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生贄の騎士と奪胎の巫女  作者: ゆめみ
第二章 大陸
20/42

[20] 王の気掛かり



 デンドランセマ・グランディフローラム・クリサンセマム国王は中年男性だ。王太子は成人してその後継ぎも生まれ、悩みの種の王女も隣国に嫁ぎ、順調に国家を運営していた。気掛かりといえば昨年の侯爵家嫡男消失事件。王宮で、王女を始め沢山の人間の目の前で消えたのだ。


 状況的に、アスターが自ら消えたくなる様な場面ではあったが、焦った様子や能力的にも自力での魔法ではない。他国の攻撃も考えたが、城壁には百年続く外からの魔法を防ぐ結界がある。円形に地面が光ったという事は魔法陣の類だろうが、あの時点まであの場所に魔法陣が隠されている様子はなかった。すると陣を踏んだ者ではなくアスター自体を指定した事になるが、意味がわからない。


 侯爵は重要な貴族ではあるが、ここ数年私生活に問題があり敏腕とは言い難い。家族関係も悪化の一途で跡目争いもあった様だ。では何故アスターを狙って転移されたのか。何処で、誰に魔法を掛けられたのか。その事を問いたださねばならない。




 それから先程から気になっている点。むろん突っ込み所の多すぎる、気になる三人ではあるが、国王は長年気に掛かっていた物を先程目にしたのだ。早くそちらを確かめたい。しかし私情より、王たる職務を優先せねばならない。



「ふむ。見れば勝手の違う他国の者の様だが、侯爵嫡男と聞くだけで事情を察する程度には我が国の仕組みを把握しておるようだな。妻を連れて帰還とは、一体何処からか。如何にしてそなたが消えたのか。誰の手によるものか、何故アスターだったのか。そこの所をつまびらかにせよ。」




 そこから聞かされた事は驚きだった。生贄だと?太陽神だと?東の島国だと?しかも犯人は神の怒りを得て異世界の死後の世界に連行されただと?……予め大神官殿から内密に神託の内容を聞いていなければ、とても信じられないところだ。現に……



「そんな話信じられようものか!その魔族の女が犯人で、アスター殿は誑かされているのではないのか?そっちの魔術師が術を施したのだろう。まんまと城内に入り込みおって、この国を乗っ取るつもりか。」


 浅はかな男の言に惑わされ、他の重臣もざわめき始める。侯爵はいたたまれない様子だ。騎士たちも拘束の指示を待つ構えだ。


「静まれ。」


 国王が声を発するとさすがに皆黙った。


「東の島国からとて帰還に一年もかかるまい。職務を放棄し今まで何をしておった?」


「生贄として召喚された際、時間を越えた可能性を指摘されました。……犯人の女がヤマト国に来たのも、大陸で別の召喚に巻き込まれた為だったそうです。しかし自分は大陸全土を覆うような閃光も、そのような大規模な召喚術の話も聞いた事がありませんでした。時間を越える事が事実であれば、帰国しても何百年も時代がズレている可能性があります。その為にも情報収集と長期の旅費の調達をしておりました。」


「……その指摘は、誰に受けた?太陽神様ではないのであろう?」


「太陽神様は私には何も。神の言葉は全て、巫女姫が賜っております。指摘は……年を経た賢き者に受けました。」


「賢者か……。相分かった。事件についてはよい。して、そなたの妻についてだが。貴族の婚姻は王の裁可が必要だ。まして他国の者であるなら尚更に。詳細を述べよ。」


「はっ。彼女はシオン・ジャポネ・ヤマト。太陽神様の神託を賜った巫女姫です。……恐れながら、召喚の被害者である私の世話を、神が彼女に申し付けられました。彼の国の神殿長たるカンヌシ殿の第一子で、既にあちらでは婚姻の契約を交わしております。」


