39 契約の結果と夫の甲斐性
翌日、引き留めるクリサンセマム王の前で、シオンが別れの曲を演奏した。リュウテキという横笛だ。ちなみに今日は旅装ということもあり、シオンは少年スタイルでいる。
「月の女神に捧げます。」
そう宣言してから演奏する。この笛は、リュウという大きな蛇が踊りながら空に上っていく時の音を表しているらしい。
蛇……。思えば蛇のせいで始まり、蛇のおかげで幸せになれた旅だった。次の仕事も蛇取りだ。
養父であり大陸の大神官であるベリス・ペレンニス・キュノケファロスは、昔に農夫の友人と槍で人頭の蛇を退治した事があるそうだ。バグ蛇も槍で刺し抜くため、出来ればアスターにも槍を使って欲しいらしい。……シオンがベンケイと言って喜ぶので、ナギナタにしようかと思う。大陸の人間には槍に見えるだろう。
笛の演奏が始まると、金色の光が周囲にキラキラと降り注いでくる。天使が舞っているのだろうか。目を凝らさないと見えないくらい微かな光だが、これがバグを取る加護なのだろう。皆がこぞって奉納するようになればいい。音楽担当の文官などは目を見開いて楽譜を書いているが、何の曲でもいいと言ったのを聞いていなかったのだろうか。
シオンと二人で王宮を出る。視界にサバティエリが見えた様な気がしたが多分気のせいだろう。あいつのストーカーというバグはもう取れたはずだとシオンが言っていた。アスターが「神殿騎士としてサバティエリの近衛騎士隊長振りを見守る」と言ったのが良かったらしい。
忘れていた。ワカのことを。忘れていたのはこれだった。いったん王都を出るのはカモフラージュだと思っていた。
最初の町の冒険者ギルドへ行くと、早速遭遇した。
「ワカ、元気にしてましたか?」
黒髪は吟遊詩人の歌のおかげで、少しは忌避されなくなったかもしれないが、巫女姫として殺到されると面倒なので、シオンはまたフードを被っている。王都を出る前、魔法で追跡者を撒くことも成功した。
シオンのことが最初分からなかったワカは、アスターを見上げて気付いたようだ。アスターもフードを被っているのに解せない。
「あ、し、シオンさん。お疲れ様で〜す。知りませんでしたよ私。この国の王の孫で、東の島の姫なんですか?まじセレブ。あ、私今ちゃんとやってますんで!東の島には、行きたくなったら自分で行くので!大丈夫ですぅ。どうぞ、二人でイチャつきながら帰ってくださいです。」
腰が低くなっていた。残るというのであれば物怪の幸い。決して忘れていたせいで予定が狂ったのが、元通りになったから喜んでいる訳ではない。
何やらソワソワ落ち着かないワカに別れを告げ、あえて町を出て野宿する。深夜、人気がなくなった頃にこの国での拠点へと移動するのだ。
船に掛けたのと同じ魔法を自分たちにかけて待っていると、サムチャとハヌマが迎えに来た。透視能力とはよく考えると恐ろしい。
「ご入社歓迎します。では、拠点の小屋へ行きましょう。」
サムチャに持ち上げられた時の感覚は、一生忘れないだろう。今日はハヌマに何度も念を押し、ゆっくり上昇したシオンは悲鳴を上げなかった。何も言わなかったアスターは、サムチャが急上昇した結果、「ひっ」と息を吸った。悲鳴ではない。だがサムチャに「ふっ」と笑われた。もしかして喋れるのか。
拠点は船の海洞の近くの森だった。アスターたちが通った所より更に奥。道どころか抜ける隙間もない、鬱蒼とした森。
上空からしか入れないそこに、小さな小屋があった。もうこの土地の魔力は吸われているのだろうか。木々は青々と茂っている。魔力が無くて不便を感じるのは人間だけなのかもしれない。
アスターの言った平等は、国や島という括りでしかなく、生き物という点での平等など考えてもいなかった。サルタがさもおかしそうに笑うはずだ。何も分かっていなかったのだから。周囲を見回し考え込んだアスターの頭上から声がする。
「魔力が過ぎれば魔獣や魔木が生まれる。それらは使徒とは違い言葉はなく、人に害をあたえる。それを生み出したくないという考えは、人間として当然だ。」
低く響く声でサムチャは言った。心も透視出来るのだろうか。アスターは重々しく頷いたが、魔力が魔獣などを生み出すことは知らなかった。
むしろ、取られ過ぎると魔法が使える人間が生まれなくなる危惧がしかなかった。そうか……吸収し過ぎも、しなさ過ぎもだめなのか。アスターは拠点作りの重要性を再認識した。
