676話 カークスの覚悟
「い、いやいやいや……! 誰かを推薦した段階でジェネマスが来期の候補者になる権利を失うんですよ!? それくらいはご存じでしょう!?」
国内のハンターギルドを取り纏めるのがジェネラルマスターであり、そのジェネラルマスターを纏めるハンターギルドの頂点がグランドマスターだ。
任期は5年であり、ギルドマスターとしての実務を十分にこなした者やSランクハンターの資格保持者など、候補者になるための要件はいくつか存在するが、なんにせよ十分な実績と多くの推薦が集まらなければ4名にまで絞られる最終候補者にも残らない。
そんな中、現状唯一と言ってもいいSランク狩場を管理下に置くギルドマスター兼アイオネスト王国のジェネラルマスターであり、かつ自身がSランクハンターでもあるカークスは、次期グランドマスターの有力候補者として名高く、ギルド職員としての歴が比較的浅いというくらいで現役のSランクハンター達を中心に望む声も大きかった。
そんな人物が自らの権利を放棄してまで動こうとしている。
サブマスはそのことに驚くも、いやいや、待てよと。
そもそもロキにはその資格がないことに気付く。
「というか彼、まだAランクハンターですよね?」
「ウェンディゴに近寄らずハメ倒す方法を試された時から、戦闘技能は十分過ぎると判断してSランク昇格の推薦状を用意していたんだ。さっきもう渡しといたから、あとはロキが聖地カナンに行って現グラマスと面談すりゃ、ギルド間の転送物流を成功させているくらいなんだから確実に昇格はするだろう」
「え、はやっ……」
「くくっ、粒ぞろいのボスハンターを束ねて新しい組織を立ち上げたって話も出ているし、指名権を持つAランクやSランクハンター達の認知度も十分過ぎるほどにあるんだから、最終候補にさえ残ってくれれば本当にロキがグラマスになってもおかしくねぇ。あとは知っているギルマス連中に俺じゃなくロキを推薦しろって声を掛けておけば……」
その人相のせいか、悪そうな顔してクツクツと笑うカークスだが、思い付きで行動するにはその内容があまりに重大過ぎるのだ。
恐怖でしかない噂も山のように流れてくる人物だからこそ、サブマスはひとまず冷静になるよう苦言を呈する。
「候補者は各国のジェネマスから選出されるのが通例なのです。いきなりギルマスの経験すらない現役ハンターを推薦されては、現グラマスのダグニア殿を筆頭に、他の有力候補者達が黙っていないと思いますが?」
「はっ、そんなの関係ねぇよ。じじい共がロキより優れているところなんて、組織内に張り巡らせた横の繋がりくらいだろうしな」
「で、ですが! 各上層部との関係性が拗れれば、ギルド間の取引などに大きな支障が出る恐れも――」
「……今のハンターギルドに、そんなくだらないことを考えている余裕があるのか?」
ギロリと、睨みつけながら放たれたカークスの言葉は、焦るサブマスの動きを止める。
「お前だって帝国に飲み込まれた地方のギルドが軒並み音信不通なことくらい分かっているだろう? 向こうで何が行われているのかは分からないが、この10年近くで100以上のギルド支部が消え、今となっちゃ帝国の気配が近づくだけで閉鎖し、その地域に住む住民を見捨ててギルマスがギルドの関係者に避難指示を出しちまうくらいだ」
「それは……」
「誰だって命は惜しいし、ギルマスにはそこで働く従業員やハンターを可能な限り守る責務もある。だからその行為が悪いとまでは言わないけどよ。いつか誰かがなんとかしてくれるなんて甘ったれた考えが広く根付いちまっているのが、傭兵ギルドに戦力をごっそり抜かれ、西のSランク狩場――《ロスガイア大渓谷》の襲撃で心折られた今のハンターギルドだろう?」
「……」
「だったらよ。強引だろうがなんだろうが、ハンターギルドという組織を残していくためにもどこかでデカい改革を起こすしかねえんだ。上が変われば組織を変えるきっかけは作れるだろうからな」
この言葉にサブマスは、まるで自分の意中を言い当てられたような気がしてそっと唇を噛みしめる。
多くのギルド員が頭の中では理解しつつも、言葉にすることを避け、目を背けてきた現実だ。
あまりにも強大な力に対して抗う術がなく、異世界人のことは同じ異世界人が解決してくれと。
どこか他人事のように心の中で願いながら、西の情勢と撤退して東へ避難してくる他支部の報告を眺め続けてきた。
ジェネマスの言う通り、このまま放っておけば、最悪はハンターギルドという組織そのものが消えてなくなるかもしれない。
そうなった時、人々の生活を大きく支える魔物素材の供給はどうなってしまうのか……
ウェンディゴの存在により、魔物素材が途絶えた時の惨状はギルドの古い記録にいくつも残されているため、サブマスは自然と脳裏に浮かぶ光景を掻き消すように首を振る。
と同時に、サブマスはロキがハンターギルドの頂点に立った場合を想像した。
もしジェネマスが願う通り、ロキがグラマスとなってハンターギルドを牽引する存在になれば、多くのハンター達はその影響を強く受けるだろう。
異世界人という後ろ盾を得て、直接的な戦闘には参加できずとも、今より積極的に戦線付近での救援活動などに力を入れることもできるはず……
だが、それでもやはり――
「現実問題として、彼は一国の王です。グランドマスターになるということは、カナン共和国の元首になるということ。この時点でややこしい国家間の問題が生じますし、就任されればその影響は大きくとも、グラマスや元首としての仕事を全うするほどの時間などまず取れないでしょう?」
「理屈屋のお前に助けられる場面もあるとはいえ、相変わらず頭の固い野郎だな……だったら前提となるその仕組みを変えちまえばいいだけだろうが」
「え?」
「グラマスと元首の立場を別々に分けるようカナンの国法を変えちまえばいいし、実務は相応の立場を新たに用意するでもして、経験あるやつらにある程度は任せればいいだろう。どっちも現グラマスなら議会の承認さえ得られれば通せるんだ。諸々の立場を全て奪われるよりは、そっちの方がじじい共にとってもまだ都合が良いだろうしな」
「こ、国法にまで手を出すつもりで……」
「もうケツに火が付いてんだ。元々は俺がやれるところまでやるつもりだったが、ロキがあの調子ならグラマスの立場に就いてもらったところで私物化されるとは考えにくいし、俺とは影響力が段違いだからな。もう1週間だけ様子を見て、本当に何もなければ本気で動くぞ」
「承知しました。となると、あとはロキ王が期日までに聖地カナンへ辿り着くかどうかですね」
「本人もSランクにはなっておくと言っていたし、これまでの移動経路や速度を考えればまず問題ないだろう。……余計な寄り道さえしなければな」
「……」
こうしてまた一つ、北の大地で大きな舞台が動こうとしていたが……
当の本人はそんなことなどつゆ知らず、新たな狩場、新たな魔物を求めて折り返すようにアイオネスト王国の東部へと向かっていく中で、別の大きな問題に直面していた。











