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「いきなりで戸惑わないんですか?」
私は自分から聞き出したというのに意味のないような質問をする。
「べつに、私があなたに似ているから、かな?」
似ている。
そんな一言で片付けていいのかな、そんな疑問を少し抱きながらまた一つ質問をする。
「藍浦さんもそうなんですか?」
これは確認のためでもある。
私は幼い頃に母が亡くなって、父は荒れ果て、その末に私に暴力、なんてありふれたような人生を送って。
ついには父は私に興味がなくなったかのように私に干渉しなくなった。
今更、それをどうこうする気はないし、これ以上進みたいと思う気力もない。
止まらない時間に耐えられなくなっていた。
ただ人生の逃げ道へ行きたかった。
でも、その逃げ道に行こうとして、
存在しない拾得物を憂いてその一歩を踏み出せずにいた。
そんなときに現れたのが『藍浦さん』だった。
あの人なら私の気持ちをわかってくれるはず。
だから、そんな押し付けがましい願望を持っているのだ。
「まあ、私もそうだけど、あなたは本当にそうしたかったの?」
そう言われて一瞬ドキッとしたが、私も続けてこう返す。
「そう思ってなきゃ人にこんなことなんて言わないでしょ。」
藍浦さんは、「そう。」と言い、少し間を空けてから、
「じゃあ、死に場所決めようか。」
と言った。
私は藍浦さんが何を考えているのか分からなかったが、それを考えることにした。
「確かに他人に迷惑をかけるような死にかたはしたくはないかな。」
別に私は他人に迷惑をかけて死にたいわけでもなかったし、復讐のように誰かの心を傷つけて死にたいわけでもなかった。
ただ、静かにフェードアウトできればそれだけでいいんだ。
「どこがいいと思う?」
そんなことを呑気に聞く藍浦さん。
しばらく考えてみるが結局いい案は見つからなかった。
「う〜ん、あまり場所が思い浮かばないし、家に帰って調べる。」
「そっか。分かった、それで行こう!」
「自分から言っといてなんだけど、よくそんな乗り気みたいになれるね。」
藍浦さんから出る声はどれも明るく聞こえた。
「それほどでも!」
「ほめてるわけじゃ、まあいいよ。」
今日はずっと調子が崩される。
藍浦さんと死ぬことにして良かったのかな?
そんな一抹の悩みを抱えながら一日が過ぎた。
次の日も私と藍浦は屋上にいた。
「いいところを見つけたんだけど、ここはどう?」
「ここってホテルの一室だけ格安になってる場所?」
「え、よく知ってるね。そうだよ、ここの部屋って原因不明の死が多い場所なんだよ。しかも死因はすべて自死。ここならその部屋の何らかの作用で死ねるでしょ?」
「死ねるでしょ?って。そんな不謹慎な言い方、」
藍浦さんは少し寂しそうにしながらそう言う。
「でも、ここにしよっか!試しに行ってみよう!」
「試しにって、私結構本気だよ?」
「うん。」
「本当に終わるんだよ?」
「うん。わかってるよ。」
「2人で予約しとくからね!覚悟があるなら行動で示しなさいよね?」
本当に何を考えているかわからない。
あんな他人事みたいに自分の死を扱うなんて、
その週末、私と藍浦さんは駅に集合した。
「藍浦さん、ちょっとギリギリすぎない?もう少し早めに行動しなさいよ。」
「でも、もし今日死ぬなら、後悔はしないようにしとかないとって思っちゃって。」
そう言いながら、藍浦さんは地元で有名な肉まんを頬張る。
「ほんと、そういうとk…?まぁいいや。行くよ。」
「はーい。」
電車に乗ると、少し懐かしいの気分になる。
あぁ、昔は家族で行ったことあったっけ?
