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056:デラサビアの祠

 軍艦サント・ロワイヤルでの洋上生活も五日が過ぎた。

 お父様が言うには、大精霊の待つ島デラサビアまであと二日で到着するそうで、予定通りに海を渡っている。


 自分達は当初の目的はすっかり頭に無く、今日もお姉様とシャーリーの三人でプール遊びを満喫している。初日のような水面にダイブする遊びも落ち着いて、今では誰が一番潜れるかを競争する遊びや水のかけあいが中心だ。


 一通り遊んだ後は、メリリア達が用意してくれたよく冷えたジュースやお菓子をプールサイドの日陰でいただきながらお昼寝です。泳ぐ事もなく、純粋に水遊び……なかなか楽しいじゃないですか。


 心地よい疲労感を感じながら、甘いお菓子を頬張りお姉様とシャーリーを眺め見る。


 最初は女児用水着を着る事に抵抗を感じたんだよな。水滴をポタポタと垂らしているシャーリーの水着姿を見ながら感慨にふける。傍から見れば、自分もシャーリーと同じように見えているのだ。


 今は何の抵抗もなく女児用水着を着てきゃあきゃあ言いながら遊んでいる。ワンピースタイプの水着なので、水に濡れるとピッタっと身体に張り付いてきて、締め付けられる感じに戸惑ったけど、慣れると意外と快適に感じた。遊びに夢中になって、お尻に水着が食い込んで半ケツになる事もあったけど……お構いなしだ。


 このワンピース水着がなかなか曲者で、おしっこをするのが大変。おむつのように、どこでも排泄するわけにいかず、一度脱がないといけないのだが……尿意を感じてメリリア達を呼んでもほぼ間に合わない。漏らしても水でさっと流して何事もないように振舞ってメイドさん達。恥ずかしいけど、致し方ないだ。


「水の神エノシガウスの名において、清らかなる水を与え給へ」


 プールの中で何度か致した時は、すかさずメリリア達が駆けつけ水面に手を入れて浄化魔法で綺麗にしてくれた。水の中で致すのは……いけない事なんだけど、めちゃくちゃ解放感があって癖になりそうです。


 しっかりと夏を満喫して、デラサビア島から少し離れた場所に到着。お父様や近衛騎士団がまず島へ上陸を始めた。


「皆さん、ディオスから上陸許可がでましたのでいきますわよ」


 ヤシの木のような木々が生い茂る誰も住んでいなさそうな小さな島が眼前に映る。ぱっと見の大きさは江の島くらいだ。一日もあれば探索が終わりそうな規模です。


「エルステア、アリシアちゃん。ここから先は危険が伴います、お母さんから離れないように付いてくるのですよ。よろしいですか?」

「はい、お母様。アリシアちゃんの守りは任せてください!」


 胸を張って自分に笑顔を向けるお姉様。学院に通うようになってから、さらに力を付けたのか自信が溢れているように見えます。


 遠くから見た島の印象と変らず、鬱蒼と木々が生い茂る島の中を進んでいく。既にお父様達が道を切り開いてくれていたおかげで、迷う事なく合流できた。


「無事についたようだな。海の大精霊が指定した神殿に通ずる道はこの祠の奥にある。今日はここで一泊し、早朝から進んで行く」


 お父様の示す先には、白い石柱で囲われた祠が見える。灯りがないので中までは見えないが、この奥に以前会った大精霊様と同じ気配を感じた。あと時みたいにお姉様と二人だけにされるような、怖い思いをしないで済むといいのだけど……。


 真っ暗な祠の中から視線を外せない自分に、お姉様は後ろから抱きしめる。


「大丈夫ですよ、アリシアちゃん。お姉ちゃんに任せてくださいな」


 優しい温もりに身体が包まれ不安な気持ちが薄れていく。そうだよね、お姉様と一緒なら乗り越えられる。回された腕に手を添えて、お姉様の肌の温もりに頬を寄せた。


「だいじょうぶ。ちゃんとたねをもってかえってくる」

「ええ、ユグドラシルを一緒に復活させましょうね」


 ――祠周辺に陣を張り、夜を明かす。斥候の部隊が既に内部の中腹まで探索を進めているそうだ。今のところ障害になる罠や魔獣は出てきていないそうで、朝方には神殿までの道はクリアになるようです。


