夏の終わり〜伝わらない思い
夏休みは長い。長くて濃い時間の積み重ねだ。
けれど、振り返ると、ほんの一瞬に思えることもある。
ただ、その一瞬でさえも、濃厚な香りを放って、若い時間を蝕んでいく。
意識を失くしていたのは、短い時間だったようだ。
気がつくと、リビングの床に横たわったオレを、真っ赤に泣き腫らした目をした母親と、青い顔をしたちい姉が覗き込んでいた。
「みずき?気がついた?まだ苦しい?」
そう言われて、意識したけど、どこもなんともなくて、あの息苦しさもなくなっていた。
「お母さん…ごめんなさい。もう大丈夫。ちゃんと息できる。ごめんなさい。」
母親の目から、ポロポロと涙がこぼれた。
「なんで謝るの。良かった。ホントに良かった。」
オレの額を撫でながら、何度も良かったと繰り返す。
その横から、父親が電話を握り締めたまま、オレを覗き込んできた。
「大丈夫なのか?救急車、呼ばなくて?」
言われて、ゆっくりと確かめるように息をしてみた。
大丈夫。普通に呼吸出来る。耳鳴りもしない。
ホッとして、今度はゆっくりと体を起こした。
これも、大丈夫。
少し体が重いけど、ちゃんと力が入るし、ソファに腰掛けることもできた。
「うん、大丈夫。ありがとう。お父さん。」
ドアが開いて、父親と同じように、スマホを握り締めたまち姉が入ってきた。
「良かった。すぐに症状治まったなら心配ないって、きらくんのお父さんが。」
「え、きらのお父さん?」
そうだ、希良の家は大きな病院で、お父さんは内科の医師をしている。
「うん、救急車呼んで大騒ぎするのはみーが嫌がると思って。きらくんのお家に電話して、連れて行っていいか聞いたんだけど、そうしてる間に、みーが落ち着いてきて、意識も戻ったから。」
「そうなんだ…みんな、ごめんなさい。」
ただただ、申し訳なくて、オレは小さくなって。謝るしかなかった。
「もういいから、みーはもう部屋に戻って、横になりなさい。お腹空いているなら、後で何か持って行くから。」
そう言われて、オレは自分の部屋に戻った。
少しの間、ボーッとしていたけど、ふと、机の上に置きっぱなしだったスマホを手に取った。
画面を見ると、電話とLINE、両方とも鬼着信だった。
『みずき!生きてる?今、父さんから聞いた。死んじゃダメだ!』
希良からだった。これには思わず「死なないって。」とツッコんでしまった。でも。
『みずき?大丈夫?今、きらから聞いた。たのむ、返事して!』
輝からの祈るような言葉には、胸が詰まった。
『みー、大丈夫か?きらから聞いた。頑張れ!』
『みー助、大丈夫だぞ!兄ちゃんたちがついてる!』
いち兄とたく兄からも、オレを心配して、無事を祈る言葉がスマホの画面が足りないくらいに、溢れていた。
オレはそのままスマホをを抱きしめて、布団に潜り込んで、声も立てずに泣いた。
オレは一体なんなんだ、と自分を責めた。
こんなにオレを心配して、愛してくれてる人たちがいるのに、その人たちにこんな思いをさせて、何やってるんだ、と。
情け無いやら、悲しいやら、悔しいやら、一番には嬉しいやらで、涙が止まらない。
『ごめん。もう大丈夫。ホントにごめん、心配かけて。』
そうとしか言えないから、それをコピぺして、みんなに送った。
次の瞬間。
『良かった。みずき、オレの方こそ、ごめん!』
一番はじめに来たのは輝からのメッセージ。
輝は何も悪くないのに、昼間のこともあって、責任を感じてるんだと思う。
『良かった。父さんから、大丈夫だって聞いてたけど、みずきの言葉聞いて、やっと安心した。』
希良、お父さんから聞いていたのに、それでも心配だったのか。
『みー、大丈夫なのか?良かった。』
『みー助、良かった!良く頑張った!』
いち兄からも、たく兄からも、安心したと言う言葉が立て続けに届いた。
『ありがとう、みんな、大好き。』
今は、そう返すのが精一杯だった。
次の日。
オレは母親に連れられて、希良のお父さんの病院に行った。
