057:野営地の戦いで
土の盾の隙間からお父様が戦っている様子がチラチラと見える。
赤い色のオーラーを纏ったお父様がとにかく目立つ。次から次へと魔獣を斬り伏せていく勇ましい姿に見惚れてしまった。うちのお父様はとにかく強くて頼もしいのだ!
「お父様、頑張って!」と、心の中でエールを送った。
そんな熱い視線をお父様に向けていると、近衛騎士団が路の端に避けた魔獣の死骸達から黒い物体が飛び上がった。
「あっ! うしろ!」
と、思わず声がでる。
自分の小さい声が届くはずもなく、飛び出した黒い物体がお父様の背中目掛けて襲い掛かった。
シュパッ!
襲いかかる黒い物体の動きが斬撃の音と同時に停止すると、ドサッ! と黒い物体が左右に別れ地面に落ちる。その向こうにお父様の背中が見えた。
この程度の不意打ちは、お父様からすればどうとでもなる事なのだろう。切り捨てた黒い物体に目もくれず、前にいる魔獣と戦っていた。
はぁっと息を吐き、胸を撫で降ろす。
「奥に進めそうですわね。ゆっくり前進しましょう」
お母様が土の盾をかき消し、前を行くお父様達と距離を取るようにして歩きだした。その足取りは家にいる様子と変わらず余裕すら見える。自分の両親は、どれだけ修羅場をくぐってきたのか……うじゃうじゃ魔獣が群がってきても平然としていた。
さっきまでお父様達が戦っていた場所に差し掛かると、眼下には、魔獣の死骸が見える。その中にキラッと小さい光が見え、目を細めながら視線を向けた。
「メリリア、あっちになにかひかるものがあるよ」
メリリアに耳打ちすると、軽く頷いてリリアに見てくるように指示を出した。
「魔石でございます、アリシア様。騎士達が回収を忘れたのでしょう」
リリアが魔石を手に乗せて見せてくれる。お母様から持たされた大きく透き通った魔石に比べて、手に取った魔石は赤黒く鈍い色をしていてとても小さい。魔石の中の魔力は、直ぐに消えてしまいそうなくらい少なく感じた。
「まりょく、すくない?」
「アリシア、わたくしにもみせてくださいな」
身を乗り出して魔石を覗き込むシャーリー。そのまま魔石を手渡すと、無邪気な笑顔を自分に向け、まじまじと観察し始めた。あの笑顔を向けられたら、見せないとか意地悪なんてできませんね。シャーリーは本当に可愛い!
「ほんとうにまりょくがすくないですわ。それにしてもー、きたなくてやっせっぽっちなませきですわね。どうしてかしら?」
魔石を眺めていたシャーリーが疑問を口にする。
「こちらの魔石は、魔獣の魔力が体内に溜まり固まった物でございます。魔獣が食べた物に影響して魔力が混ざり合い淀んでしまったと考えられます」
「とてもちいさいです」
「アリシア様が見つけた魔石は若い魔獣の物ですので、体内で蓄えられた時間が短かったせいでございます。長く生きる魔獣ほど、大きな魔石を持っております」
身体の中に魔石が生成されるって事か……腰に紐で結ばれた大きな魔石の入った袋に視線を向ける。これだけ大きい魔石だと、どんな魔獣だったのだろうか。きっと物凄く強くて大きいはずだ、思わず唾を飲み込み想像するのをやめた。
「ディオスも気付いているとは思いますけど、少しこの祠はおかしいですわね」
「私もいくつかのダンジョンに討伐に同行しましたが、奥深くに進んでも魔獣が若いのは初めてですわ」
お母様と王妃様が、自らの経験談からこの祠で感じた疑問について話し合っている。おっとりした話し方だけど、緊張感を漂わせた。
それよりも、王女様もダンジョンに行った事があると耳にして、そちらに興味が沸いてしまった。さっきの魔獣との戦いでも、補助魔法だけじゃなく氷の魔法とか援護射撃もしていたし、戦闘力高めな王女様かもしれないです。