「祠の内部だが、やはり人が踏み入れぬ場所故、魔獣の数が多いようだな。陣地の周辺にユステアの結界と認識阻害の魔法で防御は問題なかろう。ここらあたりの魔獣であれば危険はなさそうだ」


 夕食の席で、お父様が安全面についての説明を語って聞かせてくれる。幕で覆われた席の向こう側では、騎士の人達が忙しそうにガシャガシャ鎧の音を立てていて、少し物々しいんだけど……。


「今回の探索は、サントブリュッセルの国そのものに関わる内容でもある。明日は、王妃と王女も同伴していただく。エルステア、王女の護衛は任せるぞ」

「はい、お父様。大精霊様とは一度お会いしておりますので、多少勝手は理解しております。前回の出来事を踏まえて王女様に後ほどご説明したく思います」

「うむ。森の大精霊とは多少勝手は違うだろうが、知っておく方が良いだろう」

「シャルロット様、後ほどお伺いさせていただきますね」


 お父様とお姉様の会話を聞いて、少し表情が硬くなっているシャーリーだったが、お姉様の目を見て軽く頷いた。あの時、蔓の中に閉じ込められてお漏らしした話が出たら大変だ……自分もその話に加わりたいと付け加えておいた。


 うっかりシャーリーの耳に入ったら、顔向けできなくなってしまう……。


 明日の事もあり、いつもの寝る前の母乳タイム無しに三人でひとつのベッドで眠る事になった。


「まぁ、そんなおそろしいことがあったのですね。だいせいれいさまひどいですわ」


 遺跡で突然みんなが眠ってしまった事や、蔓掴まって攫われた事など、お姉様は一部始終順を追ってシャーリーに語って聞かせた。自分の粗相の件には一切触れられなかったので、自分の監視の役目は終わりだ。ホッとして気が緩んだのか、二人の会話を聞きながら先に眠りに落ちた。


 ――翌朝、まだ陽が昇る前にお父様と近衛騎士団の一部が先行して祠に入って行く。


 お母様、王妃様を含む子供部隊は後発で進み、リフィアとリリア、一部護衛達は祠前で待機する事になった。


 祠の中は、相変わらず真っ暗で先が見えない……時々、うぉー、わぁーと言った声が聞こえてきて背筋がゾッとした。


「エルフェスデュールよ、希望の光で我等の道を照らし球へ」


 お母様が光の神様に祈ると、その手に握られた銀色に輝く杖からポッと光が現れる。光の球は自分達の足元を照らすだけでなく、祠の奥まで明かりが灯された。この魔法があれば、夜におしっこしたくなってもひとりでおトイレにいけそうですね。でも、自分の屋敷には光の眷属のニーフがいるから、あの子が一緒なら四六時中明るいから不要かな。


 ニーフが付いてこれたら良かったね。行動範囲が限られた精霊独自のルールだからしかたない。


「アリシアちゃん、考え事をしながら歩くと躓いちゃいますよ。お手々繋いでいきましょうね」

「わっ、わたくしは、アリシアのてをにぎっていきますの」


 お母様にお姉様、王妃様にシャーリー、そしてメイド達に護衛騎士。いつも側にいる人達のおかげで、これから大精霊様に会いに行くというのに緊張感が自分にはない。シャーリーの手を握り返すと、彼女は緊張で震えているように感じる。生まれてこの方、何度も怖い思いをしているせいか、同じ年頃なのに肝が据わってしまった?


