060:穏やかな日の裏側
途中からお父様視点です。
お母様に連れられ温室プールを後にし、自室に戻って水着からドレスに着替える。
水着を脱がされすっぽんぽんになった訳だが……もの凄い解放感があって気持ちが良い。しっとりした肌に、ちょっとお高そうな絹のような素材の肌着が触れるとくすぐったい。
爽やかになったところでお昼寝したいかも。お母様からプールで見たワイヴァーンの話が聞きたいけど、おそらく寝落ちしてしまうだろうし。頭もスッキリしてからの方が良いよね!
お母様は、そんな自分の気持ちを察してか自分を抱えベッドまで運んでくれた。シャーリーも同じベッドに寝かされ、王妃様からお乳をもらっている。背中合わせで二人揃ってお休みです。
「お母さんと王妃様は、この部屋におりますから仲良くお寝んねしてくださいね」
しっかり遊んだ後は、しっかりお昼寝! 二人ですくすく成長です!
――軍艦サント・ロワイヤルから三百海里後方……ドス黒い瘴気を纏った船団が迫っている。
「ユグドゥラシルの結界が無くなった今、侵攻は防げぬか……」
始祖様の殺害を発端に、王都で起きた数々の襲撃事件。そして、ユグドゥラシルの復活を阻むため送り込まれた刺客。それ以前にも、王国内の様々な領地で黒の瘴気による事件が絶えなかった。王都より遠ざけられていた辺境貴族達が、これを機に野心を持ち出し不穏な動きが活性化している。王家の転覆を狙う者は、サントヴリュッセルでも存在するのだ。
これから起こりえる事に頭を巡らせる。
「北方のノルディー領が動くと厄介だな」
先先代のサントヴリュッセル王の血をひくノルディー領の領主ギュスター。先代の時代に王位継承争いに負け辺境に封ぜられた。先王の直系である現王家との関係は良好とは言えない。
この国も一枚岩に纏まってはいない……
「はぁぁっ、この上なく面倒だ」
大きく息を吐き、艦上に降り立つワイヴァーンに視線を向けた。
「ディオス、索敵部隊が戻ったようだ」
「ああ、いま確認した。戦果を聞きたい」
艦首の一角に設けられた席につき、騎士の報告を待つ。
まだ百歳くらいの若い騎士三人が俺の前に並び、順に口を開いた。
「敵軍艦の数は、およそ百五十隻です。幽霊船三十隻が現在こちらに向かっており、後続より六十隻の船団二つが続いております」
「南方都市ヴォルフガノンより軍艦三十隻が出港し、オデッセイ方面へ向かっております」
「北方のジュピタリアールからは軍艦五十隻が出港。こちらに進路を向け南下しております」
今、俺達を追っている船団はアレサンディウェールの湾岸都市ポートピアスから来たのだろう。王都に繋がる主要湾岸都市を同時に狙うつもりか。
「アレサンディウェールは本気でこの国を攻め落とすつもりだな。艦長、この者達に各都市へ伝令を出してくれ。防御を固め、住民の避難をいそがせねばなるまい」
「うむ。お前達、沿岸の各都市へ至急伝令に飛べ! この情報の遅れがこの国、ひいては我らの命運を分けると思え!」
「はっ! この身に変えて!」
艦長の言葉に、三人の騎士の表情が勇ましくなる。国土防衛戦が始まる事を察したのであろう。頼もしい限りだ。
敬礼を素早く行い一糸乱れぬ動きで司令室を後にする騎士達。数分後には艦上に現れ、ワイヴァーンに三方に別れ飛び立っていった。
「ボルトス、見ない間に随分と艦長らしくなったな。騎士達も訓練が行き届いている」
「ははは、そうだろう、そうだろう。我がしっかりシゴいたからな」
俺の目の前にいるガタイの良いスキンヘッドの男が大口を開けて笑っている。ボルトスはエルフ族とドワーフ族の親を持つハーフエルフだ。昔は、細身の筋肉質な男だったが、歳のせいか今は横幅が広がりドワーフ族に近い容姿をしている。
