677話 新バージョン
「うぅ……やっぱこっちはあったけぇ……」
ずびずびの鼻水を啜り、ベザートの町に避難する。
アイオネスト王国の北方。
特に北の海に面した地域は別世界だった。
雪と共に容赦ない寒風が吹き荒れ、晒された肌に独特の突き刺すような痛みを与える。
上空でも狩場でも、【発火】を使えば寒さは凌げるのだから、人目につかない所にいる時はまだいいのだ。
しかし、町の中に滞在している時はそうもいかない。
全身燃えている人間が普通にそこらをうろついていたら大騒ぎは必定であり、狭い路地でも歩こうものなら最悪は周囲の人や建物を燃やしてしまう。
だから目新しい品を求めて市場巡りをする時は目深にフードを被り、首元は魔物の毛皮で作ってもらったアリシアお手製のあったかマフラーをグルグル巻きにしているのだが、それでも衣類を腕に通せない弊害は大きく、控えめに言ってもクソ寒い。
肩に掛けているだけのコートは常に胸やお腹の辺りを晒しているため、同じアイオネスト王国の中でも北部の町巡りは拷問のような状況が続いていた。
まだ冬はこれからだというのに、このままでは主に俺のお腹が死んでしまう。
けど腹巻きなんぞに逃げたくない……
となると駆け込む場所は一か所しかないわけで。
いつの間にかベザートの中央区――、その中でも南部に位置する、新しく東西に延びた大通り沿いの大きなお店に突撃する。
すると男女問わず多くのお客さんで賑わう中、2階の作業場で服を作っている女の人達に何かを指示するノアさんを発見した。
「ノアさーん! ピンチ過ぎて死にそうなので助けてください!」
「何よいきなり……っていうか、すんごい鼻垂れてるわよ」
「そうなんです! ちょっと今旅している所が寒過ぎてですね……前にお願いしていた服ってできてますか?」
自戒の指輪を外せないと分かった時、強者の装いというコンセプトのまま着られる服の製作を依頼していた。
と言ってもオーバーオールやポンチョなど、袖を通さない服はどうしても俺の求める路線と大きくズレてしまうので、なんでも作れてしまいそうなノアさんでもかなり難色を示していたが、果たして形になっているのか……
固唾を飲んでその反応を見守っていると、意外にもあっけらかんとした表情で頷く。
「ああ、あれね。一応できてはいるわよ」
「おお……! では早速!」
「ご期待に添えられるといいんだけど」
ここで働いている人達から強烈な視線を浴び、逃げるように壁と対話しながら待っていると、持ってきてもらった服は……なんだこれ?
一瞬ズボンと勘違いしてしまうような、今まで見たこともない形状の服が現れる。
どう着たらいいのか分からず困惑していると、俺の服を引っぺがしたノアさんに両手を上げろと言われ、言う通りにバンザイしたらすっぽりその服を被せられて視界が塞がれる。
と、スルスル布地は下がっていき、気付けば俺はコートを着たような状態になっていた。
だが、異様なのは腕の部分だ。
「ええ~袖が一本しかない!?」
「そっ、その鎖が邪魔してそれぞれの腕を通せないなら、袖を1つに纏めちゃえばいいわけでしょ? こんなの今まで見たことも作ったこともないけど……うん、意外と形になっているわね、さすが私だわ」
「パッと見は拘束具っぽいけど、ある程度幅があるから腕はそれなりに動かせるのか……」
「前に長さを測らせてもらった鎖は最大まで広げても可動できるようにしておいたわ。あんたの大好きなヒラヒラベルトも付けておいたから、そのまま絞ればよりその奇抜なデザインが際立つし、ここの留め具を全部外してそれぞれベルトで巻けば両袖がある通常の上着に戻すこともできる。これならただ羽織っていた今までよりはだいぶマシになるんじゃないの?」
そう言われ、各所を確認しながら素直に頷く。
被りモノのためフード付きの首回りはグルりと繋がっており、襟は口元を覆うくらいに高さがあるため、この上からマフラーを巻けばかなり寒さを遮断してくれるに違いない。
また胸元から両腕を通すために伸びた袖の下はコートのように左右に分かれているが、銀細工の施されたボタンで留められているため、今までのような腹丸出しスタイルで冷たい風の直撃を浴びるようなことはないだろう。
うん、確かに今までよりも防寒能力は優れている。
だが……依頼した時には分からなかった、大陸北部のあの寒さ。
「これでもまだ、足らないかも……」
不安のあまり、ついつい本音が漏れてしまう。
結局、厚手のレザーコート一枚なのだ。
現地の人達のように何枚も重ねて着込んでいるわけではないので、これだけではまだ耐えられる気がしない。
「この素材なら風は通さないと思うけど、そんな寒い所に行ってるの?」
「ええ、たぶんもう既にマイナス20度とか30度くらいはあると思います。とにかく肌が痛くて、長時間外にはいられなかったので」
「ぶっ! とんでもない場所にいるわね……でもそうなると、あとは裏地に手を加えるくらいしかないわよ?」
「裏地かぁ……」
仕立ててもらった服で戦闘することが前提だったため、最初に作ってもらった強者の装いは裏地が綿なのかな?
