残秋の日差しの中で
青く澄み切った空から降り注ぐ日差しは柔く、地面にはちみつ色の文様を描く。青々としていた葉も既に赤味や黄色味へと色を変えて風に揺れ、はらりはらりと宙を舞う。艶やかに咲き誇っていた花も疎らになった庭はどこか寂し気な空気に満ちていた。
婚姻式から半年余りが過ぎ、季節は陽春から残秋へと移ろっていた。社交シーズン最後の舞踏会もとうに終わり、賑やかだった王都も貴族らが領地へと向かった。往来を行く馬車も人も減ってどこか閑散としているように見える中、私たちも毎冬を過ごす離宮へ移っていた。
「やっと落ち着きましたわね」
「はい。義姉上にもお世話をおかけしました」
離宮の庭の一角にある四阿で義弟が深々と頭を下げた。春よりも日に焼けたせいか精悍さが増して大人っぽくなったわね。
「私は何もしておりませんわ。お礼ならジーク様に」
「ですが、義姉上様のお陰で母の処罰が軽く済みましたから」
眉を下げ力なく笑みを浮かべると年よりも幼く見えた。彼の母親でもある第三妃は今、王都の西にある王領の離宮にある。カトリーナ嬢を唆して私を害しようとした企てはカトリーナ嬢やディアーク様の証言で明らかになり、最愛の息子の人生をかけた脅しによって自白する以外の道はなく、渋々ながらもこれまでの罪を告白した。その中にはジーク様の母君の正妃や第二妃の殺害への関与も含まれていた。
「私は無事でしたから申しあげることがなかっただけですわ」
「そう言っていただけると少しだけ救われます」
淡い笑みを浮かべているけれど、それは泣いているようにも見えた。他の妃への殺害容疑はベルツとの関係悪化や王家の威信、またまだ国内が安定しないことなどを考慮して公にされていない。ディアーク様もご存じではないはずだけど……
「母がしたことは、許されることではありませんから……」
知ってしまわれたのね。お優しい彼のことだからお耳に入れないでおこうとジーク様は仰っていたけれど。でも、王宮には数多の口がある。箝口令を敷いても完全に止めるのは難しいわね。
「ディアーク様には何の瑕疵もございませんわ。胸を張ってくださいませ」
「ありがとうございます」
慰めにもならないかもしれないけれど、本当に気にしないでほしい。そうは思っても罪悪感は拭えないわよね。それに、第三妃といううるさい人がいなくなったせいでディアーク様を軽んじる者も出てきた。心無いことを言う者もいるのかもしれない。彼女によって不遇な身に落とされた者も少なくないから。
「アリー! ディアークもいたのか」
近付く足音は愛しい人のものだった。日差しを受けて向けてくる笑みの甘さにぽっと心に温かみが宿る。
「ジーク様」
「兄上!」
声を上げたのはほぼ同時だったけれど、喜びの表現は義弟の方が大きかった。本当にジーク様がお好きよね。頼れるのはジーク様だけになってしまったのもあるけれど。
「ディアーク、すまないな、仕事を押し付けて」
「とんでもございません。兄上のお役に立てて嬉しいくらいです」
ふふっ、まるで親鳥を慕う雛のようね。それとも主人を慕う忠犬かしら。目を輝かせて本当に可愛らしいわ。
「ははっ、だが無理はするなよ」
大きな手が銀の髪を撫でると嬉しそうに目を細めた。一時は酷く気落ちしていたから心配したけれど、ジーク様との密な交流が彼を立ち直らせたわ。
「あ、すみません、義姉上。兄上を……」
「ふふっ、構いませんわ」
「いえ、そういうわけには参りません。兄上はずっと義姉上と会う日を待ち望んでいたのですから。それじゃ、僕はこれで」
そう言うと一礼して行ってしまった。嫌だわ、そんなこと気にしなくてもいいのに。ふふ、今の彼には青い空が似合うわ。
「あいつも成長したなぁ」
軽やかな足取りで去る後姿を見つめてしみじみと告げた。その変化はいい方向に向かっているように見える。
「そうですわね。前よりも積極的におなりになったように見えますわ」
第三妃というしがらみがなくなったせいかしら? 授業も以前よりも意欲的に受けているし、夏からは剣術などにも力を入れるようになったと聞く。
「あいつはあの女が造った型に無理やり入れられていたからな。それがなくなって楽になったんだろう」
ジーク様もそう感じるのね。だけど私にもそう見えるわ。義弟の後姿を眺めていたらいきなり後ろから抱き付かれた。
「はぁ、やっとアリーに触れられる」
後ろで大きく息を吸っているのが聞こえた。大きな身体に包まれて欠けていたものが満たされていく。こうして触れ合うのは二月ぶりだもの。というのも二月前、南部ゲルツアー国との国境付近で小競り合いが起きたのよね。ジーク様は軍を率いて駆け付け、我が国に侵入したゲルツアー軍を退け、そこから交渉を行ってようやく我が国に有利な形で治めたばかり。王都にお戻りになった後も事後処理に忙殺されていたわ。そのせいで私よりも五日遅れての到着となった。
「ふふ、お疲れ様でした」
「ああ、アリーもな。すまんな、王妃の務めまで任せてしまって」