行っていたとしてもそれは小さい頃の自分だからか他人事のように感じる。
早朝に乗る電車から見える景色は誰もがこれから始まることを思い出させる。
そして、これが最後になる始まりだと思うとその景色もなんだか悪くないものだなぁと思った。
「ねぇねぇホテルで何食べたい?私ねこのお店に行きたいんだけど、」
「……。」
「ってどうしたの?体調悪くなった?」
「いい加減にしてくんない?」
私は刺のある口調で言い放った。
「いや、い────」
「ごめん。私おかしいよね、」
取り消そうとするには既に遅かったのだ。
いや、いずれはこうなることがあるだろうと察してはいた。ただ、私がそれを何となく触れたがらなかったからだろう。
その後の電車は先ほどとは打って変わって妙に静かで気まずい空気が漂っていた。
そしてその空気まま私たちは無言でホテルに着いた。
私がどうにかしなきゃいけないのはわかってる。
でも、今更こんなことをすることに意味があるのか私にはわからなかった。
どうせ死ぬんだし。
「本当にこの部屋であっていますよね?」
ホテルの従業員から何度も聞かれてしまった。
そんなにヤバい部屋なのだろうか?
だからこそのあの値段なのだろうが。
私たちは、ついにホテルの3階の角の部屋に着く。
貰った鍵で扉を開けると、一時期はこのホテルで一番高い部屋だったことを彷彿とさせるような広い部屋だった。窓から見える景色は一面に海が見える。
「別に、そこまでおかしいとは思わない。」
私は唐突にそう言った。
そんなこと、どうでもいいと思っいたはずなのに。
やはり、この気まずさと少し不気味に感じるこの部屋のせいなのだろうか。
この部屋は角部屋で広いというのに部屋にあるのはシングルベッドとクローゼット、小さいテレビしかなく、物自体は新しいのに少し埃を被っているように感じた。
この違和感からなのか、今から自分は死ぬと思ったからなのか、私の中で不安が沸々と湧いていた。
「そう?良かった!嫌われたくはなかったから。」
「嫌われたくなかったからって、別に私に嫌われても気にすることなんてないでしょ。」
自分でこういうもどうなのだろうか?私自身、自分に魅力はないと思っているし、気の利いた言葉一つ言えるタイプでもないのに。
私がそう言うと、藍浦さんは少しごまかすように笑った。
暇を持て余してしまったので、私は部屋の中を探索することにした。ところどころに不思議なところはあるのに、ここがいわく付きの場所と言われる理由は結局わからなかった。
「ここがいわく付きって、普通のホテルにしか見えないんだけど!これ当たりじゃね?!」
突然藍浦さんが話しかけてくる。
「当たりって、どこが?」
「安くてこんな部屋に泊まれるなんて得でしかないじゃん!」
「どうせ何かが起きるとしても夜でしょ。」
冷たい返しをしてしまったが、私はこの会話で少し心が軽くなっていた。
「うわ、てかもう12時過ぎてるじゃん!お昼食べに行こうよ〜。」
「どこ行きたい?」
「どこって〜、って辛辣じゃない!!どうしたの!その毒を抜かれたような返し!!」
「毒を抜かれたって、いつも私が毒を振りまいてたとでも言いたいの?じゃあ、私が勝手に決めちゃうからね?」
「いやいや、そこは話し合って決めましょうや。」
「ほんと呑気だね。」
「でも、こっちの方が楽でしょ?」
「…、まあね。」
お昼ご飯はホテルの近くにあった港から直送の海鮮料理店に行くことになった。
とは言っても!このホテルから徒歩で行ける場所がそこしかないような気もするのは私がこの頃運動不足だからなのだろうか。
「今日は雲一つ以上ある晴天だね〜。」
「雲一つ無い時にしかそんな言葉使わないでしょ。」
「まぁいいじゃん!これが日本語のいいところなんだから!」
「日本語に失礼では?」
海鮮料理店に行く間、気づけば私と藍浦さんは和やかな談笑をしていた。
そして自分の決意が揺らいでいるのも感じられた。そのたびに自分がどうしたいのか分からなくなっていった。
「どしたの?浮かない顔しちゃって。もしかして怖くなっちゃったの?死ぬの。」
突然藍浦さんが振り返ってそんなことを言う。
「いや、そういう訳じゃ、」
結局私はどうしたいのだろう?
