671話 急変
本来ならば他の魔物の攻撃を躱しつつある程度の人数で囲い、だいぶ古い時代から利用されているという追い込みに適したポイントまで誘導する手法が最も効果的らしいが、如何せん俺は独り身だ。
カーバンクル相手に力技で挑むしかなく、その結果、とにかく逃げるわ魔法も当たらないわで、人のいない狩場の奥地はだいぶ荒れてしまったが。
「はぁ~……ったく、手こずらせやがって……」
体長1mにも満たない、猫と兎を足して2で割ったような不思議な魔物の焦げた死骸を拾い上げる。
額から露出した紅色の魔石は無事なようで、今もやんわりと温かな光を放ち続けていた。
こいつがたった1つで最低でも5億ビーケの値が付くと言われている守護魔石。
それを粘って3つ獲得したので、今日だけでも戦利品は相当な額になるわけだ。
「さーて、ようやくだ……」
しかし俺にとって重要なのはそこじゃない。
カーバンクルのスキルレベルが2だったため、3匹倒すことでようやく手に入ったスキルの詳細を開き、目を向ける。
【白雲】Lv1 距離が離れるほど位置情報を誤認させ、遠距離からの攻撃を躱しやすくなる 回避率は敏捷とスキルレベルに依存、周囲に一定量の雲か雪がある環境だと効果が大幅に向上する 常時発動型 魔力消費0
「おお……」
これは期待していた以上のスキルじゃないか?
当初は素早さに関連する特異なスキルでも抱えてくれていたらと思っていたので、このよく分からないスキル名が覗けた時には嬉しい反面、若干肩透かしを食らった気分だったが、不自然なほど俺の魔法を躱すその姿を見て途中から考えは変わっていた。
もしこのスキルと繋がりがあり、かつ俺自身が扱えるならかなり有用なスキルになるかもしれない。
そんな期待をここ数時間抱いていただけに、白文字な上に魔力消費無しのパッシブ系とあれば十分過ぎる結果だろう。
雲が存在する上空か、もしくはこのような雪原地帯でないと本領を発揮しないっぽいけど、それでもスキルレベルだけでなく敏捷の影響も受けるスキルならば、どの環境下であってもそれなりの効果は期待できるのかもしれない。
まあ、なんにせよだ。
『【白雲】Lv2を取得しました』
『【白雲】Lv3を取得しました』
『【白雲】Lv4を取得しました』
『【白雲】Lv5を取得しました』
『【白雲】Lv6を取得しました』
『【白雲】Lv7を取得しました』
とりあえず必須ラインまで上げつつ対応ステータスを確認し、不足しがちな敏捷が伸びたことで静かに笑みを零す。
よしよし……
これで2つ目。
また少しステータスがあの時の自分に近づき、スキル面での自己強化も行えた。
さすがにカーバンクルは魔力消費が激し過ぎるのと、人の気配に気を遣うのは疲れるのでもう暫く狩りたいとは思わないが、あとは他の素材をどうするか。
少し考え結論を出す。
「とりあえず、吹雪が来るまではいいか……」
カークスさんはまだこの時期だとそこまで天候は荒れないと言っていたからな。
だったら吹雪で閉鎖されるまで、ちょくちょくと狩場の様子を確認しつつアイオネスト王国西側のマッピングを先に進め、他の狩場状況を確認しておいた方が効率的だろう。
どうせ出現条件がはっきりとしないウェンディゴを湧かせるために、この狩場でいろいろと試さなければいけないのだ。
まだまだ数を確保しておきたいロック鳥やサイクロプスの素材は、その時に収集すれば十分。
そうでもして時間を詰めていかなければ、勇者タクヤと交わした約束の期日に間に合わせられなくなる。
「はぁ……厄介な約束をしちゃったもんだな」
そう呟きながら狩場を一瞥。
早く吹雪になることを願いながら一度狩場をあとにした。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
一方その頃、ユマの実家である公都クロイセンの屋敷は、怒号が飛び交うほど慌ただしい準備に追われていた。
