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第五話 法華津猿家

「おい」


 凸守は、公園のベンチに座っている大男のデカい背中に声をかけた。


「ぶぉ!」


 よほど驚いたらしい。奇妙な声を上げて体をのけ反らせる。

 大男は振り返って声の主が誰だかわかると、不満げに頬を膨らませたのだった。


「脅かさないでくださいよ! デコさん!」


「そんなつもりはない。そっちが勝手に取り乱したんだろうが」


「まったくもう! もう少しで命の次に大切な弁当を落とすところでしたよ。食えなくなったらどうするつもりなんですか!」


 そう言って大男は、膝の上の弁当箱をさも大事そうにごつい手で撫でている。


 凸守は苦笑するしかなかった。命の次に大切なのが弁当とは、この男の優先順位はかなり個性的なようだ。


 大男の名前は法華津(ほけつ)猿家(えんか)。二十七歳。

 これでも一応、警視庁の捜査一課の刑事だ。

 百八十五センチ、体重百キロ、いや、見る限り百十キロはあるだろう。とにかく立派な体格をしている。


 小鳥が言っていた「おっきな刑事さん」とは、この法華津のことなのだろう。


 小鳥が婚約者の失踪届を出しに行った時に、捜査一家の法華津が対応したとは思えない。

 たまたまそこに居合わせた、ということなのだろう。

 無下に追い返された若い娘に同情したのか、廃人当然の探偵を哀れんでか、いずれにしても法華津は警察では手が回らない失踪人捜索を、凸守の方に回したというわけだ。


「愛妻弁当か。奥さんも大変だな、毎日作るのは」


 凸守はベンチを回り込み、法華津の隣に腰を下ろした。


「妻は僕のことを愛してくれてますから、苦にならないそうですよ。見てください、この愛情溢れる弁当を」


 栄養バランスを考えた色とりどりのオカズに、白飯の上にはピンク色のでんぶでハートを模っている。確か結婚して三年目のはずだが、まだまだ仲は良いようで何よりだ。


「でも、命の次が弁当なんだろ? 奥方が聞いたら、もう二度と作ってくれなくなるかもな」


 すると法華津はなぜか勝ち誇ったように、鼻をツンと持ち上げている。


「それ、脅してるつもりですか? 

