おまけ 犬、犬、犬、犬だらけのカーテンコール(後)
「リイン様、がんばって!」観客席から、声援があがりました。
公爵令嬢役の女優がこれを受けて言います。
「ああ、困ったわ。みんな、私を応援して!」
すると、観客が口々に公爵令嬢を応援し始めました。
「リイン様、そんな奴らに負けちゃダメ。」
「リイン様、一緒に熊を倒した時の、あの度胸を思い出してください。」
「リイン様、がんばれー。王太子なんかやっつけちゃえ!」
私は、慌ててパンフレットの登場人物欄を確認しました。
あら、これ、みなさま、レインっておっしゃってるのよね。公爵令嬢の名前は、レイン・ボウよね?私が聞き間違えているのかしら。
「リイン、戦え!」ついに、お兄様が桟敷席から身を乗り出して吠えました。
すでに変化の魔術は完全に解け、秋田犬の正体をあらわにし、ふさふさのしっぽを千切れるぐらい振っています。
「リイン様!」「ニセ王族は帰れ!」「そうだ、そうだ!」
「帰れ!帰れ!帰れ!」
ついに、帰れコールが始まりました。
ちょっとお待ちになって!
お兄様も含め、観客みんな、私が公爵令嬢のモデルだと思っていらっしゃいますの?
いや、むしろ、モデルどころか、私イコール公爵令嬢といったような取り扱いですわよね?
舞台では、観客席からの帰れコールに恐れをなした王太子と男爵令嬢が、
「ちくしょう、今度こそ、おぼえてろよ。」と叫んで退場しました。
観客はみんな拍手喝采です。
公爵令嬢役の女優が観客席に向かい、
「ありがとう、みんなのおかげで、なんとかピンチを脱出できたわ。
でも、これから、卒業パーティに行かなくちゃ。」とセリフを言います。
「がんばれー!」
「断罪も応援します!」
「リイン様、愛してる!」
女優は、観客席が落ち着くまで、何回もお辞儀を繰り返し、そして舞台が暗くなりました。
暗がりの中、私は恥ずかしさのあまり、悶え苦しんでいました。
家族の前で、自分の黒歴史が暴かれるなんて、、、。
しかも、かなり現実と違いますわ。
侯爵令息と手をつないだり、髪にキスされたり、貴族の令嬢としては結構はしたないシーンもありました。
そして、それを、多くの領民に、私がモデルになった話、いやむしろ私自身が体験した話として見られているなんて。
「こんなの、やめて、恥ずかしい。
生きて、こんな辱めを受けるなんて、うう、いや、、、穴があったら入りたい。」
私の横でキートン卿は、いけしゃあしゃあと言いました。
「まだまだ、おもしろいのはこれからですよ。」
私は、まだまだ続く、「もっとおもしろい」責め苦を想像し、涙目になりつつ、思わず前世の口調で呻きました。
「『く、、、殺せ。』」
キートン卿は吹き出し、そして言いました。
「大丈夫、あの時のあなたは、凛としていて素敵でしたよ。」
え、キートン卿が、卒業パーティに参加していらしたってこと?
舞台に照明が当たりました。
卒業パーティ会場のようです。
断罪が始まりました。
「公爵令嬢レイン・ボウ、貴様はこの男爵令嬢をいじめていたな。将来の国母としてふさわしくない行いだ。よって、貴様との婚約を破棄する。そして、私はこの男爵令嬢と婚約する。」
王太子の腕に男爵令嬢が人の姿のままからみつき、感激したように叫びました。
「ああ、殿下、うれしいですわ。」
一方、公爵令嬢は落ち着いています。
「それは、王命でしょうか。」
「ああ、もちろんだ。」
「婚約破棄は承りました。しかし、私は無実です。」
「証拠もあるのだぞ。」
ここで侯爵令息が登場し、さっと公爵令嬢に寄り添いました。
「その証拠がニセの物だということはもう調べがついております。」
「なんだと、お前たち、浮気していたのか。」
「まさか、浮気をしていたのは殿下ではありませんか。」
それに勇気を得たのか、公爵令嬢は凛として言いました。
「私は、自分の無実を神に誓います。」
「なんと、貴様、いじめをしたばかりか、みっともなく無実だと言い張るのだな。
では、この王太子である私も神に誓い、貴様が有罪だと主張しよう。
王族である私が、神に偽りの誓いを立てれば、神の怒りの雷が私を焼くだろう。」
そして、少し間をおいて王太子役の俳優は言いました。
「どうだ、雷は落ちなかった。貴様は有罪だ。貴様を死罪に処する。」
「いいえ、雷が落ちなかったのはあなたが王族を騙っているからです。」
「なんだと、その証拠を見せろ。
ははは、そんな証拠など、ないだろう。」
その時、桟敷席から舞台の花道に向かい、毛玉がフリスビーのようなふわりとした軌跡を描きながら降り立ちました。