「ユステア様。ディオス様より伝言でございます。この先より、悪意の瘴気が微量ながら察知されました。一時休息し戦力を整えてから進軍いたします。王女様方にはこの付近で休息いただき、報告あるまで待機をお願いします」
「ご苦労ですわ。言伝確かに受け取りました。ディオスに伝えてくださいな。私達の予感は間違いではなかったようですわね。王女様、私達はこちらで様子がわかるまで休息いたしましょう」
「そうですわね。子供達もお腹が空いていると思いますし、丁度よいと思いますわ」
伝令係の騎士は胸に手を当てて啓礼すると、直ぐにお父様達の下へ駆け出していった。
「メリリア、こちらで休息いたしますわ。準備はよろしいかしら」
「はい、あちらに結界を張り軽食をご用意いたしました。シャルロット様とアリシア様の着替え場所へご案内いたします」
メリリアの後ろを見ると、リリアと護衛騎士のロアーナとレイチェルがテーブルやテントを設置していた。
テントと幕は、何となくそれらしい大きい荷物を背負っていたのでわかるけど……テーブルの上にカップやお皿の割れ物まであるのですが。野営は数回経験があるので、驚きはしませんけど、相変わらず用意が良いようです。
「シャルロット王女様、アリシア様はこちらでお召し代えいたします」
幕で囲われた一角に入ると、柔らかそうな絨毯が敷かれていた。ごろんと横にされ、いつも通りにおむつを二人並んで替えてもらった。
「アリシアちゃん、すこし疲れたでしょう。お母さんのお乳をいっぱいのんでお昼寝しましょうね」
朝早くに出発して、一度眠ったのでそこまで眠くはないけど、お母様のお乳を吸っていると自然と瞼が落ちて眠ってしまった。
こんな魔獣の出る場所なのに、何度も眠れてしまう自分が正直怖いです。
――遠くからドドドドドドと音が聞こえ、身体が小刻みに揺れた。お母様やメリリアにやってもらっているゆり籠より上下の揺れが小刻みだ。
新しいあやし方でも研究されているのかな? 個人的には、地震を彷彿させるのであまりこの揺れは好きではないですね。
「奥様、間もなくこちらに瘴気の波が衝突いたします」
「不測の事態に備えて、障壁を三重にしてください。私もこの付近に覆っておきますわ。それと護衛達には例の加護を付与いたします。外に待機させてくださいな」
話し声にぼんやりとした意識で耳を傾けていると、全身で感じていた温かさが無くなってしまった。ちょっとした変化に身体は敏感に反応し、薄っすらと目を開け周囲の様子を伺った。
ボヤけた目は人影を捉える。自分の側から離れて幕の外に出て行った。その様子を追う自分は、無性に寂しさを覚え、喉が熱くなる。お母様、置いて行かないで……あの人影はきっとお母様だよね。
そう確信した瞬間、涙が溢れ泣きたくなってしまった。
泣く。このままだと泣いてしまう! 止められない!
泣くのを堪えようとして我慢していると、口がへの字になってきているのが分かった。あぁ、もうダメかも……。
「あらあら、これでどうでしょう」
お母様に似た優しい声が聞こえ、お乳の匂いがする何かに身体包まれた。ハァァ……誰かは分からないけど、ひと肌の温もりだ。お母様とは違うけど、火照った身体が落ち着いていきます。
目尻から涙がぽろりと零れる。
「おかあ……さま……」
そう呟いて再び眠りに落ちた。
――水を弾く音が聞こえてくる。
ビシャッ!
バシャッ!
ドバッ、ドチャッ!
水溜りを駆け回るような音で、意識が戻る。幕の外から離れた場所からその音が聞こえ、お姉様やロアーナ達の声がした。
「こちらは片付きました! サーシャ援護します!」
「ここは通しません! 荒土神よ力を! グリエンブースト」
ドゴンッ!
