38 魂の半分と悪魔の名前
「わしの小屋と各拠点の小屋だけ繋ぐ。小屋からヤマトには出られない様にしてくれ。国に迷惑は掛けぬ。」
カイは会って早々そう言った。
「それではカイ殿に会えなくなります。」
「うむ……でっかいのにべったり懐かれたのう。」
アスターとカイのやり取りを微笑みながら見ていたシオンが、居ずまいを正してアスターに言った。
「その件について、アスター様にお話があります。……やはり私、体で払わねばならないと思うのです。」
ガタッと立ち上がったアスターは、直ぐに席に付いた。反射的に立ち上がってしまったが、聞いていた話だった。否やはなかったはずだ。共にあるだけだ。
「カイの拠点も寒茶さんたちの出張出入口になりますし、大陸の拠点とデバッグ山が繋がるのですから、バグ取り会社で働けばすぐ会えますよ。それにデバッグ山は霧で見えなくしていますけど、東の島からそんなに遠くないんです。」
「そうなのか?でもそれでは東の島の魔力が……。」
「猿田さんが温泉に入りたいからと、吸収率は度外視で島の近くに座標指定してきまして。山表面の海面下吸収体はなしになりました。その代わり巻き取った吸収体の糸を、やはり海底ケーブルにして、遠くなった大陸と西の島に伸ばすそうです。」
「温泉……。」
「吸収体を拠点の出口の地表に展開して、禍々しく魔力を吸われる忌み所、もしくは澄み切った神域になるようにして人を遠ざけます。同時に吸収体ではなく双方向ケーブルにする事で、どこでも……出られるドアの魔力供給も出来ます。
土地が広ければ拠点も多く、吸われる魔力も多いけれど、迅速にバグを処理できる。これでどうでしょうか?魔力が不均等になれば、双方向なので各地で調整することもできるはずです。」
「東の島は、空気中から吸われすぎないのか?」
「空気よりラインの方が拡散しない分、長さのロスがあっても効率的に吸収できると思います。吸収するのは余剰なしの省エネ設計ですし。それに空気中の魔力を吸えば、万が一飛んでデバッグ山に近寄ろうとする部外者が来ても阻めるかもしれません。……あぁ、普段は弱めておいて、緊急時にギュッと吸収すればセキュリティにもなるかも。……今度提案書上げておきます。」
「提案……あ、ああ。書類だな。」
「でも猿田さんも羽沼さんも温泉好きだから、一箇所を神域にして立入禁止にすれば、それで魔力と相殺にしてくれそうですね。温泉から魔力チャージされそうだし、バグ処理は自前の魔力でするんだし。
そうなると猿田さんはデスクじゃなくて温泉で考え込んだまま動かなくなりそう……。天狗と猿がつかる温泉かあ。イカロスちゃんたちも動物用温泉、気に入ったみたいですし、いいかもね。その他の動力は海底ラインからということで、相談してみましょう。」
「そうだな。取り過ぎはよくない。」
「私もオフィスで働きますし、曲を捧げれば女神様と天使がバグ取りの加護をくださるんですよね。もう猿田さんが未処理の蛇を溜めて、バグ塊を作ることもなくなりそうですね。」
「アスター殿!あなたも手伝ってくれるのでしょう?」
大神官が乱入してきた。客室ではなく庭園で防音をして話しているので不可能ではないが、まるで唐突に出現したかの様な現れ方だった。
「キリヒト!そのような振る舞いは止めよと言うておろうが。」
「またカイロン殿とも一緒に遊べるのですね。今回はアルテミシア殿ではなくシオン殿とですがね。」
手伝えと言ったり遊びと言ったり、大神官は謁見の間にいる時との威厳の差が甚だしい。
「遊ぶ……。俺は何を手伝えばいいのでしょうか?」
「その前に、シオン殿。……君はどのお面にする?この前の猫と、鷹と、ハヤブサが余ってるよ。だけど君は黒猫で、私と一緒に太陽の目をやらないかい?向いていると思うんだ。」
「太陽の目、ですか?」
