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追跡装置

工房の午後は、静かだった。


水路の音も、

魔道炉の唸りも、

今日はどこか遠い。


ミレイアは、作業台で記録をまとめていた。


修理済み。

保留。

未着手。


札を一枚ずつ確認し、

棚の番号を書き足していく。


倉庫の中身は、

確実に、前へ進んでいる。


——その時。


「ミレイアさん」


背後から、落ち着いた声。


振り向くと、

ラザルが工房の入口に立っていた。


外套は着たまま。

これから外に出るところだ。


「少し、時間いい?」


「はい」


ミレイアは、即座に手を止めた。


工房の外。

人目の少ない回廊。


ラザルは、歩きながら言った。


「予約の順番が、一件回ってきた」


事務的な口調。

だが、少しだけ慎重だ。


「貴族からの依頼だ。学会案件と同じ列に並んでた」


ミレイアは、頷く。


「……内容は?」


「“修理依頼”としては、正規だ」


一拍。


「ただ」


言葉を選ぶ間。


「この家は、あまり良い噂を聞かない」


断定しない。

評価もしない。


共有だけ。


「違法ではない。表沙汰にもなっていない。でも、周辺で“困ったこと”が起きてる」


ミレイアは、足を止めた。


「……断った方が、いいですか」


静かな声。


ラザルは、こちらを見る。


「断る?」


問い返し。


選択肢は、

最初から、ミレイアの側に置かれていた。


ミレイアは、少しだけ考える。


(……依頼内容だけ見れば、普通の修理だ)


(だから、順番が回ってきた)


(……見ないと、分からない)


「いえ」


答えは、落ち着いていた。


「一度、現物を見たいです」


ラザルは、すぐに頷いた。


「分かった」


即断。


「予約済みの案件だから、こちらから条件を変えることはしない。ただし、僕も同行する」


理由は、言わない。

言わなくても、通じている。


「転移で行く。準備は、最低限でいい」


「分かりました」


ミレイアは、工具箱を手に取った。


転移は、短かった。


だが、到着した瞬間に分かる。


空気が、張り付いている。


魔力が、流れていない。

管理され、留められている。


街並みは整っている。

人も、建物も、過不足がない。


だが——


(……余白が、ない)


「落ち着いた街ですね」


ミレイアが、そう言うと、

ラザルは軽く肩をすくめた。


「管理が行き届いてる、とも言える」


言い換えだった。


貴族の屋敷は、

街の中央から少し外れた場所にあった。


派手ではない。

だが、隙がない。


門は開いている。

警備は見えない。


——見せない配置だ。


「お待ちしておりました」


出迎えたのは、

年配の使用人だった。


動きは柔らかい。

だが、無駄がない。


応接室へ案内される。


広い。

だが、装飾は抑えめ。


中央の卓の上に、

すでに一つ、箱が置かれていた。


「ようこそ」


奥から、

一人の男が立ち上がる。


年齢は四十代半ば。

髪は整えられ、

衣装は地味だが、質がいい。


「当主の、ヴァルデンと申します」


声は、穏やかだった。


ラザルが、一歩前に出る。


「アル=ハディード商会会長、ラザル・ノームです」


短い名乗り。


「そして」


視線が、ミレイアへ向く。


「こちらが、技師です」


ヴァルデンの目が、

一瞬だけ、ミレイアを測る。


値踏みではない。

確認だ。


「……なるほど」


小さく頷く。


「若い。ですが……噂通り、落ち着いている」


噂。


ミレイアは、何も言わない。


「どうぞ」


ヴァルデンが、卓を示す。


「順番が回ってきたと聞いています。例の件です」


箱が、開かれる。


中にあったのは、

小型の魔道具だった。


金属製。

掌に収まる大きさ。


外装は実用的。

刻印も最小限。


「追跡用の装置です」


さらりと、そう言った。


「盗難防止の物ですよ。盗まれたら困るものに付ける」


ミレイアは、装置に近づいた。


触れる前に、

魔力反応を読む。


(……軽い)


(……でも、深い)


発信部。

受信部。

同期刻印。


そして——


(……制限が、ない)


距離制限。

対象制限。

使用回数。


どれも、

意図的に、設けられていない。


(……これは)


(“物”を追う構造じゃない)


「確認しても?」


「もちろん」


許可は、即座に出た。


ミレイアは、装置を手に取る。


重さ。

温度。

魔力の癖。


(……人にも、付く)


しかも、

本人が気づかない形で。


「どうでしょう」


ヴァルデンが、穏やかに尋ねる。


「直りますか?」


ミレイアは、

装置から目を離さなかった。


答えは、

もう、出ている。


だが——


「……確認が、必要です」


そう答えた。


即答しない。

だが、逃げてもいない。


ラザルは、

その横顔を、黙って見ていた。


——ここから先は、

技師の判断になる。

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