24 切掛
六月十二日・木曜日。
酒屋〈こおりやま〉。
出勤してからすぐに小夜がやって来て、酒を一つ選んでいるのを見ながら、「結構頻繁に酒盛りとかするんだなあ」と考えていると、三郎が「昔なじみに呼ばれたから会ってくる」と言って店の留守番を頼んで出ていってしまった。
「あの店長も自由人だな」
小夜が言う。
「あはは! ですね! でも、オヤジさんが自由人なおかげで俺も結構好き放題にさせてもらってるんですから、感謝ですよねっ!」
守道は言って、笑った。
「これをくれ」
「はいっ!」
会計を済ませる。
「また来るよ。……そうだ、週末予定あるかな」
「はいっ、あります! けど、なんで?」
「あるならいいんだ。すまなかったね、変なことを聞いてね」
「またのご来店をお待ちしてます!」
小夜はヒラヒラと手を振り車に戻っていきながら、「私は何を誘おうとしていたんだ」と自分でも先ほどの言葉が分からなくて、首を傾げた。
それからしばらくして、車を発進させた。
「週末かあ。あともう少しだなあ」
道行く通行人が、煙草の箱を持っている。それを頬杖をついて眺めながら、「煙草ってうまいのかな」と呟いた。
ぼけーっとしていると、「たすけて!」と声が聞こえたので、その方に行ってみると、どうやら町中の魚市場で、顔面にタコが張り付いている女がいる。
個人的には生まれて初めてこういうSOSで唯一めちゃくちゃ面白かったが、窒息死すると言われればそれはそうなので、救出。
「いや……! ほんっっとうにありがとう!!」
「いやあ、ずいぶんと活きのいいタコですね! こんなに元気なタコ、初めて見ましたっ」
「なんてったって南三陸!」
女の名は久保理恵というらしい。
魚屋〈海辺〉の店員で、店長の娘なのでそれなりの権力があるらしく、そのあらわれとして「助けてくれたお礼」と言って、タコを寄越してくれた。
「こんなにいいタコをタダでいいんですか!? えーっ、ありがたいなあ。じゃあ、そうだなあ、他にもいくつか買っていこうかなっ」
「うおっしゃアアッッッ! まァいどありイイッッッ!!」
「喜びすぎ喜びすぎ。ああっ、タコが」
理恵の顔に張り付いたタコを引き剥がしてみる。
そういう事をしてから、いくつかの魚を購入して、そういえばまだ仕事中だと思い出して、「じゃあうちで一時的に預かっておくよ」と理恵が言ったほとんど同時に、男が店にやってきた。
「あっ、裕之!」
「長門すか」
「うちの弟」
守道がニパッと笑って「どうもこんにちは!」と言うと、裕之はじとっと守道を睨みつけて、店の奥に戻っていった。
「ごめんなさいね、あいつちょっと陰キャラで」
「えーっ? 俺の素もあんなんっす」
「うっそぉ。マジぃ? 友達なれんじゃね?」
「ガチすか。なっちゃおっかな〜」
「仕事はいいの?」
「はい」
「はいじゃなしに」
守道は裕之を追ってみた。
どうやら二階は居住空間になっているらしい。その部屋の一室に、裕之の部屋はあった。
「こんにちは〜! 裕之さんいますか!」
「な、なんで来てんだお前……」
裕之はめちゃくちゃ驚いていた。
「友達になりにきました! いやあ、今日天気いいですねっ! お仕事に行ってたんですか? 俺の仕事といえば、酒屋のアルバイトですけど。裕之さんお酒飲みます?」
「…………」
なんだこいつ、という目で守道を見る。
「お魚に合うお酒と言ったら、まず……」
「お前マジで怖いな」
言う。
「え? なんで〜?」
「勝手に入ってくんなや」
「失礼します!」
守道はそう言って部屋にグイグイ進もうとするので、裕之は「ダメダメダメダメダメダメ」と慌てて押し返す。
「失礼! します!」
裕之の部屋の中に守道がログインした。
「頭がハチャメチャにイカれとる」
「イカだけに〜」
「やかましいわ」
数日前の「頭に血がのぼった状態」が徐々に収まりかけていると、こういう奇行に走りやすくなってしまう。
守道はしばらくして、本棚に大量のオカルトチックな文言の書かれたファイルがあることに気がついた。
「しつもーん。これなに!」
「お前には関係ない」
「オカルトゥ〜」
「オカルトゥじゃなしに。お前、何が目的かだけ言え」
「友達になりに来ました!」
「狂ってる」
「イカだけに〜」
「俺いま、狂ってるって言ったよな? ……これを見てもそう言えるか? オカルトマニアと友達になったっていいことなんか一つもないだろ。『気持ち悪くて』『ばかばかしい』趣味だろ」
「何言うてまんねん鶴は千年亀は万年ってね」
ファイルの一つを手に取ってみて、ぺらぺらと捲くる。
「俺趣味とかないから、こういう事に熱中できるのすごくかっこいいってマジでそれ思うよ。おたく、これ一人で調べたんでしょ。だったら誇ってもいいじゃない! 凄いことだよ、もう研究者だよ」
「な、何が目的なんだよお前……」
「君の友達になりに来た。友達になりたいと思ったもんね」
ぺらぺら……ぺらぺら……めくる。
そのうちの一文が目に入る。
〈感知能力の拡大〉