「そう。今の私はベリス・ペレンニス。川の渡し守ではなく、大神官として地上を回る、太陽の目なのですよ。」
「……私は人間を殺して回る遠方の女神ですか?」
「いやあ、獅子じゃなくて黒猫のがいいのだろう?ヤマトの姫はさ。猫らしく我らが家を守り、アルテミシア殿の孫らしく子を守ればいいさ。産休育休大歓迎ですよ。」
「……では私は猿田さんと社に詰めていればいいのですね?あの黒猫の面をつけて。」
「そう。たまには夫と一緒に出張もオッケーですよ。日当も出しましょう。……で、アスター殿。君は私の養子にならないかい?あくまで神官じゃなく神殿騎士でいいですよ。下井みたいに基本は蛇取り、たまに私のお供。大神官の養子なら、ヤマトの姫とも釣り合うでしょう。」
「身分は……そうですが。それは強制でしょうか。」
「君は言わなかったかな?……悪魔に魂を売ると。シオン殿はレコードを作れなかった。結果的に月の女神にご助力いただけたけど、それは結果ですよ。だからシオン殿も働く。その半分を請負うつもりで魂も半分売ったらどうですか?」
「半分……売るの意味がわかりませんが、養子になった上でヤマトの家に婿入り出来るならば……。シオンはどう思う?」
「まだ婚姻書類は島に持ち帰ってはいませんけれど……。大神官様と書類上の養子縁組、そこからの我が家への婿入り、するとペレンニス家とヤマト国に縁戚関係が結ばれる。それだけの意味と取ってよろしいですか?まさか魂を取られて輪廻から外れるということは……」
「無い無い!ただ私が東の島に入りやすくなるだけだよ。」
「招かれないと入れないなど……まさか!」
「いやいや、私は今も昔も聖なるものですよ。ただあそこには分社があるでしょう?ヨソのお宅には上がりにくくても、親戚なら温泉くらい許されるでしょう。」
温泉のための養子縁組だった。
「……まあ会社の山も近くになってしまいましたしね。それだけの意味であればお受けしてもいいと思います。が、大神官様は温泉の国の方でしたか?」
「やっぱり川の禊よりはいいよね。……あ、ただアスター殿。仮の姿はお面ではなく、犬頭にして下さい。養子だからお揃いでね。猿じゃなくて犬、これは譲れません。」
息ができるのかとか前が見えるのかは気になるが、サルか犬かはどちらでもよかった。
「それは別に……。」
「仮の名は……シオン殿を身売りから救う為だからね。救うシオンで、救シオン、グシオンでどうかな?下井のマントは青だけど、アスター殿は紫だね。」
紫……。被り面で髪は見えないからそれも良いかもしれない。
「養子から婿養子、仮の名の仮の姿でもう訳が分かりません。結局俺の名前はどうなるのです?」
「君、あの中間名は嫌いだろ?サーシスは私的にも縁起が悪いし。だから養子の君はアスター・ペレンニス・キュノケファロス。ここから婿に行きアスター・ペレンニス・ヤマトだ。仮の姿は犬頭。犬頭のときの名前がグシオンだね。」
「キュノケファロスとは?ペレンニスは中間名ですか?」
「いいや、ペレンニスは家名。キュノケファロスは種族名かな。中間名は付けたかったら自分で付けてください。」
アスターは、今まで誰からも中間名では呼ばれて来なかった。ヤマトの人たちの中間名は、前世の記憶を示している為に呼び掛けには使われない。で、あればこれ以上アスターに名前は要らない。シオンが呼んでくれる名前と、あの家の人間になる為に必要な家名があれば充分だ。
「いえ、アスターだけでいいです。」
「ではアスター!早速、侯爵殿の所に行ってきましょう。シオンはついに義理の娘ですね。あなたも行きますか?」
「一緒に来てくれ!」
「はい、どこへでもお供します。」
「わしは魔術師の館に戻るぞ。」
そうして、何か忘れているような気がしながら、養子縁組の手続きの為に、仕事中の父親の所へ押し掛けた。大神官の身分は何でもありのようだった。




