[21] 姉姫と前世持ちの事情
国王が入って行くと、応接室ではシオンのみ座りアスターとローブの者は立っていた。大神官と侯爵が立ち上がろうとするのを手で止め、国王が座ると背後に騎士団長が立つ。大神官の後ろには神殿騎士、侯爵の後ろにはアスターの弟が立っている。茶を入れ終えて使用人とその他の護衛が退出すると、シオンが体をこちらに向けて顔を伏せたままパチリと扇を閉じて膝の前に置き、体を二つに折るように頭を下げた。そういえば靴を脱いで足をソファに上げている。
「面を上げよ。」
そろりと顔を上げた姉の孫は、顔色が悪いながらもかわいい顔をしていた。髪も目も黒い。眉も伏せた睫毛も黒い。愛嬌のある垂れ目と肌の白さは姉に似たのか。桃色の頬とやや低い鼻とぽってりした口は似ていない様だ。姉が作らせた変わった形の髪飾りは近くで見ても記憶通り。それにしてもかわいい。貴人の結婚は早いものだが、それにしても……。
「――挨拶は先程ので良い。言いたい事も聞きたい事も色々あるが、……そなた年はいくつだ?」
シオンはふっと一瞬大人びた笑みを浮かべ、にっこり笑って答えた。
「十七になりました。東の島の者は小柄で年よりかなり若く見えるようで、他国の方にはその質問は必ずされるそうです。若く見えすぎて魔女だと言われる者もいるようですが、平均寿命は七十才くらいです。」
「そ、そうか。私もその見た目で五十だと言われたら魔女だと思ったかもしれん。十くらいにしか見えぬからな。それでそのアスターと結婚……。うーん。――――ああ、姉上はどのような生活を送っていたのだ?」
「……国の秘事にも繋がるので詳細は控えますが、お祖母様が言っていた前世の話は全て本当です。国で誰にも信じてもらえなかったお祖母様は、まず大陸を旅して同じ様な人間を探したそうです。五、六人集まった所で島への航海に出ました。」
「六人も?皆前世で同じ国に居たのか?」
「はい。前世の国の神様とこの世界の夫婦神様はご友人なので、人的交流が盛んなようです。島ではそういう訪問者が多いので、本当に前世の国の記憶を持っているのかの確認の後、家と当初の生活資金が与えられます。そこでお祖父様と出会ったそうです。」
「神々が友人同士……。そうか……。私も姉上の空想だと思っていたからな。ちゃんと話を聞いていれば家出しなかったのかもしれない。それをずっと後悔していたのだ。」
「お祖母様はお転婆ですからね。大叔父様がお話を聞いてくださっていても、きっと飛び出したでしょう。あの人に淑女の生活は窮屈でしたでしょうね。……正式な場以外で顔を隠さなくて良くしてしまったのはお祖母様なのですよ。」
「ふはっ。姉上らしい。懐かしいな。棒切れを振り回していた姉上の姿が目に浮かぶようだ。」
「薙刀ですね。私も習いました。アスター様も少し母に習っていましたね。」
「母君が姉上の娘なのか?」
「父が息子です。母もまた、前世の国の記憶があるだけです。話が通じる方が家族として生きやすいですしね。――――それでも、記憶がなくても、理解しようとしてくださる方々もいて……」
そう言ってシオンはアスターへ愛しげな顔を向け、ローブの者にも視線をやり、国王に体を向け直して話を続けた。
「アスター様たちの様な方が増えれば、島に逃げてくる方々も減るのでしょうね。」
少し寂しげに自分の黒髪に触れながら目を伏せシオンは言った。
「他国では前世の記憶があるだけで逃げることになるのか?この国ではさすがにそんなことはないだろうが……。」
国王は悲しげなシオンに、姉に対しての後ろめたい気持ちが増した。
「黒目黒髪は忌避されますでしょ?でも前世の国の記憶を持つ者には、この色は望郷の念を抱かせるものなのです。この道中にもそういう方がいて、必死に縋り付かれました。……お祖母様はよく言っていませんでしたか?全ての色を……」
「全ての色を混ぜると黒になる。確かに言っていた。……本当に姉上の孫なのだなぁ。」
そこでやっと大神官が口を挟んできた。
「シオン殿、あまり国の内情を話し過ぎると父君に怒られるのでは?そのくらいになさいませ。」
「まあ!そうですね。つい楽しくて話しすぎました。――――お初にお目にかかります、大神官様。そして侯爵様。シオンでございます。よしなに……。」
そう言って今度は大神官と侯爵に向け、手を付き体を折り、頭を下げた。挨拶が済むと一度足を下ろして靴を履き、上座へアスターを座らせた。ローブの者にも目をやったが微かに首を横に振られ、二人だけで座った。
「アスター殿、久しいな。ご妻女には私のことは紹介してくれているのですか?」
こちらも年齢不詳な茶色い髪に髭を生やした大神官は、アスターに親しげな口振りで話し出すが、一方のアスターは硬い様子だ。
「昨年は話を聞いて下さりありがとうございました。召喚に関係があるかもしれなかったので、その節のことは巫女姫に報告しております。」
「その後救いは現れましたか?」
「図らずも生贄召喚に激怒した主神様に直接お会いしました。その際、救いたる巫女姫をもったいなくも妻にいただきました。」
「では良くない流れは断ち切れたのですね。ふ〜む。どういうことかな……。あぁ……そうか。――――まさに救いですね。成程。運命の出会い、神の導きですか。あぁ、素晴らしい。国王よ、この会合が済んだら私は直ぐに神殿に籠もって祈祷します。アスター殿にシオン殿を与えて下さった神に感謝をしなければ。」
「あ、ああ。――――ではそろそろ候爵も親子の対面を果たしたらどうだ?」
急に興奮し神への感謝を述べ出した大神官に城からの退出許可を出し、残った問題に手を付けた。




