668話 隠されてきた魔物
情報収集しつつ爆速飛行を繰り返すこと半月ほど。
アイオネスト王国の王都を越え、さらに西へ進むと遥か先に、雲に隠れた峰がまるで天空を突き刺しているように見える、かなり標高の高い山々が見えてくる。
この国の人々からは『包連山』と呼ばれているあの壁のような山脈を越えた先が、俺の目指す目的地だ。
胸の高鳴りを感じながら近づくと、その手前の裾野にはアイオネスト王国第二の都市と言われる『エビエスタ』の町が広がっていた。
(おぉう……これは相当デカいな……)
さすがにアルバート王国の旧王都ほどではないが、この暫く飛んでも町の終わりが見えない感じは、規模感で言えばラグリースや旧ヴァルツの王都、それにAランク狩場『竜葬山地』を抱えるロズベリアなんかよりも明らかに大きい。
つまりそれだけSランク狩場――『タイドウ雪原』が人と金を呼び寄せているということ。
となると、もし《夢幻の穴》の城内エリアを開放すれば、ベザートの町の規模はいずれこのようになる可能性もあるわけで。
若干恐ろしさを感じながらハンターギルドを探し出し、建物の大きさに驚きつつも資料本が置かれた小部屋に直行した。
――が、欲しかった情報はまったく拾えず、もしかしてこれは相当ハードルが高いパターンかと。
駄目元で年配の受付嬢がいるカウンターに向かう。
「こんにちは~タイドウ雪原について伺いたいんですけど、大丈夫ですか?」
「あら、かなり強そうな子……それに恰好がとってもセクシーだわ。それ、お腹とか寒くないの?」
「え? ええっと、それはまあ寒いですが……ってそんなことより、希少種の情報が欲しくてですね」
「希少種? ということはあなたもカーバンクルの"守護魔石"を狙いにきたってわけね。それなら赤光を追える分、まだ夜間の方が狙いやすいけど、あなたパーティは? 一人なら夜は動いているパーティが少ないし、危険度も跳ね上がるから最初は明るいうちにどこかに混ざって――」
親切丁寧に解説してくれる受付嬢のおばちゃん。
だが、俺が知りたいのはそっちじゃないのだ。
確かに、いくつかの書物でその名が登場する守護魔石とやらも興味深くはある。
内包された魔力が尽きるまで、所持していると自然治癒力の向上や魔除けなど、様々の効果を得られるというお守りのような魔石。
加えて治癒が病気にまで影響する可能性があるというのだから、貴族連中がこぞって欲しがるのも理解できるし、俺も記念に1つくらいは持っておきたいとは思っているが……
しかし、あくまでそいつを落とすカーバンクルは、源書によれば通常枠。
ここにいることだけは掴んでいる希少種はそいつじゃない。
もしかしてここは、希少種の出現条件どころかその存在すら認知されていないのか?
「ありがとうございます。ただ僕が知りたいのはその魔物じゃないんですよ」
「え?」
「もっと希少な魔物がこの狩場にはいるはずなんです。名をウェンディ――……?」
突然だった。
目の前の受付嬢は急に表情を変え、焦ったように身を乗り出しながら両手を伸ばし、俺の口を塞ぐ。
そして――
「その名前は、口にしちゃ駄目」
先ほどの軽いノリとは違う。
凄みを感じる真剣な眼差しと声色で呟かれたため、俺は驚きからただただ小さく頷くしかなかった。
そこからは茫然とする俺を他所に、まだ昼前で人気の少ないギルド内は急に慌ただしくなったような気がする。
まあそれもこれもギルドカードの提示を求められ、素直に応じたからかもしれないが……
「お初にお目にかかります、ロキ王様。私はエビエスタ支部のギルドマスター及び、アイオネスト王国のジェネラルマスターを任されておりますカークスと申します。いつかこの地にも立ち寄られるのだろうと思っておりました」
「ロキです。ただのハンターとして来ているわけですし、そんな畏まらずに……よろしくお願いします」
「ふはは。話には聞いておりましたが、本当に腰が低いですな。ささ、どうぞお座りください。今この地で有名なカプンタルの茶を淹れさせておりますので」
なぜ、ジェネラルマスターの部屋に呼ばれたのかは分からない。
けど、少なくともお茶を淹れにいった受付嬢は本当の希少種を知っているようなのだから、この状況は俺にとっても好都合だ。
何か事情を抱えていそうなこのギルドから、聞けるだけの情報を引き出す――そのつもりでどう切り出そうか思案していると、早速カークスさんが口火を切った。
「ちなみにロキ王は、"ウェンディゴ"の情報をどこから聞きましたか?」
「え?」
「いえね、余計な詮索をするつもりはないんですが、もうかれこれ100年以上は我々エビエスタのハンターギルドがその存在をひた隠してきたのです。過去に存在を知っていた者達も、とうに寿命が尽きてこの世にはいない……なのに不思議だなぁと思いまして」
「……」
「もしかして、古くから生きる者達にお知り合いでもおりましたか?」
「いや……情報収集していく中で、ウェンディゴに関する記述を見かけたものですから」
「なるほど。ということはクルシーズ高等貴族院ですかな……いやはや、まさかそのような書物が残っていようとは、こちらから手は出せませんし厄介なものですなぁ」
そう言って自分の額にパチンと、大袈裟な様子で手のひらを当てるカークスさん。
一見すれば強面の調子が良いおっさんだが、腫れぼったい瞼から覗くじっとりとした瞳は常にこちらを向いており、反応全てを探られていると感じる。
スキル構成からゴリゴリの武闘派だろうと思っていたけど、これはたぶん、ヤーゴフさんとかロズベリアのオムリさんとも近いタイプ。
俺のこれまでの動きもある程度把握していそうだし、厄介な相手が出てきたなと感じながら言われた言葉を思い返す。
100年以上ひた隠し、外に漏れると厄介な存在……
にも拘わらず、一介の受付嬢までその存在を把握し、かつ情報の広がりを防ごうとした事実に強い違和感を覚えて仕方がない。
まさかよほど素材に旨味があって、ギルドぐるみで密かに独占でもし続けているのか?
