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静かな湖畔の森にたたずむ可愛らしいログハウスに、公爵家令嬢ファルーナと王宮付き魔法使いのレイ・ベンジャミンの姿があった。


「レイ…ここは?」


吐く息が白い。


「グレナーク国の北の森の中だよ。当初の予定よりは少しこじんまりしちゃったけど、ここでカフェを開いたらいいよ。」


レイはそう言うと肩にコートを掛けてくれた。


「あなたこんなことして…」


「ふふっ、大丈夫。僕はこう見えても世界一の魔法使いだからね。それにファルーナはお店を開くのが夢だったんでしょ?」


「レイ…」


屈託のない笑顔にチクリと胸が痛む。


「泣いてるのファルーナっ…嬉しくないの?!」


(…わたしは何にも分かってなかった。)


思わぬ反応に動揺したレイが心配そうに顔を覗き込んでくる。


(前世で叶わなかった夢を…カフェを開くという目的のためにまるでゲームの持ち駒みたいにみんなを巻き込んで…利用して…)


「ううん…とっても嬉しいわ。ありがとうレイ。」


精一杯の笑顔で微笑むと、レイは不意をつかれたように目を見開いてから頬を染めて嬉しそうに笑った。


◇◇◇


お店の中は狭いながらも木の温もりが感じられる落ち着いた空間だった。


「気に入ってくれた?」


「もちろんよ。レイ、わたしの入れた紅茶を飲んでくれる?」


「わっ、いいの? 嬉しいなぁ。お客さん第一号だねっ。」


レイはカウンターに座ってエサを待つ忠犬のように目を輝かせた。


「ええ、少しまっ…」


その時、吹雪の音と共にカランッというドアのベルが鳴る。


「アオライト殿下…」


乱れた髪と身にまとう冷気が彼の余裕のなさを物語っていた。


「うそぉっ。ここには結界を張って置いたんだけど…」


レイは驚いて立ち上がる。


「…公にはしていないが私も魔法が使えるんだ。レイ、お前の処分は後だ。さぁ王宮に帰ろう、ルナ。」


「…帰りません。」


お湯を沸かす手を止めずに答える。


「ルナ…君を傷つけたくはない。どうか言うとおりにしてくれ。」


苦しげに吐き出されるセリフはもはやフェミニストな王子様のものではなかった。


「殿下、ごめんなさい。」


(シナリオなんて初めからなかったんだ。)


「…それが君の答えか。」


表情の消えた王子が何やら詠唱をはじめると、右手から金色の鎖が伸びて渦を巻く。


「させない。」


鋭い表情になったレイが頭上に手を翳すとサファイヤが輝く大きなクリスタルのステッキが現れた。

不穏な空気に小さな窓がガタガタと揺れる。


「待ってください!!」


今までに出したことのないファルーナの大きな声に二人の男が振り替える。


「殿下も…アオライト様もどうかお座り下さい。紅茶を入れて差し上げます。」


まっすぐに彼の目をみてそう言うと正気に戻ったかのように王子は目を見開いた。


「…何を言っている?」


(そう…この世界はゲームなんかじゃなかった。)


「今まで申し訳ありませんでした。殿下のおっしゃった通り…わたしはちっともあなたをみていなかった…。」


(自由に恋をしたり嫉妬したり…ただ生身の人たちがいただけだったのに…)


「どうか座って下さい。あなたのために心を込めてお入れいたします。ほら…レイも座って?」


まだ固い表情の王子を真っ直ぐに見つめると…眩しそうに目を細めたあと、やがて観念したかのようにカウンターの席に付いた。


「…君に面と向かってお願いをされるのははじめてだな。」


吐いた深いため息とともに王子の毒気も抜けていくようだった。


「あっ、でも最初の一杯は僕ですからね。僕がお客様第一号ですからっ。ねっ、そうだよね、ファルーナ!」


カウンター越しから身を乗り出すレイが可笑しくて思わず吹き出すと…王子は半眼になってレイの首根っこを掴んで席に戻した。


「…どうぞ」


店内を紅茶のよい香りが包む。


「すごくおいしいっ。」


「うん…美味しいよ。」


レイは一気に紅茶を飲み干してしまったが、王子は一口含んでからうつ向いたまま何かを考えているようだった。


「殿下、やっぱりわたしここでお店をやりたいです。」


意を決してそう告げる。


「ここで…このお店を通じてもう一度この世界の人たちと…いえ、みんなとちゃんと向き合いたいんです。もちろんアオライト様のことももっと知りたいと思っています…だから…」


「言っておくが婚約は解消しないよ。さっき君が(さら)われた時の僕の気持ちが分かるかい? 私にとってルナを失うことなど考えられない。」


顔を上げた王子はそう言って熱っぽい視線を向けながらちゃっかり手を握ってきた。


「あ、あの…」


レイが二人の間に割って入ろうとする前に、またドアのベルが短くカランッと鳴った。


「ラド様!」


「待たせましたね、ファルーナ嬢。」


艶やかな黒髪はそのままに紫の瞳の眼光が鋭くなったような気がするのは気のせいだろうか。


「ラド…お前どうやって。」


「アオライト殿下、お久しゅうございます。我が国へようこそ。」


「我が国だと?」


「私は今日からグレナーク国の王となりました。」


「えっ?!」


(何そのメチャクチャな展開…ラドは順調に出世して将来は大宰相のはずだったのに…)


「世継ぎが不在だったこの国に以前からスカウトを受けていたんですがね。ファルーナ様のお陰で決心が着いた。」


ま、まさかこの人も本当に…頭をよぎった嫌な予感にファルーナの笑顔がひきつる。


「ファルーナ、あなたを心から愛している…わたしと結婚して欲しい。」


クールな頭脳派宰相候補…いや、今や新興国グレナークの国王陛下となったラド・スチュワートは膝まずいてファルーナの手の甲にキスをする。


(そ、そう言えばこのシーン…ゲームのスチルで見たことがある気が…あくまでヒロインのルリアとのものだけど…)


「あっ、ちょっと抜け駆け禁止~!!」


レイが叫ぶ。


「ラド、お前わたしに国ごと叩き潰されたいか…」


アオライト王子が腰の宝剣の鞘に手をかける。


「ちょ、ちょっとわたくし頭痛が…」


(一体どこで選択肢を間違ったんだろう…)


目の前の事態から現実逃避しようと一瞬くるりと背を向けた瞬間…ひときわ大きいベルの音と共にバァァァンッと勢いよくドアが全開する。


「ファルーナー! お店はじめたんだって?」


「お祝いのお花もってきたよ~!」


「何も言わずに俺の元を去るなんて…」


「好きだ~!!」


他の4人の攻略対象が次々に現れる。


「お嬢様~! よくぞご無事で!!」


「ニーナッ!」


「こんなの納得いかないわっ! ヒロインはわたしよっ!!」


「ルリア嬢?!」


狭い店内はあっという間に騒がしいカオスと化した。


「…。」


(本当は落ち着いた雰囲気のお店にしたかったんだけどな…)


興奮した面々の悲鳴にも似たやかましさに一部では決闘でもはじまりそうな一触即発の空気が流れている。


(まずわたしがやるべきことは…)


バンっと勢いよくテーブルを叩く。


「みんな席に着いてっ!!!」


自分で想像したより大きな声が出て一同の視線がカウンター内に集まる。


「とりあえず紅茶はいかが? 真心を込めてお入れします。」


ファルーナは既に崩壊したシナリオにため息をつきながら…これからはじまる新しい物語の予感に自然と笑みを(こぼ)した。

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