 中身におっさんが混じっているせいで、単純に図太いだけかもしれないけど……。この小さい身体になってから、正直、自分の精神年齢はかなり下がっているような気がする。不思議なものだなぁ。


「あら、騒がしくて上に昇ってきちゃったのかしら。そーれっ!」


 祠内部の三叉路に着いたところで、お母様が風の魔法を片方の道に向かって放つ。風の刃が無数に暗い道へと吸い込まれると、奥の方からギョアーっと複数の悍しく不気味な声が響いた。


 暗すぎて声の主は見えないけど、なんか気持ち悪い感じだ。


「お母様、あの奥に魔獣がいたのですか?」

「この祠は海が近いので、海洋系の魔獣が棲息しているようですわ。あの声から察するに、マーリンもしくはマーリンストーカーですわね。あちらに魔獣がいるという事は、ディオス達はこちらの道へ進んだと思いますわ」


 この祠の内部には、他にも魔獣がいるようです。水陸両用の爬虫類のような身体で武器を持って襲ってくるマーリン系、何でも溶かしてしまうベトベトしたハードスライム、鋭い毒の牙と翼を持ったマッドニパー。どれも、獰猛な魔獣らしく、多種族の血肉はご馳走らしい。


 お父様達が進行方向を一掃して進んでいるけど、油断するとガブッと食べられてしまう。お母様の話を聞いて、先ほどまでの緩い気持ちが正され、大人の側から離れないように歩くようになった。


 自分、食べても美味しくないですよ……襲ってこないでね……。


 ――薄暗い祠の中を進む事、およそ三十分。流石に小さい身体では歩くのが辛くなり、お母様に抱っこしてもらった。こうして密着していれば、横から突然襲われてもお母様がサクッと倒してくれるはずです。


 抱きついて移動しているとお母様の温もりが何とも心地良い。こんな場所なのに眠気に抗えず、そのまま眠りに落ちてしまった。


「あら、アリシアちゃんが眠ってしまいましたわ。こんな場所でも眠れちゃうなんて、将来が楽しみですわ」

「シャルロット、貴方も眠って良いのですよ。まだ最深部に着くには時間がかかりますから。アリシア様のようにお眠りなさいませ」


 お母様と王妃様の話し声が途切れ途切れの意識の中、子守唄のように聞こえる。シャーリーも一緒に寝ましょう……まだ冒険は始まったばかりなのです。


 そんな事を思っていたら、完全に意識が途切れた。


「ユステア! そこで王女をお護りするのだ! こちらに来てはならん!」


 お父様の大きな声で、一瞬で目が覚めお母様の肩から身体を起こし振り向いた。


 寝起きで視界がハッキリしないが、ドス黒い影と赤くギラつく光が見える。それも一つや二つでは無い……自分の視界に無数に赤い光が見えるのだ。その光はどれも殺意が込められていてゾッと背筋が凍った。


「クローフェニアよ、堅牢なる盾で我等を護り給へ! アブディストディルゴアーナ!」


 お母様の杖が瞬くと、自分達の目の前に分厚い石壁が現れる。壁の向こうでは、先行した近衛騎士団と魔獣の叫び声が聞こえてきた。


「ユステア様、彼等に加護を与えます。火の神アーバルヴィシュア、風の神エンリエータよ、我等の友に猛き力と疾風の力をあたえ給へ! グリエンドゥーア!」

「お前達! 王女より王家の加護を賜った! 一気に押し返すぞ!」


 お父様の大きな声に、「オォォッ!」と声が祠の中に響き渡る。


「お母様、私は皆さんに癒しを与えますの! 最上神ハルヴェスマールよ、勇敢な友の傷を癒し給へ! アプティストエルキューエ!」


 壮絶な戦いがこの先で行われている……お母様と王妃様、お姉様が土の魔法で作られた壁越しから支援魔法と遠距離魔法で援護し始めた。


 ここは自分も援護に周らないと!


 武装すれば役に立てると思い、ふんふんと鼻息を荒くし前に出ようとしたが、メリリアにガシッと肩を掴まれ、そのままシャーリーと一緒に腕の中に引き寄せられてしまった。


「アリシア様、まだ戦に出るには早すぎます。しっかり、旦那様と奥様の戦いを見て学ばれるとよいでしょう」

「あなた、いがいとむぼうですのね。いがいですの」


 呆れた顔で自分を見るシャーリー。メリリアはにこりと微笑んでくれているが、目がマジだ。


 子供の出る幕ではない……。


 という無言の圧力を感じた自分は、大人しくお父様達へ視線を向けた。

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