「ずいぶん久しぶりだね、瑞稀くん。背が伸びたなあ。ウチの希良と変わらないんじゃないか。」
希良のお父さん、内科の田宮先生は、希良と良く似た優しい笑顔で診察室に入ったオレを迎えてくれた。
「あ、いえ、まだまだきらの方が高いです。あの、昨日はありがとうございました。」
患者用の椅子に座る前に、そう言って、頭を下げた。
「いやいや、大したことなくて良かったね。しかし、相変わらず、しっかりしてるね。
そういうところは希良と大違いだな。」
希良の話をする時は父親の顔になるんだなと、オレはなんだか嬉しい気がした。
「話しを聞いて、私の方で診た感じでは、すぐに何か治療が必要とは思わないんですが。
心電図にも特に問題はなかったので。
ただ、こういう過呼吸の発作とかは、ストレスが原因な場合が多いので、前にも、ウチの診療内科を受けたことありますし、今日、これからちょっと寄って行ったらどうかと。」
そこまで、母親に向かって話したあと、オレの方を見て、希良と同じ笑顔でにっこり笑いかけられた。
「どうかな?話し出来そうかな?
別の日が良ければ、それでもいいけど。」
「あ、大丈夫だと思います。蓮田先生ですよね?」
「うん、そう。ちょうど今日、先生の診療日だから、予約入れておいたんだよ。
じゃ、これから1人で行けるかな。
お母さんからは、もう少しお話聞かせてもらいたいから。」
「はい、大丈夫です。」
看護師さんからカルテの入ったファイルを受け取って、立ち上がった。
「あ、それと、蓮田先生との話が終わってから、ウチに寄る時間あるかな?
希良が会いたがってるんだ。」
そう言われて、思わず、母親を見た。
「大丈夫。お母さん、先に帰ってるから、行ってらっしゃい。
帰り、迎えに来るから、連絡して。」
うん、とうなずいてから、「ありがとうございました。」と、先生に頭を下げて、診察室を出た。
診療内科の蓮田先生とは、中学の卒業から高校に入ったばかり頃、何度か話を聞いてもらった記憶がある。
でも、その時に何を話したのか、そもそも、何故、診療内科に来ることになったのか、まったく記憶がない。
まぁ、嫌な感じはしていないから、大丈夫かなと思いながら、久しぶりの診療内科に向かった。
その蓮田先生との話は拍子抜けするくらい、簡単に終わった。
会計は母親が済ませてあるからと言われて、オレは慣れた足どりで、大きな病院の通用口から出て、敷地の対角線上にある希良の家に向かった。
『これから行って、大丈夫?』
一応、診療内科を出てすぐに、メッセージを送っておいたので、オレが門の外に立つとすぐに、ドアが開いて、希良が出てきた。
「いらっしゃい、みずき!待ってたよ。
あー、良かった、思ってたより元気そうで。
暑かっただろ?病院からここまで、日陰ないから。
入って。」
「うん、さすがに暑いな。
ってか、昨日はごめんな、心配かけて。」
そう言ってあやまりながら、靴を脱いで、上がらせてもらう。
希良の家、希良の部屋に入るのはいつ以来だろう。
多分、中学の頃には何度も来ている気がするけど、その記憶もまったくなかった。
「なんで謝るんだよ。
最近、みずき、謝りグセ、ついてないか?」
「謝りグセって、なんだよそれ。」
「それは、その通りのことだって。」
ワケがわからないと、2人で笑いながら、希良の部屋に入ると。
「みずき!」
部屋で待ってた輝がいきなり。飛びついてきた。
「かがや、ダメだって、そんな急に。」
希良がそう言って、輝を引き離した。
「ごめん、でも…。」
「いいよ、きら。
かがや、ごめんな。昨日は何度も…。
あ、でも最初に言っておくけど、あれは、前の時のも、かがやのせいとかじゃ、絶対、ないからな。
かがやが責任感じる必要、全然ないから。」
「でも、オレの言ったことのせいだろ?」
不安そうな目をして、輝がオレを見る。
「うーん、そうだけど、そうじゃないんだ。
うまく言えなくて、ごめん。」
輝を安心させようと、オレはにっこり笑って、2人の顔を見た。
「で、一体、何があったの?