「仕方ありませんわ。お義父様の妃はいらっしゃらないのですから」
お陰で私も緊張感に満ちた忙しい日々が続き、一時はこの私が食欲を失うほどだった。これならジーク様と共に剣を振るっている方がずっと気楽だったわ。
「はぁ、そこだけはあの女も役に立っていたんだよなぁ」
「そうですね。あの方、務めだけはしっかりなさっていましたから」
もしかしたらそれだけが彼女を支えていたのかもしれない。後継者と信頼は正妃であるジーク様のお母様が、愛情は第二妃が手にしていた中、敵国の王女だった彼女が得たのは無関心だったと聞く。気位の高さが仇になったともいえるけれど。
「そういえば、アリー宛にヴァイラントから書簡が届いていた」
「母国から?」
何かしら? 嫌な予感しかしないのだけど……渡された書簡を開き、中を確かめる。これは……
「何かあったか?」
「……妹の、婚姻が決まったそうです」
「はぁ? あの妹御を望む奴がいたのか?」
あからさまな驚きを現す夫に苦笑するしかなかったけれど、そう思われても仕方ないわね。
「国内の貴族に降嫁させるそうです」
「降嫁?」
驚きの表情で私を見上げた。ふふ、そんなお顔をされるといつもより幼く見えるのね。
「ええ。相手は二十ほど年上で、六人のお子を育て上げた方ですわ」
「二十? それはまた随分と……つまりは、子守り要員か」
なるほどなぁと顎を撫でながら呟かれた。母は抵抗したけれど、ファーレンでの失態で他国へ嫁ぐのは絶望的になったし、国内の貴族からも相手にされなくなって渋々同意したと書簡にはあった。
「辺境伯は若い頃は浮名を流していた方ですわ。女性の扱いにも長けているかと」
「なるほど。で、王家は妹御を引き受ける見返りに多額の持参金という名の援助をすると」
「おそらくは」
「お互いに悪い話ではないな」
多分、王家と辺境伯との間で何かしらの密約を交わしているのでしょうね。その内容があの子の幸せに繋がるかはわからないけれど。
「これで一安心だな」
「そう願いたいですわ」
「二度とアリーに近付けないけどな。入国禁止を伝えてある。さすがに連れてこないだろう」
「ふふ、その前に辺境から出られませんわ」
出ようとしたら毒を持って行動を制限するくらいはするのではないかしら。兄はともかく父ならやりそうよね。
「これでようやくゆっくり出来そうだな」
「ええ」
まだ一悶着あるかもしれないけれど、もう母国のことなど関係ないわ。私はここファーレンで生きていくから。
「我が愛しの妻よ。ゲルツアーとの諍いを治めてきた夫に褒美をくれまいか?」
お道化たようにかしこまった言い方に笑みが浮かぶ。
「もちろんですわ。ふふ、私の愛おしい旦那様はどんなご褒美をお求めですの?」
「そうだなぁ……まずは頑張った夫に褒美の口づけをくれまいか?」
「ええっ、ここで、ですか?」
さすがにここでは人目が……
「ダメか? ここなら見えないぞ?」
そんな風に造り直したんだからなと胸を張られたけれど……
「ジーク様……」
王宮の庭とよく似ているなぁと思っていたけれど、そういうことだったのね。あの四阿を私が気に入ったからだと思っていたけれど、そんな意図があったなんて……
「軽いものですよ」
「深い方が嬉しいんだがなぁ」
急に艶を含んだ声で言われて肌が粟立った。もう、真昼間から……
「何をおっしゃるのですか! だったら夜までお預けです」
「悪い! 悪かった。茶化したりしないから」
両手を顔の前で合わせて謝罪する姿が可愛らしい。ふふ、「血濡れの王太子」の異名が台無しだわ。だけど、そんなところも、好き。
「お疲れ様でした」
両手で頬を包んで、そっと唇を重ねた。それは一瞬のことだったけれど柔らかい感触は記憶そのままで、それだけで指先まで満ち足りていくのを感じた。段々口付けが深くなっていく。いつの間にか後頭部に手を置かれて逃げられなくなっていたけれど、何度も繰り返してきたせいかもう息が出来ないと苦しむことはなかった。
「ジーク、様……軽いものでって……」
「アリー、愛している。共に幸せになろう」
ずるいわ、そんな風に真剣な眼差しで仰るなんて。怒るに怒れないじゃない。
「私もです」
その胸に頬を寄せ、もう一度深く抱きしめ合った。服越しに伝わる体温に、鼓動に、匂いに胸の奥から泣きたくなるほどの愛おしさが湧き上がってくる。愛する人がいるのはこんなにも多幸感でいっぱいになるものなのね。ずっと家族から望まれず寂しさに泣いていた小さかった私が、ようやく笑った。
【完】
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
これで完結となります。
この後、暫くは二人きりの甘い時間を過ごしたかと思われますが、詳細は皆さまの想像にお任せします。
ジークが即位したら二人で力強く国を治めて、アリッサも祖母に負けない強い王妃になったかと。
水色の髪の女児が生まれたらジークは溺愛しそうですね。
最後まで読んでくださってありがとうございました。