「じゃあ今回はやめてもいいんじゃないの?」
でも、
「…、。」
それでもやらなきゃいけないような、そう自分を駆り立てる焦りが私の心にずっしりと石のようにのしかかる。
「じゃあ今回は────」
「迷ってるんだよ!!自分でも、。自分で決めたはずなのに!」
自分でも今の自分が何を言いたいのかわからなかった。でも、そのわからないこと自体にも私は苛立ちを隠せなくなっていた。
「別に、今日それを決めなくてもいいんじゃない?」
「でも!────」
「それはさ、間違ってると思うんだ、。ありきたりな言葉かもしれないけど、その本当の理由が見つかるまでは死んではいけない、その理由が今しんどいとか今つらいとかならなおさら。」
未だに何度も思い返してしまう。
辛くなって死のうとしてそれでも怖くて死ぬことができなかった。一時の感情に身を任せられるほどの子どもになりきれなかったから。
人は、それとも私だけなのか、本当に精神が弱い生物だと思う。一時的に楽な方に逃げて、後に後悔する。
そのやるといった意思を簡単に曲げることができるからだ。
やめて逃げた後に残るのは、自分が逃げたという事実だけ。未来で後悔することなんて今の自分には考えられる余裕がないからだ。
「でも、。」
そんなかぼそい声で。
「そんなに意地を張っても意味ないでしょ?人間なんていつかは死ぬんだから、いつ死んでも変わらないならいつ死んでも後悔しないようにしなくちゃ!」
ぐうの音もでなかった。
私の中で反論できる言葉が思い浮かばなかったからだ。
そして、なぜかほっとしてしまった自分の姿にふてくされながら「うん。わかったよ。」と小さい声で言って海鮮料理店に向かった。
気持ちが乗らない時にご飯を食べても美味しいと思えなくなるのは何かの状態異常でもかかっているのだろうか?
せっかく頼んだ海鮮丼を口に運んでも、美味しい、のだろうな、の様な感想しか出てこない。
「この海鮮丼のサーモン美味しすぎない?!」
藍浦さんは、私がこんなに落ち込んでいるのに、また呑気なことを言う。
でも、今はそれほど気にならなかった。
「そうだね。」
私は藍浦さんには聞こえない声でそう返した。
「え?何か言った?」
「何でもないよ。」
「え、そう?じゃあ私のも取っていいからそっちの海鮮丼もちょっともらってもいい?」
「いいけど。もう私も口つけちゃってるけどいいの?」
「あ、私全然気にしないタイプだから。大丈夫大丈夫!」
そう言って藍浦さんは私の丼に箸をつける。
「じゃあこれいただきまーす!」
「え、それもう一つしかないやつじゃん!」
藍浦さんは私の丼に残っているマグロを取ったのだ。
「別にもともとは沢山あったんだからいいじゃん〜。」
「じゃあ!」
今度は私の番だという勢いで私は藍浦さんの丼から残り一切れのサーモンを食べた。
「あぁ!!私のサーモンが!!」
「私のラストもらったんだから当然でしょ!」
行儀が悪いなとは思いつつもつい悪ノリが過ぎた。
結局お互いに残りの丼は相手のものを食べた形になってしまった。
「美味しかったねー!」
「ほぼ取り合いみたいなお昼ご飯だったけどね…。」
「でも美味しかったことには変わらないでしょ?」
「美味しかったとは思うけど、。」
私たちはお昼ご飯を食べた後、ホテルに戻っていた。
死ぬってどうなのだろう?