オレがいないところで、2人で何やってたんだよ。
オレ、正直、怒ってんだからな。」
「ごめん、ごめん。怒んなよ、きら。
別にお前を除け者にしたつもりはないんだよ。
な、かがや?」
希良が冷たい飲み物を持ってきてくれて、それを飲みながら、あらためて話しを始めた。
「うん、オレが勝手にみずきを待ち伏せして、図書館で会って、アイス食べに行くことになって。
ごめんな、きら。」
そう言って、昨日、2人で会ってから、中学生の女の子に謝られたこと、アイスを食べに行ったいつものファミレスで、輝の話をきっかけにオレが発作を起こしたことを、輝がかいつまんで話した。
「なんだよ、そういうことか。
オレはまた、2人だけで待ち合わせしてたのかと思って…なんかムカつくって思ってたけど。
大変だったな、かがや。」
希良は納得してくれたみたいだけど、ホントは輝は、希良を呼ばなくていいって言ったんだ。
オレはそれがちょっとだけ引っかかってた。
「でも、昨日の夜は?何があったんだよ?」
「そうだ、夜はどうしたんだ?」
2人揃って、オレに詰め寄ってきた。
「えと、その、発作を起こしたって話を聞いた、オレの父さんがちょっと…まち姉とやり合ってて、それをうっかり、ていうか、聞いちゃって、それで…。」
「みずきのお父さん?」
「あんまり話に出てこない人だな。
そのお父さんが、どうした?」
希良の言葉に、なんて答えたらいいのか分からず、黙ってしまった。
「もしかして、お父さん、オレのこと、オレたちのこと、良く思ってないんじゃない?」
「え?」
「そうなのか?みずき?」
輝が探るように言って、オレは何も返せなかった。
「当たりか…。」希良が項垂れた。
「いや、違うよ。良く思ってないってわけじゃなくて。
オレが最近、ちょいちょい発作起こすから、ちょっと心配してるみたいで。」
「いいよ、みずき。わかってる。
昨日、オレも親に言われたんだ。」
輝の声のトーンが下がった。
「え?なんて?」
希良がオレたち2人の顔を交互に見ていた。
「送ってくれたちい姉が、親に頭下げて、みずきがオレに何度も迷惑かけて申し訳ありませんって言ったから、親がその後で、みずきのためにも、ちょっと会うのをやめた方が良くないかって。
今日も、ホントはみずきに会うって言ってなくて。」
「え、ごめん、オレ…。」
なんて言ったらいいのかわからない。
ちい姉がそんなことしたなんて、知らなくて、それだけで動揺していた。
「オレはいいんだ。親になんて言われても、みずきときらと、一緒にいたい。
そっちの方が大事だから。
でも、みずきがそれで苦しいなら…。
例えば、オレが発作の引き金になってるなら…」
「違う!そんなこと、ない。絶対、違う。」
「落ち着けよ、2人とも。」
希良がオレと輝の間に入って、2人の肩に手を置いた。
オレが2人に言いたかったのは、こんな事じゃなかったのに。
やっとここまで来て、夏休み編、次回で最後です。
着地点は微妙ですが、3人は元気に次に向かいます。




