1 出掛
身体がドロドロになって溶けてしまう夢をよく見る。
それだけならまだいいが、そういう夢を見た次の朝は、たいてい、布団に黒いシミがひろがっている。
「ウップス! また黒おもらししちゃった!」
「またぁ? お兄ちゃんここの所ずっとだよ。泌尿器科医行きなよ」
「それがおしっこじゃないんすよ。しかしこりゃ失敬!」
「ちゃんとしてよ、もう」
「へへ、悪い悪い」
平成二十六年・五月三日・土曜日。
天気は晴れ。布団を洗って物干し竿に掛けていると、郵便配達員のオートバイクの音が近づいてきた。
「大滝くん、速達です」
「あっ、もらいまーす」
「今日もやったの。泌尿器科医行きなさいよ」
「おしっこじゃねぇんですよ〜〜ん」
「ハハ」
どうやら速達で来た手紙は妹に宛てたものらしい。送り主は、「まぁ見ないほうがいいだろう」と思い、見なかった。
その手紙をそのまま妹に渡す。
「……。そういえば、お兄ちゃん。黒いおもらしとかしたあとって、その後に身体に異変はないんだよね?」
「ないなあ。あったら先に言ってるからねえ」
「だよね」
「うん。あっ! うそうそ。あったよ」
「えっ?」
「とーってもお腹空く」
大滝守道は笑って言った。妹・明子は一瞬きょとんとしたあとに、呆れたようにため息をついた。
「大事なことだよ〜?」
「はいはい、まったく。……呑気な人なんだもんなあ」
この男は、そういう男だった。
昔から緊張感というものはまったくなくて、いつも自分のペースで生きているような人間だった。
だから、よくバカにされるし、周囲には人がいない。唯一構うようなのも妹や時折挨拶をする郵便配達員のおっさんだけと来た。
「その手紙、誰から?」
「送り主とか、見れたでしょ」
「見ないでしょ。おしえて」
「ん~~〜〜…………秘密〜〜……」
「そっかあ。秘密かあ」
守道はにっこり笑って、「いいね」と言った。
「じゃあ俺、そろそろ行くね。明子もさ、家出る事あったら気をつけてな。最近物騒だから」
「お兄ちゃんよりは気をつけてるよ」
「それもそっか」
守道は明子に微笑みかけて、アルバイトに向かった。守道のアルバイト先は、市役所からほど近い所にある食堂〈こおりやま〉である。
ファティーグジャケットを羽織ってオートバイクに跨り、遠ざかっていく兄の姿を見送りながら、明子は手紙の封を切る。