ロキがユマ達を送り届けたことで時間に余裕ができたはずが、一転して一刻を争うほど逼迫した状況に陥っている理由は、アイオネスト王家に届いたという一通の手紙だ。
宛名は勇者タクヤからであり、内容は短く、このように書かれていた。
『アイオネスト王国は、エルグラントの敵なのか?』
礼節も何もない、文面から憎しみすら感じさせるこの手紙を見て王は慄き、その知らせを受けたグリフォード家の当主リエンも顔面を蒼白させた。
他国侵攻を繰り返す帝国に対してエルグラント王国からの共闘を願う呼びかけは長く続いており、特に広い国土とSランク狩場を含む豊富な資源地を抱え、獣人だけでなくエルフとも共生するアイオネスト王国には、勇者タクヤが直々に足を運んで頼み込むほど熱心なアプローチを受けていた。
しかしアイオネスト王国側は、応えたくても諸般の事情によりその気持ちに応えることができず、曖昧な返答を繰り返しては結論を先延ばしにするのみ。
リエンも話し合いの場に同席し、国がどのような答えを返してきたのか理解しているだけに、いずれはこのような決断を迫られる状況になるだろうと覚悟はしていたが、まさかこれほど早くその時が訪れるとは予想だにしていなかった。
立場上、リエンも大陸西方の情勢については粗方耳に入れているのだ。
エルグラント王国が劣勢であり、戦線は徐々に北上し、そろそろ帝国がエルグラント王国の領土に踏み込むのではないかと聞いていたが、まだその程度。
敵か味方かという、今まで築き上げた関係性を全て壊しかねない二者択一を迫るほど、エルグラントが危機的な状況に追い込まれているとは思っていなかったのである。
だから国の要請もあり、グリフォード家は慌てて動く。
本来ならば1つ1つの情報に対して、時代や地域などの歴史歴な背景や繋がりを十分に精査し、万全の態勢でエルフとの交渉に臨む予定だったが、もはやそれどころではない。
ここでエルグラント王国の期待に応えなければ敵と見なされるのだ。
もしここから戦況がひっくり返えるようなことがあれば、最後まで手を貸さなかったアイオネスト王国にどのような報復が待っているのか分からないし、かと言ってこのままエルグラント王国が敗れればそれこそ地獄だ。
容赦なく他国への侵攻を繰り返す帝国との争いは避けられず、同時に勇者タクヤという強者として名高い存在が生存していた場合、そちらも第三の敵としてアイオネスト王国に牙を剥く可能性が出てくる。
どちらに転んだところでアイオネスト王国の未来は絶望的であり、だからこそ同じ貴族として情報を耳に入れやすいジャンダルムは、新たな盾となり得る第五の異世界人ロキに固執しているのかもしれないが……
「ユマ、もう出ますよ。続きは馬車の中で行いましょう」
ようやく、長年求めていた情報を掴んだのだ。
リエンはまだ、諦めない。
グリフォード家の当主として、孫娘であるユマが持ち帰ってきた武器を頼りに、改めてエルフとの交渉に挑む。
しかし――
「はい、ばあ様」
応えるユマの顔色は病人のように青白く、重圧で押しつぶされそうになりながらも笑顔を作り、気丈に振る舞っていた。
いくら成人の儀を終え、交渉の場に参加するとは言っても、それはあくまでリエンの補佐としての役目。
本来ならばユマが得た情報はグリフォード家で共有し、リエンが主導して交渉に当たる予定だったはずが、その時間すら満足に取れていれないのだ。
すなわちそれは、自分自身で得た情報を扱い、交渉に当たらねばならないということ。
そしてその結果が、アイオネスト王国の未来にそのまま結び付く可能性がある――そんな重責を、数多の知識を得るためだけに生きた15歳の少女に背負わせていることくらい、リエンだけでなくユマの両親も痛いほどに分かっていたが……
それでも類まれなる才能とたゆまぬ努力によって培ってきた豊富な知識。
そして自ら切り開くことで得てきた希少書物の情報はユマに頼る他なく、母親は我が子を抱きしめ、小さく震えるその手をそっと握ってやることしかできなかった。











