679話 虚勢
一瞬、預かるというならこの場に転移陣の製作者であるリアを本気で呼んでやろうかと思ったが、最悪は目の前の舐め腐った連中だけでなく、ベザートの町や住民にまで影響を及ぼしかねないからな……
破壊神の如き姿を想像したら少し冷静になれたため、一旦落ち着こうと大きく息を吐き、最後の確認をする。
「ちなみに、断ったらどうなるのですか?」
「……どれを、ですか?」
「そちらが要求されている全てのことに対してです」
そう言って渡された木板を突き返すように差し出すと、司教はよほど驚いたのか。
目を丸くしたまま数秒固まったあと、周囲にも聞こえるくらいに大きな溜め息を吐いた。
「はぁ……よもやそのような選択肢を頭に浮かべているとは、さすが異世界人としか言いようがありませんね」
「……」
「よいですか? 我々教会本部が認めないということは、その教会の機能が停止するということです。と言っても強制的な神具の撤収には応じないでしょうから、それなら祈祷や所持スキルの確認、職業選択などがこの国で一切行えなくなるよう、こちらから女神様に強く要請させていただくことなります。そうなればこの国の住民は今後の生活に大きな支障を来すでしょうし――……」
俺ではなく、周囲でこのやり取りを眺める野次馬達の方へ言葉を発した司教は、一度言葉を切ってこちらを睨むように見つめる。
「――特に教会の定める規律を軽視した重大な違反者には、所有するスキルの全てを剥奪してもらうよう女神様に要請させていただく。神罰に次ぐ神の裁きとして、過去に女神様を冒涜した大罪人と同じように」
明らかに俺に向けられた言葉なのだから、それはつまりこの国を護る者がいなくなるということ。
となれば資源調達やいざという時の防衛力など、様々な面でこれまで通りにはいかなくなるわけだし、こんなのまともに聞かされたら不安にもなるよなぁと。
すぐ周囲を巻き込み扇動するような動きをとるこの男に辟易としながら、ようやくはっきりと言質が取れたことで行動に移す。
「じゃあ、それで」
「??」
「要求には一切応じませんので、そのように要請してください」
「……言っている意味が理解できていないのですか? 異世界人だからこそ得られた高位のスキルも、そのお陰で就けている今の立場も、何もかも失い地に落ちるのですよ?」
「僕が逃げ場所を用意したというだけで、元々なりたくてこの立場になったわけではありませんしね……無駄に位の高い立場などただの足枷。窮屈ですし、なにもないならその方が気楽で有難いくらいです」
「なっ……」
「それにスキルを失ったくらいで何もかもは大袈裟でしょう。そもそも僕がいた世界にはスキルなんてなかったわけですから、それならそれで細々とできることをしながら生きていくだけですよ」
「「「……」」」
こう返せば司教だけでなく、その周りの連中からも今までの余裕ぶった表情が消え、心底理解できない生物を見たような眼差しを向けてくる。
そりゃそうだよな。
今まで培ってきた経験の全てが白紙に戻されるとなれば、普通ならとてもじゃないが受け入れられず、多くを犠牲にしてでも抗おうとする。
それは俺だって同じで、だからこそ正面からの戦いでは敵わないような異世界人相手であったとしてもこの脅しが有効なのであろうことは、これまでのやたらと強気なやり取りからも窺えたが……
「そのような虚勢を張って……これまでその力によってどれほど利益を貪り、多くの者達から恨みを買っているか理解されているのですか!? ご自慢のスキルを失えば、ただの人としても歩んでいけるわけがない……精々奴隷として――いや、何一つスキルがなければ奴隷としての価値すらなく、ロキ王を信じて集ったこの国の民が代わりに奴隷となって落ちていく姿を、あなたはただ見つめ続けるしかなくなるのですよ? それでも本当によろしいのですか!?」
「まあ、しょうがないですよね。そちらの要求があまりに理不尽過ぎますし」
「ッ……聴いたか、この国の民よ!! これがそなた達が信じた王の真の姿だ! 数多の民が奴隷に落とされ非業の死を遂げようとも、それ以上に己の下らぬ意地や誇りが大事らしい!! 早く町中に広め、この国から脱出せよ! さもなくばこの偽りの王を恨み厭わしく思う者達に蹂躙されるぞ!」