詳しくは分からないけど極々一般的というか、汗で動きにくくならないよう、外見と違って凄くシンプルな作りになっていた。
だからこの2着目も同じような感じになっていたわけだが、よくよく考えればこの服は基本的に冬期限定――しかも戦う時は【発火】をすればいいのだから、よほど突発的でもなければわざわざこの服を着る必要がない。
それなら汗や動き易さはそこまで気にする必要ないんじゃないのか……?
「うん、こっちは着たまま戦闘することってあまりなさそうなので、裏地を弄ってでも暖かさ最重視でお願いします!」
そう告げると、ノアさんは了承しつつも予想外の言葉を吐き出す。
「分かったわ。じゃあ裏地にしたい素材を持ってきてちょうだい。それをこちらで加工してあげるから」
「え?」
「だって何をとっても魔物の素材が優秀過ぎるんだもの。だったら私なんかより全然魔物に詳しそうなあんたが、自分で選んじゃった方が間違いないでしょ?」
「あーなるほど……となると、ロック鳥の羽毛はどうですかね。刃も簡単には通さないほど丈夫なのに空気のように軽く、おまけに燃えにくいという優秀な素材らしくて、市場でもかなり高額で取引されているみたいですし、フェンリルの毛皮もこのモコモコした感じが肌に触れるとかなり暖かいので、裏地にしてもらうといいかもしれません。どちらもSランク素材なので、加工はちょっと大変かもですが」
そう言ってクアド商会に持ち込もうと思っていた、カルラ達が処理したあとの素材を目の前に取り出すと、ノアさんだけでなく作業の手が止まりっぱなしの従業員まで身を乗り出してくる。
ここで服作りをやっているだけあって、やっぱりこの手の話には興味があるんだなぁ……
と、素材に手を伸ばしていたノアさんがいつになく真面目な表情で俺に問い掛けた。
「え……待って。こんなに綿毛があるって、これ何羽分の素材量なの? っていうか、ロック鳥って水鳥なの?」
「ん? 数は分からないですけど、10mくらいあるデカい鳥なんで量はそれなりに採れると思いますよ。それに水鳥とは違うんじゃないかなぁ……ほぼ1年中雪が積もっているような、かなり寒い雪原にいる魔物なので」
「寒いから……こっちのフェンリルっていうのも同じ場所にいる魔物?」
「ですね。フェンリルは前にノアさんを連れて行ったあの場所にもいましたけど」
公にはできないので濁したが、《夢幻の穴》を見つけたあと、《クオイツ竜葬山地》でパワレベが止まっていたノアさん、ロッジ、ベッグ、リコさんの4人は、俺が気分転換をしたい時に狩場へ強制連行していた。
まあ誰も各階層を繋ぐ安全地帯の階段から出てこなかったので、魔物の姿なんか見ちゃいなかったが。
「ふふ……まったく魔物って存在は、私の知る常識を大きく覆してくるわね。刺し毛は少し硬めだけど、このサイズでここまで密度の高い毛皮なんて初めて見るわ。滑らかで艶も良いし、これだけ保温性が高そうなら相当良い防寒能力を発揮すると思うわよ」
「へ~じゃあこの2つを組み合わせて旨いこと――」
言い掛けていたところで言葉が止まる。
ふと浮かんだもう一つの選択肢。
言っていることの半分くらいは分からないけど、やっぱりノアさんはこの手の内容に詳しそうだし、だったら素材価値がまったく分からず、量も採れないため商会で売りに出すことも難しいアレはどう評価するのだろうか?