1メートル近い、秋田犬としても大型の虎毛でモフモフした体、右前足の先と胸元に入った白い毛、、、
見間違えようもありません、お兄様です。
お兄様は、何を思ったか、二階桟敷から飛び降りたのです。
何か動くものがある、と本能的に反応していた観客たちから、あれ若様だ、とか、ドロスの猛虎が男気見せたといったささやき声が聞こえます。
お兄様は叫びました。
「おまえが王族であるはずがない。お前の正体はポメラニアンだ。」
「な、なに!」
王子役の俳優はとっさのハプニングにアドリブで対応しているようです。
観客たちも声援を上げ始めました。
「そうだ、そうだ!」
「お前のウソはとっくにばれているぞ!」
「隊長、かっこいい!」
「よ、ドロスの猛虎!秋田犬無双!」
「リイン様をいじめるな!」
公爵令嬢役の女優が言います。
「ほら、皆さんの声をお聞きになりましたか。
もう、あなたのウソはとっくにばれているのですよ。」
「はっ、王権の前には、民の声など聴くに値しないぞ!」
「もう許せない。私は真実の石を使いますわ!」
「なんだと!」
「真実の石を使えば、あなたの正体が明らかになる。」
「やめろ!」
「真実の石よ、すべてを明らかにして!」
舞台に閃光が閃き、白い煙が上がりました。
やがて、煙が薄くなってくると中央に立っている公爵令嬢と侯爵令息以外の俳優はみな変化の術を解き、犬の姿になっていました。
公爵令嬢と侯爵令息が、それぞれポメラニアンとチワワをつまみあげたところに、王様役の俳優が人の姿で登場しました。
「王太子よ、お前は廃嫡だ。」
そして、フィナーレが始まりました。
王様は舞台中央の台の上に乗り、その前で公爵令嬢と侯爵令息が手と手を取り合い、愛の歌を歌い始めます。
周囲では、ポメラニアン、チワワ、そしてモブ役の6匹の犬がコーラスしています。
観客も大喜びで手拍子を打ち始めました。
やがて、公爵令嬢と侯爵令息が口づけを交わしたところで幕が下りました。
しかし、会場の熱気は冷めません。
お兄様が花道からはやして手拍子を盛り上げます。
また幕が開きました。カーテンコールです。
人型に変化した俳優一同が手をつないで一列になり、一礼しました。
激しい拍手喝采が起こりました。
お兄様は花道でお座りの姿勢になると、俳優たちに声を掛けました。
「すばらしい舞台だった。感動した。」
拍手や歓声がひときわ高くなりました。
観客たちは、何かを期待して、二階桟敷のほうを見つめています。
「若様万歳!」「かっこいい!」「ドロスの猛虎!」
「隊長が来てるってことは、ご家族もご一緒ですか!」
「領主様万歳!奥様万歳!リイン様万歳!」
いつのまにか桟敷席に戻ってきていたお父様がお母様の腰に手を回しつつ言いました。
「やれやれ、あいつはどうしょうもないな。行くぞ。」
えっ、と思う間もなく、私は、お母様に手を引かれ、桟敷席の最前列で、お父様、お母様と並び、舞台と観客席に向かって手を振っていました。
私の隣では、ちゃっかりキートン卿も手を振っています。
お兄様が桟敷席に向かい叫びました。
「リイン、よくがんばった。」
観客の皆さんも感激のあまり涙を浮かべています。
「リイン様!すばらしかったです。」
私は、羞恥のあまり逃げたい気持ちを抑えて手を振っていました。
「リイン!リイン!リイン!」リインコールが始まりました。
私は、あまりの事態にこらえきれず、そっとハンカチで涙をぬぐいました。
観客の皆さんは、私の涙を見ると感極まったように遠吠えを始めました。
シスコン気味のお兄様や、俳優の皆さんも一緒です。
犬姿に戻った観客がしっぽをぶんぶん振ったり、くるくる走り回ったりし始めました。
さらに、劇場の外からも、遠吠えを聞きつけた領民の皆さんが、一緒にほえ始めました。
そして、遠吠えは、夜が更けてもドロス領内に鳴り響いたのでした。
この後、実際の婚約破棄の現場で私を見染めたというキートン卿からプロポーズされたり、お兄様が王太女から告白されたりといろいろあったのですが、それはまた、いつか別の機会に。
では、皆様、ごきげんよう。
犬獣人は、自分が属する集団の仲間をとても大切にするので、劇の中であっても、自分たちの領主のお姫様がいじめられると許せなかったのでしょうね。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
評価、感想、誤字報告、ありがとうございます。
また何か思いついたら投稿しますので、よかったら読んでやってください。