「その方は、娘を二人も持ったせいか随分大人しくなったな。お主があの娘っこの父とは信じられぬ。どこから攫ってきたのだ?」
「何を言うボルトス。ユステアと俺の子だ、可愛いく美しいのは当然であろう」
「お主の遺伝は一割もないな。ユステア殿の血が濃くて何よりだわい」
俺の娘達の事を良く言ってくれるのは良いが、相変わらず口が悪い。こいつはドワーフの血が濃すぎだな。
「ディオスよ、ワイヴァーン飛行騎兵が全機戻ったぞ。この船の上は問題ないようだ」
「おお、思ったより早かったな。まぁ、短命種の人属の練度で我らに敵う筈もないが、それにしても幸先が良い」
「うむ、五百年以上もこの海を守ってきた猛者揃いであるからな。王都のひよっこ近衛騎士もさぞ驚いたであろうよ」
洋上戦において、制空権の確保は何よりも優先される。例え大型軍艦が押し寄せようと、空を制してしまえば遥か高みから魔導爆裂弾を落とせば容易に沈められるのだ。この船の上から攻撃を受ける事態は避けられた。
今度はこちらから打って出るのもありか……。
「ボルトス、オデッセイまでは問題なさそうか?」
「そうだな、今のところは奴等の飛行部隊は相手にならぬ故、問題なかろう。目の前の幽霊船団が厄介であろうな。制空権を維持している間に動きを止めたい」
「確かに……あの瘴気を断つ力を持つものはまだ我が国では少ない。ボルトス、我に一騎ワイヴァーンを用意してくれ。王都から連れた近衛騎士も騎兵団に同乗させこの場で沈めよう」
「自ら出るかディオス。ふむ、ここにいてもその方の力を持て余すしな。では、お主の力を借りよう。おいっ! ディオスを格納庫へ案内しろ!」
ボルトスの言葉を聞いた騎士がワイヴァーンの格納庫まで案内してくれた。何十年も過ごした船だ。正直、案内がなくても辿り着けるんだがな。
「ここのワイヴァーンは、なかなか良い色艶をしているな。さっきまでの戦闘の疲れを見せぬとは。良い調教をしておるのだな」
「ディオス様、お褒め頂きありがとうございます。実は先ほどの戦闘で数匹負傷しております。ですが、空から突如光が降り注ぎまして、ワイヴァーンの傷だけでなく、穴が空いた翼まで治ってしまったのです。我等とこのワイヴァーン達は、天空神ユーピテアの祝福を得たようでした」
「なるほど、そうであったか。どうやら天空神は我等に付いたようであるな」
天から光が降り注ぎ全回復……恐ろしい力だ。古傷まで治す力はユステアでも可能だが、破れた翼まで治すなんて事は聞いたことがない……。興奮した面持ちで語る騎士が嘯いているようには見えない。
この奇跡を起こせる人物……ふぅ……。
我の娘は際限がないな。幼いながらに奇跡を起こし続ける娘達に、堪らなく嬉しくなり心が躍ってしまった。
良い、良い。真っ直ぐ成長してくれよ。
「神は我等と共に有り! 行くぞ! 皆の者! アレサンディウェールのぼんくら共に侵攻して来たことを後悔させてやろうぞ!」
「おうっ!」
「エンリエータの風の如く! アーバルヴィシュアの猛き力で討ち滅ぼさん!」
格納庫内にワイヴァーンと騎士達の声が大きく響き渡る。ゴゴゴゴゴと頭上の扉が開かれ陽が差し込む。開かれた扉から、騎士を乗せたワイヴァーンが空高く飛び上がった。軍艦サント・ロワイヤルを真下に、遠くに見える幽霊船団の上空へ。
俺達が反撃してきた事を察知し、アレサンディウェールの船団もワイヴァーン騎兵を展開し始めた。幽霊船団の後ろに黒い点が幾つも見える。
「海の藻屑となって消え失せろ!」
ワイヴァーンの首を下げさせ、魔力が込めた大剣を横薙ぎに振り払う。
斬撃が空を切り、敵ワイヴァーン群へ迫る。
ズォォォッ!
巨大に膨れ上がった閃光が、黒い点を幾つも巻き込み海へ落ちていく。たて続けに放った斬撃が複数の軍艦に当たる。
バリバリバリッ! ドドドーン!