鼻息荒く周囲の野次馬を煽り、それでもなお司教の眼差しは俺の反応を捉えるべくこちらに向き続けるが――、ここまで言っても変わらないと、本気で理解したのだろう。
苛立ちも露わに再び大きく息を吐くと、取り巻く部下を睨みつけながら一喝した。
「帰るぞ!」
「は、はっ……!」
「……」
最後は俺に挨拶どころか一瞥もくれることなく立ち去ろうとは、ずいぶん嫌われたもんだ。
まあ、敵対認定した相手にどう思われようが、心底どうでもいいが。
「――おがッ!?」
教会を出ようと、先陣を切って野次馬が群がる敷地の外に向かった司教が突然転び、呻きながら尻餅を突く。
それだけでなく、その後ろに続く連中も立て続けによろめきながら倒れたことで、帰路に就こうとする一行の動きが止まった。
「な、なんだ?」
「突然何かに当たって……」
「む……ここに何かがありますぞ!?」
「こ、これは、透明の、壁……?」
「何を勝手に帰ろうとしているんですか? まだ話は終わっていないんですけど」
だから背後から声を掛けると、慌てふためく連中の動きが一斉に止まり、首だけがこちらに向き直る。
「は、話だと……?」
「ええ、一つ確認しておきたいことがありまして。あそこまで威勢よく言い切ったんです。まず間違いなくあり得ないとは思いますけど、もしこれでうちの教会の機能が失われず、僕のスキルも剥奪されなければ、あなたが女神の権威を笠に脅迫行為をした一番の冒涜者ということになりますよね?」
「か、勘違いしないでいただきたい! 我々は女神様に事の顛末を伝えて要請するだけ。最終的な沙汰は女神様がお決めになられることなのだから、もし何も変化がなかったのだとしたらそこに大いなる慈悲があったということでしょう。とはいえ、それ以外の別の裁きが何かしら降りかかるとは思いますが」
「へ~そういう逃げ方をするわけですか。あっさり答えが返ってきたあたり、教会はかなり長い歴史があるみたいですし、異世界人がこの世界に現れる前から対応策の1つとしてマニュアル化していそうですね。何かと規則が大好きなようですし」
「そ、そんなことあるわけ――」
「でもね……女神様と意志の疎通を図れるのは、何も教会だけじゃないんですよ」
「…………は?」
目の前まで歩み寄り、未だ尻を突いたまま見上げる司教の前で呟くと、ここで今までにないほど動揺した表情を見せてくれる。
さすがに本当のことは明かせないが、都合の良い言い訳の種は向こう側から用意してくれたしな。
「僕達異世界人はね、必ず1度、女神様――具体的にはアリシア様に直接会っているんですよ。ご自慢のスキルを頂く時にね」
「……」
「その時、何も知らない僕達はこの世界のことをいろいろと聞きながら、どんなスキルが必要なのかを決めていくわけですけど……僕、聞いたんですよね。こうしてスキルを貰えるのなら、逆に奪われることもあるのかって」
「ッ……」
「でもアリシア様は、ないって……一度得られたスキルを奪うようなことはできないし、職業選択や祈祷によるスキルの成長を女神様が拒むことも許されないって言っていたんです」
「そ、それは……」
「不思議ですよねぇ。神ができないと言っているのに、神に仕えるあなたはできると言い、さらには過去に大罪人が裁かれ、スキルを剥奪されたのだと実例まであげた……これはどちらが嘘を吐いているんでしょうか」
「ち、ちがっ……嘘などでは……!」
「では女神様が嘘を吐いたと、あなたはそう言いたいんですね。司教という立場で女神様を嘘吐き呼ばわりとは、これが神への冒涜じゃなくてなんだというんでしょう」
言いながら司教の首に手を伸ばすと、小さく悲鳴を漏らしながら両手を前にして抗おうとするので、その両手をこちらも鷲掴みにする。
そして、少しずつ力を籠めた。
「まあ答えは分かり切っていますし、だから先ほどはあのような答えを返したわけですけど……それより今重要なのは僕を脅しただけでなく、そんな事実を知らない住民に対して扇動を働き、不要な混乱を招こうとしたことについてです」
「いだっ……! 待、って……あがぁッ!」
「あれだけのことをしておいて、当たり前のように帰れるわけがないでしょう?」
そう告げると司教は痛みに弱いのか。
まだこれからだというのに目に涙を浮かべ、俺の勘違いでそんな意図はなかったと。
ボキボキと手が潰れていく音を掻き消すように喚き散らしながら、無意味な否定を繰り返した。











