669話 タイドウ雪原
ああ、いってぇ……
でもしょうがないじゃないか。
特殊な能力を使うということは、それだけ未知のスキルを所持している可能性が高いということ。
得られたとしてもまず魔物専用スキルだろうけど、それでもステータスの底上げには繋がるのだから、できることならここできっちり狩っておきたい。
となると、どうするか……
考えを巡らせながら、頬を引き攣らせて固まっているカークスさんに声を掛ける。
「まだ断片的な情報しか得られていないので、少し整理させてください」
「……それは、ウェンディゴを狩ろうとしているということですか?」
「そう捉えていただいて結構です。ただ無理をするつもりはありませんし、ご迷惑をお掛けするつもりもありません。逆に狩るとなればそちらに何かしらの恩恵が残せるかどうかも含めて、判断材料が欲しいのです」
「ふむ……」
納得はしていない。
そんな表情だが、今は説得より情報だ。
仮に湧かせられたとして、ある程度の安全マージンを抱えた上で狩れる魔物なのかを知っておきたい。
「ちなみに襲われたのは、生還した者が属するパーティですか? それともそのパーティだけでなく、タイドウ雪原に居合わせた他のハンター達も丸ごと犠牲に?」
「いくつか残されているウェンディゴの被害記録からすると、全て後者ですな。狩場に居合わせた者全てかまでは分かりませんが、死者数は数十名にのぼり、まともな状態で帰還した者はいないとされています」
「でも戻ってきた人は、人を食らいたいという欲求が消えていたわけですよね? それとも町に戻ってきても、住民を襲うような事態になっていたのですか?」
「いえ、そこまでは……帰還者は精神が錯乱し、仲間や知り合いを食らってしまったと連日に渡って悔いる発言を繰り返したのち、最終的には自死を選んだとされています」
「なるほど……それで、肝心のウェンディゴは? 過去に討伐した記録は一切残されていないのですか?」
「いや、記録の中には、生還者がウェンディゴの死体を持ち帰ってきた事例も1件だけ存在しています。体長3mほどの青白い体毛に覆われた魔物とだけ記されていたので、その死体にどれほどの素材価値があるのかまでは分かりかねますが」
「そうですか……」
つまり、こちらの精神に影響を及ぼす攻撃は広域の範囲型である可能性が極めて高く、ただその効果はあくまで時限付きであり、対象は面倒な【幻影】持ちなどではなく実体がある存在ということ。
……なら問題ない。
範囲型っぽいのは少々厄介だが、その程度ならばどうとでも対処可能。
十分安全マージンを抱えて狩れるはずだ。
「それなら問題なさそうなので、一度ギルド側が狩場を封鎖したタイミングで試させてもらえませんか? よりはっきりとした能力が判明すれば、この町に在籍するハンター達が狩れるかどうかの判断材料になり、狩れればその希少素材を今後活かしていけるでしょうし、仮に難しい、リスクが高過ぎるとなってもその手前で出現条件を洗い出すのです。その情報はお渡しすれば、天候が怪しくなる度に狩場を封鎖する従来のやり方より、ハンター達の稼働時間を多く作れるようになりますよね?」
「確かに、ロキ王がその辺りの情報を下ろしてくれば、このギルドにとっても利点は多い……特に封鎖する時間を短くできればより多くの素材が市場に回り、町の活性化にも繋がるでしょう」
「じゃあ――」
「しかし、ロキ王だからこそ、より一層の不安を抱えているのも事実です」
「え?」
「もし【空間魔法】の所持者であるロキ王が狂い、転移してこの町に来てしまったらどうなりますか? あなたを止められる者は誰もいないのですから、町が大惨事に陥る恐れも出てくるでしょう?」
なるほど……
俺だからこその心配とはそういうことか。
単独で動く俺が封鎖された狩場に入るということは周囲に人がおらず、いざとなれば最寄りのこの町に欲の矛先が向かうのかもしれないが……
しかしそれは、俺の精神が侵されたらの話。
そうならない自信があるからこのような提案をしているのだ。