だとしたらその悪党面の通り、やっていることはかなりえげつない職権乱用だと思うが。
「ふむ……私はこんな面構えですので致し方ないことではありますが、ロキ王が今想像されていることと現実は、真逆に近いのではないかと」
「え?」
「その存在があまりに危険なため、我々ギルド側は情報を隠匿し、これ以上の被害が生まれないよう対策しております。ですからロキ王にも他言無用でお願いできればと思い、事情をお伝えすべくここまでご足労いただいたわけです」
「なるほど……でもこうして情報の入手経路は実際にあるわけですし、それなら存在を無理に隠すのではなく、非常に危険であることを周知徹底させた方がいいのでは?」
頭ではこれが下策と分かっているものの、未だ半信半疑ということもあってそのように告げると、カークスさんはゆっくりと首を横に振る。
「ウェンディゴがいつ姿を見せるのか、その条件が判明していればロキ王の仰る方法も取れなくはないでしょうが、ギルドに残された過去の記録を掘り起こしても、『吹雪』の時に現れる可能性があることくらいしか分かっていないのです。となると、我々が行えることは一つ。狩場の入り口にギルド職員を置き、天候が荒れた時は狩場を完全に封鎖してでもハンター達を守るしか方法がありません」
「封鎖しているのに情報を隠すのは、切っ掛けを与え、興味を惹かれないようにするためですか」
「その通りです。人は……特にロキ王のような強きハンター達は、そのような存在がいると分かれば多くは沸き立つものですから。だったら情報は隠した方がいいと、そのような方針に切り替えてから既に100年以上、実際にウェンディゴの被害は出ていないわけですし、これが正解だったということでしょう」
そう言うカークスさんの言葉に、納得しかけていた俺の首が徐々に傾き始める。
ハンターなんて個人差はあれど、自分の命をベットし続ける代わりにより高額な報酬や高位のランクという名誉を得る仕事じゃないのか?
アルバさんやミズルさん達Eランクハンターでもその気配があったのだから、今目の前でカークスさんが言った通り、最高峰のSランク狩場に出入りするような連中となれば尚更だろう。
だから存在を隠し、被害が出ないようにする。
表ボスのガルグイユもそうやって情報が消され、狩る者もいなくなった地底湖で放置されていたのだから、そういう対応も分からなくはないが……
しかし、些か過保護過ぎやしないか?
いうてもボスではなく希少種だ。
多少の被害を恐れてはそもそもハンター稼業など務まらず、吹雪の度に狩場を完全封鎖などしていたら、逆に稼ぐ機会を潰してしまうのではないのかと。
そんなことを考えていると、顔にでも出ていたのだろう。
カースクさんから声が掛かる。
「腑に落ちない、といった様子ですな」
「……正直に言えば、ハンター相手に慎重過ぎるかなと、そう感じました」
「でしょうな。私も昔、一人のハンターとしてこの地を訪れた時には似たようなことを思いました。今は1階のロビーに看板を設置して狩場の開放状況を表示させていますが、当時はそんなモノもなく、準備を整え仲間達と狩場に向かった先で封鎖されていた時には、自分達の邪魔をするなと怒りすら覚えたものです」
「……」
「ですが、縁あって現役を退いたあとにギルド職員となり、そこで内情を知って痛感しました。ウェンディゴは狩るべき対象にしてはいけない――、万が一にもハンターと出会わせてはいけない魔物なのだと」
「それは……単純に強いから、という理由だけではないですよね?」
なんとなく、話の流れからそれだけではないだろうと思って聞くと、カークスさんは少し悩む素振りを見せながらも頷く。
「ええ。まあ、なんと言いますか……出会ってしまうと、人が人ならざる者に堕ちるのです」
「え?」
「端的に言えば、共食いですな。そして最後の一人になるまで、手身近な人間――つまり仲間の身体を互いに生きたまま食らい続けると、過去の記録ではそう記されています」
「…………」
いやいや。
いやいやいや……冗談でしょ?
そんな考えが真っ先に浮かぶも、カークスさんの表情は酷く真剣で、とても俺のウェンディゴに対する熱を冷まそうというだけで話を盛っている雰囲気がない。
たぶん、これはマジなやつ。
カークスさんは実際にその光景を目の当たりにしたことはないのだろうけど、本当にそのような記録がギルドに残されているのは間違いないのだろう。
だから徹底してハンターがその条件を踏まないよう、可能性のある吹雪のタイミングは狩場を完全封鎖しているわけか……
「死が身近に存在するハンターですから、ただ魔物に敗れた程度であれば、そこまで周囲に動揺は広がりません。しかし、アレは違う。唯一生還した者も気が触れ、結局自ら命を絶っているようですし、ウェンディゴのあまりに凄惨な被害が確認されると、ハンター達はタイドウ雪原から潮が引いたように消えていきます。そしてこの町の産業や経済にまで大きな影響を及ぼすのです。ですからロキ王にも――」
「……ク……ヒッ……」
「――できればご理解の上、ウェンディゴの存在は忘れていただきたかったのですが……まさかこの話をすることで、より一層興味を抱かれるとは思いもしませんでしたよ」