鈍い音と振動で身体が一瞬中に浮く。もう少し惰眠を貪りたい気持ちだったが、流石にこの振動で、目がぱっちりと開いた。
そうだ、ここはまだ祠の中。結界を貼ってくれているとはいえ、魔獣が襲ってくる状況なのだ。あまりに快適な環境だったので、すっかり忘れてた。
状況を確認しなくてはと思い、身体を起こす。支えようと伸ばした手が柔らかい何かに触れ、そのまま態勢を崩して倒れ込んでしまった。
むにむに。
むにむに。
この柔らかな感触は……もしやと思い、倒れ伏したまま視線を上に向けると、アンヌ王妃様の顔があった。王妃様と目が合う。まさか、隣にいる方が王女様とは思わず、なんて不敬な事をと焦る。
すぐに身体をどかさないと、膝に力を入れて立ち上がろうと踏ん張った。
「うーん! うーん!」
必死に立ち上がろうとしたが、背中に何か重い物を感じて身動きが取れない。踏ん張りすぎて、顔に血が昇ってきている。
あぁ、でも良い匂い。
「アリシア、このまま側にいてくださいな。外はまだ魔獣と戦って危ないですわ」
王妃様は身体を少し起こすと、そのまま自分を片腕で抱き上げ膝の上に乗せてくれた。隣には同じように抱えられたシャーリーがいる。まだ、眠たいのか目を擦りながら視線が定まっていない。
「シャルロット、アリシア。よく眠れましたか? お腹がすいたでしょう、こちらをお飲みなさい」
目の前には、白くて綺麗な肌にピンクのボッチが見える。条件反射で、そのままボッチに向かってかぶり付き、口の中いっぱいにお乳を含んでしまった。
「んっ、はぁっ……二人とも元気ですこと」
おっ、王妃様のお乳を吸っちゃった。
これは、もっといけない事をしてしまったと感じ、身体を離そうと試みる。しかし、王妃様にがっちりホールドされておっぱいから離れられなかった。
グレイオスとお乳争いをした事まで思い出し、隣にいるシャーリーが怒っているのではないかと焦りを覚える。
すると、シャーリーの手が伸びてきて自分の手をキュッと握ってきた。
あぁ、これは離れろという合図かなと思い、彼女に視線を向けると、こちらをジッと見つめていた。掴まれた手が、シャーリーによって王妃様の胸の中心に当てる。
シャーリーはその手に視線を向けると、再びこちらに視線を向けてお乳を吸いながら笑顔を見せた。
このまま王妃様のお乳を吸い続けて良いものか不安に思ったが、シャーリーは自分の意思を察してか首を縦に振ってみせる。
王妃様とシャーリーの好意を無下にはできないですね。二人の優しさに甘え、王妃様のお乳をお腹いっぱいになるまで吸い続けた。
幕の外では相変わらずバシャバシャと音をたて、お母様達の声が聞こえてくる。徐々に水溜りを蹴る音が少なくなってきた。それでも、金属同士がぶつかる音や魔法が炸裂する音は減らない。
大物の魔獣と戦っているのか、時々、地面が揺れるほど大きな爆発音がする。
お母様やお姉様、メリリア達は無事なのか心配だ。こんな状況で、王妃様のお乳を飲んでいる自分を見て焦りを感じた。
「もうすぐ皆さんが戻ってきますわ。貴女達の出番まで大人しくしてましょうね」
王妃様に頭を撫でて、安心させようとしてくれている。その手はとても温かく、はやる気持ちを落ち着かせてくれた。
――しばらく経って、騒々しい音が聞こえなくなり、泥濘んだ地面を踏む音だけが聞こえてくる。
パシャパシャと軽い足取りの音が自分達のいる場所に近づいてきた。
「アリシアちゃん、おはよう。ちゃんと眠れたかしら?」
幕の間からお母様の姿が見え、勝手に涙が溢れてくる。
「おかあさま!」
自分の身体を固定してくれていた王妃様の腕から力が抜け、身体を捩って立ち上がった。ふらふらと覚束ない足でお母様に駆け寄る。
「あっ!」
地面の凹みに足が取られ、つんのめり顔からダイブ……と、思ったらお母様が身体を引き上げ抱えてくれた。
「アリシアちゃんはお転婆さんですねー。悪い魔獣は全部やっつけましたの、もう安心ですわ」
「おかあさま、おかあさま……ごめんなさい」
お母様達が戦ってくれているのに、寂しがって泣きそうになった自分を恥ずかしく思った。おまけに王妃様に面倒を見てもらい、お乳まで飲ませてもらったのだ。
子供ながらに罪悪感を感じ、謝罪の言葉が何度も口から出てくる。
「お母さんの方こそ、ごめんなさいね」
お母様に謝らせてしまい、さらに感情が制御出来なくなりぎゃん泣きする自分。
そんな自分をお母様はただただ黙って背中をさすってあやしてくれた。