それにしても……付き合いの浅いサムチャに知れる程に顔に出ているのか?いつも無表情と言われていたアスターには意外で、暗闇でフードの中の頬を擦った。
小屋の入り口をシオンがつなぎ、一人ずつ認証する。山で登録したように手を当てると思っていたら、位置に立つだけでいいらしい。
「そうでないと負傷して手が無くなったら帰れなくなりますよ。」
ハヌマに言われ、ゾッとした。騎士とは言えアスターは近衛だったし、生まれてから戦争はなかった。これからの仕事には、そういった危険が伴うのか。とてもシオンを同伴などできない。そう気を引き締めるとシオンに言われた。
「大丈夫ですよ。私が治しますから。やはり大きい力は公共の為に使う方がいいですしね。皆さんは公務員みたいなものですから、後ろめたい思いをせずに、存分に治せます。加護の力も返さず裏方に使いましょう。」
そう言ってドアを開けると、そこはヤマト国の紙の森にあるカイの研究室だった。中に入ってドアを閉めるとドアに懐かしい注連縄が付いていた。
だが一年前と変わらないのはその部屋だけだった。沢山ある扉の一つ、引き戸を引くとシャボンのような不思議な膜が掛かっている。研究室は招けば部外者も入れるが、ここは認証のある者しか入れない。
膜を抜けるとそこには木の枝のように分かれた通路があり、枝の先に扉がある。三本に分かれた太い通路のうち、東に、右に進む。突き当りの左右のドアのうち、ハヌマは右の前に立った。
「カイロン殿の方針で左の、ヤマト国の扉はありますが、今のところ繋がない予定です。」
右の扉を開けるとそこは見覚えのある戦場、オフィスだった。
「やあ、お早う!シオンにアスター、よく来たね。」
「今は夜ですが……」
「朝以外にも出勤する人がいる職場は、いつでもお早うでいいんですよ。」
シオンが教えてくれる。これもニホンの常識か。
「君たちはどうする?一度ヤマトに帰るだろ?飛べる者に送らせるけど、拠点との時差はあってもまだ朝じゃないよ。」
「……では明日の日中に戻ります。ここの客間はまだ使えますか。」
「もう客間じゃないよ。社員寮だね。部屋は夫婦一緒でいい?子供が生まれたらヤマトに置いてくる?子供がここに住むのは駄目だけど、赤子を連れてくるくらいはいいよ。」
「……そうですね。家族サイズの部屋がいいでしょうね。福利厚生万全ですね。」
「カイロンじゃないけどさ、大田さんは娘みたいなものだからね。その代わり温泉の件は宜しく!ヤマトと繋ぐ許可もカイロンにおねだりしておいて。……湯から湯へ。ユートピア。お湯にタオルは入れません。浄化してから入ります。お酒は一度に一本まで?」
「……湯帷子を着ましょうか。寒さん以外、体は人間ですよね?」
「そうだ、名前。本日より君たちは社員だからね。面を付けている時は上下なしの同僚だ。呼び捨てでいいよ。さん付けしない方がコードネームっぽくていいでしょ。面は、チョーカーと連動させたから後で着けてみて。」
「呼び捨て……。ハードル高いですね。」
「慣れだよ慣れ。あ、契約だけは今日しちゃおう。労働条件通知書をよく読んで、雇用契約書に魔力を込めてサインしてね。捺印はいりません。」
契約を済ませ、居住エリアに移動する。ドアの並びも食堂も変わらないが、アスターとシオンの部屋に表札が掛かっている。日本語だがこれは読める。「倭 亜星☆紫苑」だ。
中に入ると様子がまるで変わっていた。いくつか部屋があり、ヤマトの実家よりは狭いが新居よりは広い。
「自分の力でシオンをあの家より広い所に住ませたかったのだが……。」
フラグ製造のバグは取れたそうだが、一度立てたフラグは活動中だ。大きい家を提供されるのではなく、自分の力で得たかった。
「これから働いて家賃を払うのです。社宅でもロハじゃありません。通貨ではなく、体で払うのです。広い家を維持するのは夫の甲斐性ですよ。小堀さんと戦って認められたからこその採用ですから、この家はアスター様の力で手に入れた物。これから増えるであろう家族を、頑張って一緒に養いましょう!」
シオンが微笑んでアスターの手を握った。アスターは心からの幸せを感じながら、シオンを抱き寄せて言った。
「ああ、そうだな。頑張って蛇を取り、シオンと子どもたちを一生大切にしよう。」
最終話は一時間後投稿です。




