第七話 厄介な展開
情報屋のダダが言っていた「砂漠」というのは、この「天国」をナワバリとにしている、いわゆる「ならず者」集団のことだ。
強請に強盗、暴行、売春、薬物などの思いつく悪行三昧を行っていて、警察も手を焼いている。というより、事実上黙認しているのが実情だろう。
下手に幹部を逮捕してしまうと、ただでさえコントロール不能な命知らずの下っ端が、これ幸いにと暴れ回るのは目に見えている。そうなると収集がつかなくなる上、一般市民に危害が及ぶ。
警察の威信に関わため、「天国」の中で暴れている間は放置する、というのが警察の方針なのだ。
とにかく警察でさえ手を焼くような「砂漠」とモメているというのが本当なら、かなり厄介なことになるであろうことは想像に難くない。
凸守は吐息をつかずにいられなかった。そんな心情を察したのか、前頭葉から励ますような声が上がる。
《悲観するのは早いんじゃないのか。モノは考えようってものだろう》
確かにな。
佐藤の居場所を探し出す、という一点にだけ注力するのなら、この状況は実は凸守にとってチャンスと言えなくもないのだ。
どういった経緯でこのような事態になったのか、現時点で凸守に知る術はないが、「砂漠」の立場からすれば、理由はどうあれカタギの人間とトラブルになったまま黙っているはずがない。きっと今ごろ、血眼になって佐藤の行方を追っているはず。
ここは「砂漠」にとって庭も同然なので、佐藤がまだこの「天国」にいるのなら、見つかるのは時間の問題だと言っていい。もしかすると、すでに囚われている可能性さえある。
つまり「砂漠」のメンバーを尾行すれば、かなりの確率で佐藤を見つけられるという寸法だ。少なくとも凸守が闇雲にこのゴミ溜めを歩き回るよりも、ずっと効率がいいに決まっている。
もちろんこれは、まだ佐藤が殺されていないということが大前提になるわけだが……。
とにかく、先ほどのまでのまるで手がかりがなかった状態から考えれば、黒鶫が言うようにわずかではあるが、進展したのは間違いない。
《ここで重要になるのは、「砂漠」のメンバーの中で誰をマークするかだな》
当然、幹部だろう。
この手の輩に限らず、組織というものは良くも悪くも縦社会。
情報の機密性が高ければ高いほど、上の者の耳には入れられる。その反面、下の者には秘密にされるのが常というものだ。
下手をすると、幹部でも知らされないまま上だけの判断で事が処理されるケースも少なくない。
だから下っ端や中途半端な中間管理職的な輩ではダメだ。
マークするのなら、可能な限りトップに近い方がいい。
《やっと見つけたと思ったら、すでに佐藤は遺体になってたなんてことがなきゃいいがな》
本気とも冗談とも判断できない口調だった。
縁起でもないこと言うな!
と、たしなめてはみたものの、凸守もその点が一番気がかりだった。
遺体が上がればまだマシな方だ。
写真にでも撮っておけば、調査した証拠になる。依頼料も正規の金額を請求できるというものだ。
ところがバラされて臓器を売られてしまっていたらゲームオーバー。
成功報酬はおろか、場合によっては手抜きと判断され、調査料を値切られるかも知れない。
ここからは時間との勝負だ。
のんびりしていたら、それこそ手遅れになってしまう。
幸い、「組織」というヤツは、誰が幹部なのかは分かり易い。
まず、ガラの悪そうな奴を尾行すれば、すぐにアジトを見つけることができるだろう。そして出入りしている者の中で、大勢の人間から挨拶されている者が幹部だ。
早速、肩で風を切っているチンピラを見つけ後をついて行く。すると「天国」の中では比較的綺麗なビルが見えて来た。
《へえ。こんな建物があるのは意外だな》
周りが酷すぎるからマシに見えるだけだ。
《だな》
黒鶫が感嘆の声を上げたビルの窓は割れていて、まともなところを探す方が難しい。コンクリートの壁もヒビだらけだ。心なしか、少し傾いているように見えるのはきのせいか。
とにかく娑婆ならきっと、こんな建物はすぐに取り壊しの対象になるだろう。凸守の路上駐車を通報した中年女性のように、ヒステリックな「善良な市民」が見逃してくれるはずがない。
凸守はビルの出入り口が監視できるところに息を潜め、しばらく見守る。長期戦になったら最悪だな、などと考えていたら、思いの外すぐに動きがあった。
一人だけやたらと上等なスーツを着込んだ男が出て来た。すぐにこれは幹部だと察する。
するとスマートフォンが鳴った。
上着の内ポケットな取り出して耳に当てた男は、一言二言言葉を交わす。自分を取り囲むチンピラに目配せをした。それを合図に、一気に周りの下っ端どもが色めき立つ。
「行くぞ!」
誰かの掛け声と共に、「砂漠」たちが動き出す。
《ここで野宿する羽目にならなくて良かったな》
茶化すように言ってはいるが、これは本心だろう。凸守とて、ゴミの山に身を隠して眠るのはごめんだ。
尾行していることがバレない程度に距離を保ちつつ、駆け出すチンピラたちの後をついて行く。どこまで行くのかと思ってたら、辿り着いのは「天国」の中でもさらに奥まった場所だった。
スクラップされた車が積み上げられていて、生ゴミが少ないぶん、凸守が最初にいた場所に比べるとやや臭いはマシだった。とは言っても、目くそ鼻くそであるのだが。
すでに人だかりができている。どこを見てもスキンヘッドやパンチパーマ、派手な色に染めたりと、普通の生活ではとんと見られない髪型ばかりだ。おまけに格好は柄シャツにタトゥーだらけの腕をむき出しにしたタンクトップ。
街中では会いたくない集団だ。
奥の方が怒号が聞こえる。
残念ながら凸守の位置からでは人混みの先がよく見えない。
《いいところがあるじゃないか》
声に促され、凸守は見上げる。
スクラップされた車が高々と積み上げられているのだった。
まさか俺に登れと?
《それとも野郎どもをかき分けて、誰がいるのか見に行くってのか。やりたいなら止めないけど》
ただでさえ殺気立っているのに、部外者がしゃしゃりでたら人だかりの中心に辿り着く前に袋叩きにされてしまうだろう。
どうやら選択肢はないらしい。
凸守はサビだらけの車に手をかけ足をかけ!どうにかこうにかよじ登って行く。
ある程度の高さまで行ったところで凸守は顔をしかめた。
息が切れし、心臓が口から飛び出してしまいそうなくらいに跳ねている。
おまけに凸守のエンプティーランプが点滅しているようだ。懐をまさぐる。スキレットを助手席に置いて来たことを後悔した。
迎え酒が叶わないとわかった途端、頭痛まで復活し、こめかみ辺りをキツツキが激しく叩いている。こちらも時間は残されていない。キツツキが頭に穴を開ける前にカタをつけないと。
クソッたれ!
凸守はネバつく口の中だけで悪態をついた。
それは体調が最悪だったからもあるのだが、それ以上に、この後の展開を考え、平静ではいられなかったのだ。
ガラの悪そうな男たちが、二重に囲んで大きな輪を作っている。
その中心にいるのは、間違いなく小鳥に見せてもらったステータスにあった顔写真の男だった。
佐藤一郎だ。