「秘策というほどではありませんが、対策は考えていますので問題ありませんよ。と言っても長らく不安を抱えてきたギルド側にこの程度の言葉だけで納得してもらうのは難しいでしょうし……なんでしたら一度、直接試されてみますか?」
そう問うと、一瞬困惑した表情を浮かべるも、カークスさんはゆっくりと頷いた。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
長く続く隧道を抜けた先は別世界だった。
北の海から抜けてくる極寒の大気は壁のように聳え立つ包連山に堰き止められ、1年の大半が氷点下になるというタイドウ雪原。
その場所は外側と違って既に雪で覆われており、強風が山から吹き込むことで霧のように視界を白く染め上げていた。
想像していた以上に寒くて凍えそうだが、しかしこの狩場には希少種のウェンディゴ以外にもまだ見ぬ新種の魔物がいるはずなのだ。
そんなことを気にしている場合ではなく、視界不良で薄っすらとしか認識できないハンター達の姿影を横目に見ながら狩場に足を踏み入れると、《夢幻の穴》で見飽きるほど狩ったフェンリルの後方から、ノソノソとこちらに向かって歩いてくる巨漢の姿を捉える。
「邪魔……」
「ギャンッ!」
さあ、どっちだ……
新種スキルはあるのか、ないのか。
Sランク狩場ということもあって、弥が上にも高まる期待に苦悶の表情を浮かべながら見つめていると。
「ははっ、当たりだ……!」
筋肉質な人型で、特徴的な一つ目を持つ魔物――サイクロプスの姿をはっきりと視認した途端、僅かに身体がすくむような感覚を覚えるも、思わず笑みを零しながら駆け出す。
【鋼の心】のスキルレベルは最大値に達しているのだから、今更魔物が扱う低レベルな【威圧】に動じたりはしない。
それより気になるのは、俺も未所持のそのスキルだ。
名前からある程度はその効果を連想できるが、それでも敢えて足元に踏み込み留まると、大きく足踏みをしたのち、タイミングをズラすように一拍間を置いてから丸太のような太い腕を振り回してくる。
それを手で受け止めるが――、俺のステータスが抑制されているせいなのか、それともこのスキルの性質によるものなのか?
想像以上の強い衝撃に驚きながらもその腕を切断。
その後も誘導するようにこのスキルを発動させ、別の魔物の横槍が入ったところで強引に首を刎ねて始末する。
『【渾身】Lv1を取得しました』
「おお、やっぱり"白文字"か……」
だが、詳しいことは落ち着いてからだ。
先ほどから俺に向かって魔法を撃ってくるヤツを見つけるために、視線は上空へ。
雪煙が薄まったタイミングで見えた黒い影に目星を付けて転移すると、どこか既視感のある巨鳥が優雅に空を舞っていた。
そしてスキル構成を確認し、納得する。
「ああ、あの時の鳥か」
脳裏に浮かんだのは、ラグリース王国で起きた戦争の時、上空から実体のない矢を撃ちまくっていたうざったい弓職の男だ。
あの男を空で始末した時、乗っていたのがこの羽を畳んでいても10mくらいはありそうな『ロック鳥』だった。
かなり高い位置まで飛べるし、【雷魔法】や【風魔法耐性】を備えているため、魔物としてはかなり厄介な部類に入るのだろうが、目新しいスキルは所持していない。
それもあってただのデカい鳥くらいしか印象に残っていなかったけど、そうかこいつはSランクの魔物だったのか。
うーん、てっきりこいつも新種だと思って意気込んでいたので、これは想定外だな。
軽く丈夫な羽から食料としても美味と噂の肉まで、素材としての価値はかなり高いようなので、ある程度の数は狩っておこうと思うが。
「あと残すはカーバンクルくらいか……」
直接見せ、試してもらうことで、ジェネラルマスターのカークスさんからウェンディゴを狩る許可は得た。
が、どのみち吹雪で狩場が閉鎖しないと動けないのだ。
その前に希少で異常に逃げ足が速く、特に日中は姿を見失いやすいと噂のカーバンクルを狩っておきたい。
せめてあと1つは、新種のスキルを……
そう願いながら眼下の広大な狩場を一度眺め、新たなに入手した【渾身】の検証を開始した。