「何と!魔族と契約!?しかも蛇骨?国王の裁可も待たずに何故その様に勝手な事をなされた?!」


「神の御意思です。それに王政ではない彼の国で、国名を冠する一族です。令嬢をいただくのに口約束という訳にはまいりません。……ん?」


 その時シオンとやらが跪いたままのアスターに体を傾け、耳元で何度か囁いた。耳を赤くしたアスターが咳払いをして発音する。


「彼女の中間名は蛇骨ではなく、ゥジュアポヌェ、だそうです。」


「なっ!なぜその女は顔を見せず話しもせんのだ!」


「……えー、古来ヤマトでは高貴な女性は扇で顔を隠し、衝立越しに侍女を介して会話をしていました。あー、結婚後は父親とも顔を合わせません。近年では軟化し、女性同士や家族とまで衝立越しということはありませんが、本日は旅先で引立てられるように突然連れて来られて略装しか整えられず、取次の侍女もないのにこのような大勢の男性の前で顔を晒すことは外交儀礼上出来かねます。私的な空間で個人的にやり取りをするのであれば顔を見ながら直接話す事も可能です。(ふー)」


「大臣、そなたは本日これ以降の発言を許可せぬ。――――では巫女姫殿、直答を得られるように応接室に移動しようか。大神官殿と侯爵も同席で構わないかな?立場上護衛も外せぬ。」


 シオンは先程よりはやや浅くゆっくりと一礼をし、頭を上げた。




「その前に一つ問いたいことがある。巫女姫殿の髪飾りはどこで手に入れた?」


 国王はやっと一番聞きたかった質問に辿り着けた。シオンがアスターに囁く。今度は耳も赤くせず、むしろ聞いた瞬間強張った顔をしたアスターが、おもむろに答えた。


「国の祖母上の形見だそうです。……祖母上の御名はアルテミシア・プリンセプス様。」


 溜め息をついた国王のみならず、謁見の間中の人たちの口から声が漏れた。


「――――アスター、そなた知っていて婚姻を結んだのか?」


「いいえ、滅相もない!今初めて聞きました。巫女姫との結婚ですら恐れ多いと躊躇したのです。ましてや……。」


「巫女姫殿は自身の祖母上がどんな人物か知っておるのか?」


 何かを察したのか扇を持つ手が震えている。そろそろ切り上げ時か。侯爵の身分でうろたえる者が、知っていてこの国を訪れる筈もない。それでもシオンはアスターに言葉を託す。


「彼の国には、大陸から目的を持って渡って来る者が十年に一人程度いるそうで、祖母上もそのうちの一人だったと聞いているそうです。……彼らの目的は、前世の記憶の為であると。」


「もうよい!これで皆も分かったであろう。年嵩のものであれば姉上の前世の話は有名だ。色は違うがあの髪の広がり、姉上がまとまらぬと騒いでおったのも覚えがあろう。これよりはシオンを姪孫てっそん姫として扱うように。他国の貴人でもある。無礼は許さぬ。」




 侍従に指示し、一行を応接室へ案内させる。重臣の動揺は面白い程だ。純粋に行方不明だった姉姫の行方と恐らくは幸せを喜ぶ者、シオンを罵った為に顔を青くする者、侯爵家のさらなる発展に擦り寄る算段をする者。このところずっと顔色が悪かった侯爵にも幸運が巡ってきたようだ。


 それに彼女が姉上の孫であるなら、あのローブの者も恐らくは……。協力を願えれば国も安泰だ。東の島が魔族の、悪魔の島でないことは国王も知っていたが、得体が知れない事は確かだった。そこと二代に渡り縁戚を結べたのは幸運だ。アスターは災いを呼ぶ者などと言われていたが、国王にとっては本当に幸運しか運んできていない。知らぬ間に顔がほころんでいた。







1時間後に番外編の『白かみエルフとさがしものの旅』を予約投稿済みです。

こちらもよろしくお願いします。

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こちらもお時間がありましたらよろしくお願いします。



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