ふとこんな疑問が私の中に湧いてくる。
私は今まであまり死について深く考えたことはなかった、気がする。むしろそういう手段だと思ってきた。
「藍浦さんは死ぬってどういうことだと思う?」
私がそう聞くと藍浦さんは少し驚いたような顔をしながら、
「急に哲学的なこというじゃん!」
「いや、単純に気になってさ。だって私たちの目的は死ぬことでしょ?でも、死ぬって結局のところどうなるんだろう?」
藍浦さんは少し考えて、
「1年分人生経験が豊富な私から言わせてもらうと、死ってさ、大事なものを守るためにあるんじゃないかなって思うんだ。」
「大事なものを守るって、アレ?あの『ここはオレに任せて先にいけ!!』みたいな?」
「まぁ、そんな感じ?」
「そんな感じ?って。ていうか今更だけど一年先輩なの忘れてたんだけど。なんか妙に同い年としか思えなくて、。」
「まぁ別に1年しか変わってないからね〜。あ、敬語使ってくれてもいいんだよ?」
「藍浦先輩って?」
「やっぱ、壁急に感じたからいいや。」
フリに答えただけなのに、なんて酷い先輩だ。
なんてことを考えているうちに、ようやくホテルに着いた。
「やっぱり味気ない部屋だよね〜。」
「いわく付きだからなんじゃない?ここに来て自殺する人が多いから家具とか変えるのも最小限にしてんじゃないかな?」
「それはあんまり考えたくはなかったなぁ。」
少しずつ日が暮れていく中、部屋の余白が目につくようになり、私は固唾を飲み込む。
「そんな敵が現れてーって感じじゃないでしょ。」
そんな呑気な、
いや、こんな時にこういうことを言ってくれるのは本当にありがたいのかもしれない。
「お風呂は下の大浴場にしよ?」
「え?誘ってるってこと?」
「聞く限りこれ以上誘ってる以外ないでしょ!」
「まあ、違うとは思うけど、。」
そんなことをボソッと言って藍浦さんはカバンの中からおもむろに長めのシリコンの、
「なんてもの持ってきてんの?!」
「いやー、なんとなく?」
なんとなくで持ってきてたら変態だろ!
いや、故意でも変態には変わりないんだけど。
「そんなもの使う機会ないから!普通にお風呂入りに行こって言ってんの!」
「はいはい、分かってますよー。」
藍浦さんは少し残念そうにしながらカバンの奥にしまった。
一階に降りると大浴場は少し混んでいたので、待つ合間にホテルならあるあるのお土産屋さんに訪れていた。
「えー!このお菓子おいしそう!」
そう言って藍浦さんが指さすのはマドレーヌだった。
「さっきから焼菓子にめっちゃ食いつくじゃん。」
え、これで千二百円か、マドレーヌって結構高いな〜。こう思ったのもなんだか懐かしい気がした。
「焼菓子って自分で作ったってのもいいんだけど、やっぱ製品の方が美味しいだよね〜。」
まあ、そりゃそうだ。そうであってくれないと困るけどね、。
とは思いつつも、自分の残り使えるお金はそのマドレーヌより少し多くしか持っていない。
こういうときに残るものを買えばいいのか、お菓子を買うほうがいいのか分からない。
「どれを買うべきかな〜?」
「一つぐらいなら奢ってあげるよ?」
な、なんて太っ腹なんだ、。
「よくそんなお金もらえるねー。」
「いや、まあ親からちょっとね〜。そっちは親からあんまり貰わなかったの?」
「いや、私は父親しかいないのにその父親との関もね〜、だからバイトかな〜。ま、まあこの話は一旦置いといて、奢ってくれるんでしょ?」
「なかなかにがめついじゃん。」
「そりゃどうも。」
結局藍浦さんにはペアのホテルの断面図みたいな謎のキーホルダーを買ってもらった。
「お風呂良かったね〜!」
「そうだね〜。夜の海の景色ってあんまり見えないね。灯台の光しか見えなかったよ。」
私たちが入ったのは露天風呂だったが昼間はあんなにきれいだった海も夜の闇が幕を下ろしたかのように何も見えなかったのだ。
「でもなんだか田舎って感じのロマンがあって良くなかった?」
「ろ、ロマン?」
「そうだよ!いやでもあと牛乳でもあったら良かったのにな〜。」
結構典型的なタイプの風呂のイメージだな、と思いつつ部屋に戻った。私は部屋に戻ってきて、改めてここがいわく付きの場所だったことを思い出す。
昼間では不思議としか感じなかった部屋の余白の多さがより不気味に感じた。
「一緒のベットだけどいいよね?っていうかそれしか選択肢はないけど。」
藍浦さんは何も怖くないかのように振る舞う。
まあ、いつも通りか。
「じゃあ早く寝ちゃお!」
そう言って早々と私たちはベットに寝転がる。
シングルベッというだけあって2人で寝転がるだけでかなり狭かったりする。ベットの感じとか考えておかなかった昔の私が憎い。初夏というのもあって多少暑さはまだ気にならない季節ではあったが、こうも2人が近い状態だと暑苦しく感じるのは普通の感覚だろう。
「藍浦さんって意外にデカいんだね。」
「そんなにでかくないと思うけどな〜。これでもうちの学年では後ろ寄りの真ん中だよ。」
「いや、それもあるけど、。」
「あるけど?」
「やっぱりいいや。」
私がそう言うと藍浦さんはケチだな〜と文句を言って、しばらくするとそのまま私たちは寝てしまった。
人とくっついたのはいつぶりだろうか?
