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眠る旋律

部屋の奥は、さらに静かだった。


扉を閉めた瞬間、

外側の気配が、完全に遮断される。


「……こちらよ」


エレオノーラが、低い声で言う。


展示というより、

保管に近い配置。


壁際に沿って並ぶ棚。

中央には、作業台に近い高さの台座がいくつか置かれている。


その一つ一つに、

小さな魔道具。


音を鳴らすためのもの。

だが——

どれも、今は沈黙している。


ミレイアは、ゆっくりと歩き出した。


視線を走らせる。

手は伸ばさない。


(……焦らない)


ここにあるものは、

逃げない。


台座の一つで、足が止まった。


木製の箱。

掌より少し大きい。


外装は、深い色合いの木。

磨かれているが、艶は控えめだ。


金属の装飾は最小限。

だが、接合部の精度が異様に高い。


(……これ)


蓋の中央。

小さな透かし彫り。


花とも、歯車ともつかない文様。


ミレイアは、無意識に息を詰めた。


(……オルゴール)


だが、ただのそれじゃない。


魔力反応は、微弱。

だが——

一層じゃない。


(……重なってる)


「それ、気になった?」


背後から、エレオノーラの声。


ミレイアは、はっとして振り返る。


「……はい」


少しだけ、躊躇ってから続ける。


「音を出す道具だと思います。でも……一つじゃありません」


エレオノーラの目が、わずかに細くなる。


「正解よ」


軽く笑って。


「それね、一応“オルゴール”って記録されてるけど……誰も、ちゃんと鳴らせたことがないの」


ミレイアは、木箱に視線を戻す。


(……壊れてない)


(……止まってるだけでも、ない)


内部で、

何かが、互いを待っている。


「……これを」


気づけば、口に出ていた。


ミレイアは、慌てて姿勢を正す。


「よろしければ……最初に、これを見たいです」


エレオノーラは、少しだけ驚いた顔をして、

それから、ゆっくり頷いた。


「ええ。お願いするわ」


即答だった。


「時間は?」


「……かかります」


正直に。


「今日中に、終わるかどうかは……」


「構わないわ」


遮るように。


「こういう子は、急がせると拗ねるもの」


その言い方に、

ミレイアの肩の力が、少し抜けた。


「では」


エレオノーラは、一歩下がる。


「私は、席を外すわ。終わったら、呼んでちょうだい」


使用人に指示を出し、

部屋を出ていく。


扉が閉まる。


——完全な静寂。


ミレイアは、用意した組み立て式の作業台へオルゴールを運んだ。


布製マットを敷き、

外套を脱ぎ、

マスクを引き上げる。


(……落ち着いて)


蓋を開ける。


中は——

予想以上だった。


歯車。

軸。

ゼンマイ。


だが、それだけじゃない。


薄い円盤が、幾重にも重なっている。

刻印は、それぞれ違う。


(……記憶輪)


しかも、複数。


一つ一つが、

別の旋律を持っている。


(……これ、同期してない)


というより、

最初から完全同期を前提にしていない。


(……条件付き)


時間。

環境。

聞き手。


それらで、

“どれが前に出るか”が変わる構造。


だが今は——


(……干渉してる)


ズレが、微細すぎる。

だが、それが致命的だった。


ミレイアは、工具を取る。


削らない。

交換しない。


やるのは——

間隔の調整。


触れるのは、

ほんの、髪の毛一本分。


歯車の位置。

記憶輪の距離。

ゼンマイの戻り。


一つ整えると、

別の一つが、わずかに応える。


時間が、溶ける。


三時間。

四時間。


外の気配が、遠い。


最後に、

ミレイアは、そっとゼンマイを巻いた。


——音が、鳴る。


最初は、

単純な旋律。


だが、

途中で、音色が変わる。


混ざらない。

崩れない。


ただ、

“別の旋律が、顔を出す”。


最後まで、

きちんと、続く。


ミレイアは、そっと蓋を閉じた。


(……大丈夫)


(……これは)


胸の奥で、静かに確信が落ちる。


ミレイアは、マスクを下ろし、

立ち上がった。


扉の外へ向かい、控えていた使用人に静かに声をかける。


「……エレオノーラ様にお伝えください。終わりました」


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