解けかけ、耳としっぽがあらわになっています。
「お兄様、お耳としっぽが出ていますわよ。」
私は慌てて注意しました。しかし、お兄様は舞台に夢中で聞いていません。
「こいつは昔から、集中したらこうなってしまうのさ。」
キートン卿が苦笑しました。
話し合いを終えた王太子と男爵令嬢は、これならうまくいくとほくそえみあい、ついでにお互いの体をべたべたと触り、いちゃつき始めました。
桟敷席の入り口のドアが開き、お父様が戻ってきました。
きっと、はしたないシーンが終わったと思ったのでしょう。
しかし、舞台の上では、さっきよりもはしたないシーンが繰り広げられています。
お父様は、何も言わずにまた桟敷席を出ていきました。
舞台では、王太子と男爵令嬢がいちゃいちゃしている横を公爵令嬢が通りかかりました。
うわあ、そんなこともありましたわね。
私は遠い目になってしまいました。
王太子と男爵令嬢が公爵令嬢に気付くと、男爵令嬢はすばやく公爵令嬢の近くに走りより、自分で勝手に転びました。
「いたーーーーい、ひどい、レイン様、確かに私は平民出身ですが、だからって私をいじめないでください。」
王太子もやってきて公爵令嬢を怒鳴りつけます。
「レイン・ボウ公爵令嬢、同級生をいじめるとは、なんと性格の悪い女だ。」
公爵令嬢は、びっくりしています。
「リイン様、がんばって!」
突然、観客席から声援があがりました。