暖かくて柔らかい。ほのかに香るホテルのシャンプーの匂い、気づけば私は目が覚めていた。
あたりを見渡すとカーテンの隙間からわずかに光が漏れ出し、太陽が私たちに朝が来たことを知らせているようだった。
私が一足先にベットから離れると、藍浦さんは今度は布団を抱き枕のように抱いていた。
まだ寝るのかという呆れと、藍浦さんを起こさなくてよかったと思いながら、近くにある自分のスマホを取って時間を見ると、時刻は8時半を過ぎていた。
私は慌てて藍浦さんを起こして身支度をした。
「もう朝〜?早すぎるんですけど。」
「じゃあいつも学校のときどうしてんのよ!」
「いやそれとこれは話が別なんだよ〜。」
ホテルの受付に私が先につきなんとかチェックアウト時間に間に合った。
ホテルの受付の人は私の顔を見て少しホッとしたような顔つきでチェックアウトの手続きをした。
チェックアウトの手続きが終わってもまだ藍浦さんが来なかったので、受付の人に自分が止まった部屋について聞いてみることにした。
どうやら受付の人いわくあれはただの都市伝説らしく、一人目が自殺した事件の後にその都市伝説が広まって、自殺者が定期的に来るようになったらしい。
受付の人は少し軽めに教えてくれたけど、呪いとか幽霊とかじゃないところがなおのこと怖い。
受付の人は最後に「お客様が生きていて良かったです。」と言い、また他の作業に戻った。
生きていて良かったです、か。そんな事考えたことなかったな〜。
「待ってよ〜。あとスーツケース置いて行かないでよ〜。私だけ大荷物の人みたいじゃんか!」
あ、そういえばチェックアウトの時間までギリギリすぎてスーツケースほって行ったんだった。
「ごめん〜。あとでジュース奢るから〜。」
「いいけど〜ってそこは『私が行かなかったら間に合わなかったんだよ!』って言わないと!!」
「お、ナイスひとりツッコミーーー。」
「なにその適当な返し!」
「いや、別に普通のツッコミでしょ。」
「もっと乗ってくれても良かったじゃんー!!」
藍浦さんが駄々をこねるように言う。
「そんなにおっきい声で話したら!」
朝の静寂に二人、いや一人の喧騒が響き渡り他の人達が私たちをちらっと見てくる。
私は藍浦さんからスーツケースを取ってホテルから早々と出た。
「またおいてかれたー!」
藍浦さんは少しふくれた顔でそんなことを言う。
「いや、藍浦さんのせいなんだけど。」
「なんだよ冷たいな〜。」
「別に冷たくなんてしてないよ。ただ、やっぱり今はいいや。」
「なんでよ〜!言ってくれてもいいじゃんか〜!」
「え〜、でも、もう少し待ってほしいかな。」
「じゃあ言ってくれるの?」
「今じゃないけどね。言うつもり。」
「聞かなきゃよかった〜。絶対じゃなくなっちゃったじゃん。」
今の気持ちを私はまだ言語化したくはない。
それを言葉にすれば、そうとしかならなくなってしまうからだ。
もう少し後でいいよね。もう少し逃げてもいいよね?
帰り道は、いつもより体が重く感じる。
旅の疲れもあるかもしれないが、この終わりは次の始まりの意味も同時に持ち合わせているからだろう。
また迫ってくる現実に次の私は耐えられるだろうか?