爆裂音が洋上に響き渡る。ふむ、どうやら防御壁諸共突き破ったようだ。後方の船団から火の手が上がっているのが確認できた。想定していた以上に奴等は脆いではないか。勝機を見出した俺は、後ろから続く騎士達に向かって号令を上げた。
「第一部隊、第二部隊は、幽霊船団を海に還せ! 第三、第四は我と共に後方の船団を叩く! 第五部隊は援護しながら負傷兵の回収を行え!」
当初は、幽霊船団の沈黙だけが目的だった。しかし、敵の動きが余りにもお粗末に感じ咄嗟に作戦を変更する。
ついでだ、後方にいると予想される主力艦隊を叩いて憂いを少なくしようではないか。ここで少しでも減らせれば……。
幽霊船には瘴気特攻を持つ近衛騎士団で十分壊滅させられるであろうからな。大精霊の祠の戦いで、彼らの実力が十分通用する事が確認出来ている。魂の無い抜け殻の群れ如きに一蹴できるであろう。
俺の判断に抜かりはない……。
幽霊船の上空を通過し、眼前に映る敵のワイヴァーン群を睨み見る。
空の敵はおよそ二百といったところか。こちらの戦力は五十……。圧倒的練度の違いからすれば戦力差は誤差だろう。久々の空中戦に自然と笑みが溢れる。
さぁ、どいつから行こうか。
「ウォォォッ! 続けー!」
全身に魔力を纏わせ、怒号と共に先頭に立ち待ち構える軍勢に飛び込んだ。
――敵艦隊から放たれる魔法と矢の攻撃、そして艦上に設置された魔導高射砲を交わしながら、敵ワイヴァーン飛行騎士の半数を海に叩き落とした。
第三部隊に命じたワイヴァーン格納庫と魔導高射砲への爆撃によって、対空防衛力と飛行騎士の援軍を止めることに成功。後続艦隊の半分以上の制空権を掌握した。
予想通り、奴らはこの戦いで新兵器を投入していた。
連射を可能とした魔導高射砲だ。通常は、多大な魔力を必要とするため、連続で発射するのは不可能と言われていた。原理は分からぬが、アレサンディウェールはそれを可能としたのだ。驚くことに、新兵器はそれだけに留まらず、艦首には魔法を反射する機能が備えられていた。
アレサンディウェールの王族は、懲りずに再び異世界の勇者供を召喚したのか。困った時の勇者頼みは相変わらずだ。
これだけではないだろう。まだ何か戦力を隠している。
歴戦で得た直感が、警告を鳴らす。
「負傷兵の回収は終わったか! 深追いは許さぬ、一時撤退するぞ!」
第五部隊の回収完了の合図を待ち、ひとまず幽霊船団がいた場所まで兵を下げた。近衛騎士団の奮闘は目覚ましかった。三十隻いた幽霊船はほとんどが海に戻り、洋上で浮かんでいる二隻も数分で沈没する寸前だった。
これほどまで成長していたか。ふむ、皆良くやったな。
沈み行く幽霊船団を横目に、全ての兵を引き連れサント・ロワイヤルへ帰還した。
司令室に戻ると、ボルトスがホクホク顔で迎えている。
「ご苦労だった、ディオス。まだまだ腕は衰えていないようだな。我々の出番はなさそうじゃないか」
「ボルトス、油断は出来ぬぞ。奴等は新兵器を二つも投入していた。まだ手の内は全て晒していないであろう、嫌な予感がするのだ」
「ほう、どうする。追撃するか?」
「いや、ワイヴァーン飛行騎士団の兵力をこれ以上失いたくない。サント・ロイヤルの分艦一隻では心許ない。既に奴等の船の半数は航行不能だ。このまま本国に戻り万全の体制で挑みたい」
この戦いで第三、第四部隊の半数のワイヴァーンを失った。幸いな事に操縦する騎士は誰一人脱落していない。第一、第二、第五部隊の損害は軽微だ。追っ手を振り払う戦力としては問題ない。サントヴリュッセル最強の軍艦とは言え、失ったワイヴァーンを潤沢に補充できるわけではない。一隻で収納できる数に限りがあるのだ。
敵の隠し兵器が判明するまで……慎重にならざるを得ない。
「うむ、その方の案を採用しよう。者共! オデッセイに帰還する! 急速前進!」
