宝来楓の一日1
私の一日は、日の出と共に始まる。
布団の外は、薄手の寝衣一枚では肌寒い。
椅子に掛けてあった上着を羽織り、まだ薄暗い縁側を歩く。
ガラス戸の外に見える中庭は、朝日に照らされて幻想的に輝いている。
「おはようございます、お嬢様。朝食はいかがなさいますか?」
僅かな時間見とれていると、声を掛けられた。
振り向くと、和装を身に纏う高齢の女性。
彼女は、住み込みで家事を熟す家政婦の一人だ。
「おはようございます。準備を済ませたら参ります」
「畏まりました」
「昨夜、お父様は?」
「榊様なら昨夜は、お帰りにならなかったようです」
「そうですか」
慣れた所作で恭しく頭を下げると、奥の部屋へと下がっていった。
父、宝来榊は、仕事人間だ。
この町を取り仕切る為に奔走し、滅多に家に帰ってくることはない。
それが寂しいというわけではないが、少しは自分の身体を顧みてもらいたいと私は思うのだ。
気持ちを切り替えるように、私は脱衣場へと向かった。
温水を頭から浴び、丁寧に身を清めながら意識を覚醒させる。
――今日の予定は……そうでした。“彼”は身だしなみを正したのでしょうか?
桜花藤四郎。
彼は、校内でも特に厄介な男だった。
よろしくない噂の数々は、彼の家柄もあるのだろう。
その所為か、教師達も遠巻きに見守るに留まっている。
その実、彼は取り立てて素行が悪いわけではない。
強いて言うならば、そのだらしのない身だしなみくらいのものだ。
そこさえ正せば、多少なりとも周囲の視線も変わってくる筈だ。
何故そこを直さないのか、私には理解できなかった。
――彼のような人は、一度では駄目かもしれませんね。念を押しておきましょう。
浴室の鏡に移る自分自身に言い聞かせるように考えを巡らす。
鏡の中から緋色の瞳が見つめ返してくる。
なんて冷たい色なのだろう。
私が他人とは違う何かだと、得体の知れない何かの血が流れていると実感する。
天使の末裔。
幼い頃から言われ続け、常に好奇の視線に晒されて生きてきた。
勿論、慕ってくれている人間も周りには多くいる。
ただそれは、この土地に根強く残る因習によるものだ。
この特異な容姿は、私にとって呪いなのだ。
周りの人間に隙を見せないように着飾り、今日もこうして朝から身だしなみを整える。
――桜花藤四郎。
あの男は、そんな私とは相容れない男だった。
周りの噂や視線などものともしない。
それを顧みる様子も見られない。
そんな態度にいつしか目を惹かれ、胸の内に苛立ちを覚えた。
送迎の車から降り、学園に着いた私は桜花藤四郎の所属する二年B組へと向かった。
朝の授業前のこの時間、校内は生徒達の声で溢れていた。
「失礼します。桜花藤四郎は居ますか?」
教室のドアを開け、近くの席に座っていた男子に尋ねた。
「あれ、宝来さん? 桜花君ならまだ学校に来てないけれど……」
そう答えた小柄な男子。
彼は確か桜花藤四郎と仲の良い生徒だ。
「そうですか。でしたら次の休憩時間に出直すとします」
次の休憩時間。
教室に彼の姿は見当たらない。
そして、また次の休憩時間も登校していなかった。
なんてだらしのない男なのでしょう。
「桜花藤四郎ぅ……」
何度も足を運ぶ私に、小柄な男子、緑川春彦が気まずそうな顔をしていた。
どうにか彼を捕まえることが叶ったのは、昼休みも終わろうという頃だった。