そんな漠然とした不安や焦りをひしひしと感じる。
「楽しかったね〜!」
「まあ、本来の目的とは違ったことになったけどね。」
「別にいいじゃん。死ぬなんていつでもできることなんだから。」
「何その言い方!不謹慎極まりない!」
「昨日しようとしてたことよりかはよっぽどマシだと思うけどね〜。」
そんな軽口を言いつつ、私たちは駅に着いた。
既視感はあるのに初めて来たように感じる。
あまり昨日の私はそんな余裕がなかったのだろう。
「もうすぐ電車来るね。」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
「もう終わったんだな〜って思ってさ。せっかく地獄から逃げてきたのに。」
それもそうか。私たちが今から帰るところは疲れを癒やす場所ではないかとくらい私たちが一番知ってる。
「ずっと藍浦さんとこんな感じで居られたらいいのにな。」
「なによ、ちょっと照れるじゃんか。」
そう言った藍浦さんは少し寂しさを含んだ笑みを浮かべていた。
夢が覚めた。いつもの日常が戻ってきた。
私の日常が。
家のドアに手をかける。
何か言われるのではないかと思いながら恐る恐るドアを開けた。
すると、父親が靴を履いている途中に出会わせてしまった。父親は私を見るなり顔色を変えて、「なんで何も言わずに出た?」と不機嫌気味に言った。
今日も荒れてるな。
「別に何でもいいでしょ。」
父親が引きつった顔で「家出でもしたのかと思っただけだ。」と言う。
私だって家出できるならしてるに決まってんだろ。
「あっそ。それよりいいの?急ぎの用事でもあったんじゃないの?」
「あ、いや、そうだな。」
父親は歯切れの悪い口調で家から出た。
はあ、やっといなくなった。いつになく今日はあいつと喋ったな。
今も少し私の中で緊張が抜けない。
何で家がこんな息苦しく感じるんだろう、私は心のなかでそう呟きながら荷物の整理をした。
久しぶりに寝落ちしてしまった。
授業中なのに、休みの感覚がのこってしまったのかなぁ。クラスの中で注意された今少し体裁が悪い。
「今日は不真面目ちゃんじゃん。」
いつもの友達が話しかけてくる。
「今日はたまたまだから。別に1日くらい良くない?」
「その言い方は、明日もそうなるね。私の感がそう言ってる。」
「何その感、絶妙に当たらなさそう。」
「辛辣だな〜。まあいいけど。」
「何それ?」
「いや最近ちょっとだけ調子良さそうだから。」
「いや、いつも通りだよ。」
「そんなことないよ?!いつもなんか壁を感じるからね!なんかその、オーラみたいな?」
「別に壁なんて作ってるつもりはないんだけど。」
「いやいやまさか、私が物好きって言われるくらいだよ?」
そんなに私は近寄りがたい存在なのだろうか?
「そんなに友達多かったっけ?と、とわさん?」
「とばだよ!まさか名前覚えてなかったとかじゃないよね?」
「そんなことないと思うけどな〜。」
「ちゃんと印象良く見せるならもっと人の名前はちゃんと覚えるべきだと思うよ。」
「別に印象良くしようなんて、。」
「いーや、印象なんて良くしてて損なんかないんだから!まずは私のことから知っときなさいよ!」
「はいはい、わかってますよー。名前はとばさんで私に話しかけてくれるいい人、でしょ?」
「最後のでしょ、が無ければ印象めっちゃ良かったんだけどなー。」
「へいへい。」
そんな会話を終え、昼休みが終わった。
無事に午後の授業もウトウトしながら受け、遂に学校が終わった。
なんとなく藍浦さんは居るのかな?と思い、屋上に向うと予想通り藍浦さんがいた。
「やっぱりいた。」
「なんとなく来るかなって思ったからだよ。」
「今日バイトの面接あるからあんまり長居できないけどね。」
「バイトの面接?」
「いっかい辞めちゃったからね。あのホテルに行く前に。また働かないと。」
「それぐらい親に頼ったほうが。」
「それは嫌かな〜。だって、。」
「負けた気がするって?」
そう言われて私は口をつぐむ。
図星なのかもな。でも、今から変える勇気がないのもあるのだ。
「まあ、いいけどさ。結局その時は来ると思うけどね。」
「そう?まあ、その時が来たらでいいよ。」
「あ、そういえば、言っとかないといけないことがあるんだけど、」
そう言って急に藍浦さんは神妙な面持ちになった。
「何?」
「やっぱり一緒に死ぬ、なんてやめてもいい?」
読んでいただきありがとうございます。