「急速前進!」
グォォォォォと、軍艦が音を立て速度を上げる。
「ボルトス、後は任せた。我は娘の様子を見てくる」
「王妃様にもその方から報告を頼む。我は王都に報告を飛ばしておく」
ボルトスの言葉に手を上げて合図し、司令室を出た。奴等の進軍はこれで大きく遅れを取るだろう。一先ず、この船の安全は確保出来たのだ。
「ふぅ」と大きく吐き、目に入れても痛くないほど愛らしい娘達が待つ部屋へと向かった。
――この日初めてベッドの上で船が揺れるのを体感した。
遠くで、船が波を切る音に混じって、ボンボンと聞きなれない音がする。ボイラーみたいな音ですね。
この船がそもそも不思議の塊なので、こういう日もあると思う事にした。
背中合わせで寝ていた自分とシャーリーだけど、いつの間にか向かい合わせで手を握り合って寝ていたようです。
うーん、シャーリーは王妃様に似て睫毛が長くて可愛いですね。
変な音のせいで目が覚めた自分は、しばらくシャーリーの顔を眺めながら彼女が起きるのを待った。
二人揃って起床し、お母様からプールで見たワイヴァーンの話を聞かせてもらう。
「この船には、ワイヴァーンに跨り空を駆ける騎士団が常駐していますのよ。アリシアちゃんが見たのは、ちょうど空の魔獣を討伐していたのかもしれませんね。船の上を守るのが彼らのお仕事ですの」
なるほど、ワイヴァーンの騎士は艦上戦闘機みたいな役割という訳か。航空戦力も備えているなんて、自分の国は結構近代的ですね!
「ドラゴンはのらないのですか?」
ワイヴァーンの騎兵がいるなら、ドラゴンに乗った騎兵もいるのではと思い、お母様に質問して見た。
「ワイヴァーンもドラゴン種ですのよ、アリシアちゃん。ドラゴンにはたくさんの種類がありますの。お空を飛べるドラゴンですと、上級ドラゴンのギガントドラゴン、超級ドラゴンのディアボロス、クリスタルドラゴンですわね。上級以上は適正がある人が少ないから、群れになって戦うには向いてませんのよ」
ほえー、空が飛べるドラゴンに乗るのに適正があるのか。ドラゴンライダーの称号とかスキルみたいなのがあるのかな。ちょっと憧れちゃいますね。
「グリフィンもおそらとべます」
「あら、アリシアちゃんはよく覚えてますのねー。ふふ、グリフィンもお空を飛べますけど、海の上では力が発揮できず向いてませんのよ。お空は飛べませんけど、海の中にはブルードラゴンとマリエントドラゴンがいますの。どちらも希少種ですからあまり見かけませんけど、とても強いですわよ」
お母様の話に感心していると、メリリアが一冊の本を持って現れた。メリリアからお母様が本を受け取ると、自分とシャーリーに微笑み本を広げる。
「こちらが、ブルードラゴンで、こちらがグリーンドラゴンですわ」
本の中には、一ページずつドラゴンを象った絵が描かれていた。お母様は一つ一つ指をさしドラゴンの特徴を語って聞かせてくれる。
マリエントドラゴンの絵を見て吹き出しそうになった。
ずんぐりしたお腹に、背びれ……大きな口にギザギザの歯……えーと、これ、クジラじゃない? この世界にもクジラがいるんだね。ドラゴン種に紛れているけど……。
下手に現代知識を披露してはまずいと思い、口を咄嗟に塞いで堪えた。
隣にいるシャーリーが不思議そうな顔をしていたが、気にしない……。
「むぅ? 皆でドラゴンの勉強か? おー、こいつはレッドドラゴンであるな。あいつの魔石はなかなか高く売れて小遣い稼ぎにちょうどよかった」
ここ数日見かけなかったお父様があご髭を触りながら、自分達の後ろから本を眺め見ていた。
「おとうさま、おしごとおつかれさまです!」
「うむ、いま戻った。其方達はお利口にしていたか?」
口の端を上げ微笑むお父様に振り向き、「おりこうにしてました!」と笑顔で返事をした。