そう思って真っ白な毛皮を取り出す。
「ちなみに、これはどうですか? 同じ狩場にいる、別の魔物なんですけど」
「……」
余計な先入観を与えないよう、希少種であることは伏せてみたが。
「何よこれ……さっきのフェンリル以上に毛足は長いのに、いつまでも触っていたいくらいツルツルとした柔らかな毛並み……相当毛皮密度も高そうだし、ここまで埋もれて包まれていく感覚なんて今まで味わったことがないわ」
「……で、でもノア先生。この毛皮、なんかちょっと不気味というか、変な感じがしませんか?」
「あ、それ私も思った……もしかして、気持ち悪いくらい白いこの色味が原因なのかなぁ……」
「そう? 私なら好みの色に染められるだろうし、さっきのフェンリルよりこっちの毛皮を選んじゃうけど……」
「「「……」」」
絶賛と言ってもいいくらいに好印象を持ったノアさんと、理由がはっきりとしないマイナス感情を持つ周囲の従業員。
それはウェンディゴの素材が持つ特性――グリムリーパーと同じ『見る者を僅かに恐怖させる』効果が含まれているからだろう。
戦闘技能はからっきしだが、それでも素のステータスだけはSランク相当なノアさんが平気で、他の従業員は皆が違和感を感じ取るということは、この手の影響が相手の強さによって変わるということ。
それに希少種では初めて素材にこのような特性が備わっていたわけだし、たぶんグリムリーパーよりはその効果が低いのではないかと思う。
まあ、なんにせよだ。
俺の求めるコンセプトは"強者の装い"。
より近寄り難さに磨きがかかってもいいじゃない。
そんな思考が駆け巡り、すぐに注文を加える。
「じゃあ裏地はロック鳥と、こっちのウェンディゴの素材でいきましょう。僕はド素人なので暖かくしてもらえればあとはお任せしますが、1つだけ……このウェンディゴの毛皮を、袖の部分とかフードの周りとかにも付けてほしいんです。こう、超カッコよくなる感じで」
「え……いや、いいけど。できるけど……ほんとに良いの? なんか変な感覚持つ子が多いみたいだし、余計怪しくなるかもしれないけど」
「良いんです! 近寄り難き恰好良さに磨きが掛かるなら本望、ぜひやっちゃってください! ついでに、こっちの初代コートも!」
どうせ売るほどの量は今後も採れないし、倒すまでの手順が面倒過ぎて採る気もないのだ。
だったら今ある素材は自分や身内の中で使ってしまおうと。
そんなことを考えながら衣類や素材を一式預け、ノアさんと貴重な意見をくれたここの従業員達にお小遣いをバラまいたら、農民のような姿にジョブチェンジしたままクアド商会に向かう。
うーん。
半日程度でできると言っていたし、手持ちの素材を一通りクアド商会に卸したら、久しぶりにニローさんの所で集まった間者からの情報を確認しておこうか。
もしくはこの時間なら病院にいるはずのスタークスさんの所に寄り、スキルレベルは上がったけどステータスは下がった状態の【神聖魔法】で、彼の腕が再生可能かそろそろ試してみようか。
そんなことを考えながら農民姿のまま通り沿いで買った、ジュロイの地方料理だろうと思われるラム肉と軽く潰した豆や香草を薄いパン生地で挟んだサンドイッチを久しぶりに齧っていると、ふと視界の淵が青く点滅する。
もう、なんだよ食べ始めたばっかりなのに。
この料理はちょっと苦手だから、あまり勢いよく食べられないんだよ。
発信元を確認するといつものギリオ君なので、まず町長だと思うが……
何か怒られるようなことでもしただろうか?
もう町にいるということもあって、齧りながら空を蹴り上げつつそんなことを考えていると――
「ん?」
暫くして、ギリオ君のいる城門付近の様子が少しいつもと違うことに気付く。
妙に緊張感があるというか、停留所で屯す商人や行き交う町民がざわついている……そんな雰囲気。
――【聞き耳】――
だがリルから連絡はなく、憲兵隊がどこかで警報を鳴らしている様子もなく。
かと言って悲鳴や派手な戦闘音も拾えないため、珍しい来客でもあったのかなと。
首を傾げながら門の付近に併設された来客用の応対室に向かうと、顔を青くした町長がすぐに出迎えてくれる。
「おお、やっと来てくれたかロキ王!」
「ええ。っていうか、そんな時間はかかってないと思うんですけど……あれ、変わった来客があったんじゃないんですか?」
ダンゲ町長のハゲ頭越しに奥を覗いても、誰も座っていない。
そのことを不思議に思うが。
「うむ……来て、そしてすぐ、こちらの制止も聞かずに出ていった……あの装いは教会の者じゃ。しかも相当位の高い者がいると見た」
「へえ……」
いつか何かしらのアクションを起こしてくるかなと思っていた存在。
教会関係者がこの町に訪れたらしい。