 残念でした。僕の命と『ミクちゃん』は同列なんです。

 同率一位ってわけです。

 わかります? だからミクちゃんは一位で、弁当が二位ってわけなんです。いや、ミクちゃんは僕より上か? うん、そうだ! つまり──」


「もういいよ。よくわかったから」


 放っておくと際限なくしゃべり続けそうだったので、慌てて止めた。

 法華津と話していると馬鹿馬鹿しくなる。凸守は大きく息を吐いた。前頭葉も《やれやれ》と呟いている。


「実は、仕事の件でケツに苦情を言いに来たんだよ」


「は? 僕に苦情? それは聞き捨てなりませんね」


 法華津は弁当を頬張りながら、怪訝な表情を作る。


「見ろ」


 凸守が出したステータスに視線を向けると、法華津は怪訝な表情のまま首をひねった。


 そこには佐藤のステータスが出ている。こちらは火属性の方、つまり梶鐵工所でコピーしてもらったものだ。


「これがなんです?」


「お前たちサツが追い返した例の子の婚約者のステータスだ。で、こっちを見てどう思う。意見を聞かせてくれ」


 もう一つ、ステータスを出す。

 次に出したのは水産会社でもらった、やはり佐藤のステータスのコピーだ。

 こちらの眷属は、水属性となっている。


「双子……ですか? でも、名前が同じってことは──同姓同名?」


 自分で言いながら腑に落ちていないのだろう。忙しなく首を左右に振りながら、何度も二つのステータスを見比べているのだった。


「どちらも同じ人物だ」


 法華津は「またまたぁ」と頬を持ち上げる。凸守に担がれたと思ったのだろう。


「何言ってるんですか。固有眷属が違うじゃないですか」


 法華津は食べ終えた弁当を巾着袋に入れながら大きな頭を振った。


「よくもまあこんな手の込んだことをしましたね。暇なんですか、探偵って。てか、ステータス偽造は犯罪ですからね」


 凸守がじっと見ているので、法華津は太い眉を寄せた。


「その様子からすると、どうやらケツもこのことを把握してなかったようだな」


 予想はしていたことだ。

 もしもこのことを知っていたのなら、もっと大騒ぎになっていただろう。

 何せ固有眷属が、ほんの数年のうちに変化しているからだ。

 凸守の真剣な表情を見て、ようやく冗談ではないと悟ったらしい。

 法華津の顔が見る見る強張っていく。ハンバーガーを口に運ぼうとしていた手を止める。


「まさか、この二つのステータスは同一人物なんですか?」


「顔写真を入れ替えるといった細工をしていないなら、そういうことになるな」


 法華津はハンバーガーを口に押し込む。

 慌てて食べたから喉に詰まらせたようだ。目を白黒させている。

 お茶で流し込むと、「ふう」と一息ついた。


「これが同一人物だとしたら、数年の間に固有眷属が入れ替わったことになるんですよ」


「だな。そんな事例、聞いたことあるか?」


「ありません。てか、もしもあったら結構な騒ぎになってるはずです」


「ああ。つまりこれには何か『ウラ』があるってことで間違いないだろうな」


 凸守は「食事中に悪かったな」と立ち上がる。


「ちょ、デコさん! どこに行くんですか?」


「佐藤一郎を探すんだよ。天下の捜査一課のサツに当たれば何か情報が得られるかと思ったが、時間の無駄だったようだ」


 法華津はムッとしたように眉間にシワを刻んだ。


「ずいぶん嫌味な言い方ですね。この件は警察で引き継ぎますよ。探偵には荷が重いでしょうから」


「いいのか?」


「は?」


「依頼人は最初、警察に相談したそうじゃないか。だが、担当者は取り合ってくれなかったらしい」


「仕方ないですよ。成人男性が二、三日連絡が取れなくなったくらいじゃ、さすがに警察は動けませんから。一応、書類は受理するつもりだったんですけど、女性の方は今すぐ動いて欲しいって言うから──」


「で、たまたま居合わせたケツは、あろうことか俺に回したわけか」


「ええ。仕事がない可哀想な探偵のためを思ってですよ。言わば武士の情けってヤツです」


「じゃ、このことを『ツユさん』に報告してもいいんだな」


「ぐっ……」


 法華津は口ごもる。立派な眉毛の下のつぶらな黒目を忙しなく動かしていた。


 そしてこの後の展開を、頭の中でシミュレーションしているのだろう。ブツブツとつぶやき始めるのだった。


「行方不明者の相談に来た市民を追い返した挙句、民間の探偵社に押し付けたと知れたら──ツユさんはまず、受け付けに行って誰が対応したのか聞く、で、探偵に回すという判断は誰が……こ、殺される……絶対に……」


 法華津が感電死したであろう結末まで頭の中で描いただろうタイミングを見計らい、凸守は背中を丸めてすっかりに小さくなった「おっきな刑事さん」を見下ろした。


「『ツユさん』には黙っててやるよ。無事の情けでな」


「ほ、本当ですか?」


「ああ。だが、これは貸しだ。というわけで、早速だが、コレを頼む」


 凸守はくたびれた上着のポケットから、くしゃくしゃに丸めた紙を放り投げた。


 キャッチした法華津はそれを広げると、ケチャップがついた口が「ゲッ!」と動く。


「駐禁切符じゃないですか!? これをもみ消せってことですか!?」


「そういうことだ」


「しかもデコさん、酒飲んでますよね!? 駐禁をもみ消して飲酒運転を見逃せと!? 何を考えてんですか!」


 すると法華津の声のトーンが急に寂しげになった。


「もうそろそろ奥さんのことは忘れたらどうですか。あれはデコさんのせいじゃないんです。誰にも止められなかったんですから」


 凸守は振り返ることなく、公園を後にするのだった。

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