影なる者 2
「イリーナと連絡とれない……どこにいるんだろ」
奈美は携帯型の魔導機を使ってイリーナと連絡を取り合おうとして見たが、残念なことに連絡は取れなかった。
落胆する奈美を慰めるようにジュリが声を掛けた。
「きっと今忙しいのよ。また後で連絡してみましょう」
「うん。それで私達はどこに向かうの?」
海に面した通りの店側である左側を歩きながらジュリにそう尋ねる奈美、ジュリは携帯の画面を起動させる。
道路側を歩いているレクターもその画面を覗き込む。
「さっきまでいた第一島以外には全部寺院一番高い場所にあるらしいの。その寺院では全て必ず鏡があるのよね。ソラ君がアクア・レインの時に言っていたのも鏡だった。私は鏡にヒントがあると思うの」
ジュリの鏡には確かに大きな鏡が映されており、古臭い建物と相まって神秘性を感じる映像で在り、実際奈美は見とれていた。
「丁度ここを左に曲がって坂を上っていけばたどり着けるよ」
ジュリの言う通り三人は全く同じタイミングで左を向く、そこには緩くは無い急な坂や階段が見えていた。
明らかな登山コースを前に奈美とレクターが同時に「うへ」という言葉をジュリはしっかり聞いていたりする。
携帯を弄りながら他に移動方法が無いかどうかを必死に調べてみると、ちょうどモノレールが寺院前で停まる場所があるらしいという事が分かったのだが、モノレールに乗るのなら来た道を戻る必要が出た。
「来た道を三十分かけて戻ってモノレールで寺院前まで行けるけど?因みにここから歩いていく方が早く着くけど?」
モノレールルートを選べばどうやって三十分以上かかってしまうし、寺院まで歩いて行く方がまだ多少早くたどり着ける。
「「モノレールが良いです」」
素直な二人を引き連れてジュリは来た道を戻り始める。
「でもお父さんも残念だったね。まさか軍方面からお呼び出しを受ける何て……」
「仕方ないよ。皇帝陛下がいらっしゃっているから。そっちの護衛役に選ばれたらね」
「でもさ何しに皇帝陛下もこの地にきているの?」
レクターの素朴な疑問を前にジュリは口元に手を当てて思案する。
その疑問自体はジュリもまたしていた事だし、皇帝陛下がこの地を訪れる事は秘匿事項として扱われていたはずだ。
アベルから教わらなければ誰も知らなかったはずだ。
「海洋同盟の地で何か行われるのかもしれないね。それか皇帝陛下の仕事上この地を選んだのかもしれないし……想像し出したらきりがないけど」
それこそアベルにしか分からない様な事情だと内心無理矢理納得させ、ジュリ達が歩いて戻っていると奈美の視界内にぬいぐるみが目立つところに飾られている店前で止まってしまう。
「可愛い!この人形欲しい。サメみたい!」
「鮫って足生えてたっけ?」
目の前に置かれている鮫に似た姿をしている人形には足が生えていた。レクターにはそのぬいぐるみは決して可愛いとは思えなかった。
しかし、ぬいぐるみに異常なほど可愛らしさを見出す奈美。
ガラスケースに張り付き可愛らしさに目をハートに変え、嬉しさのあまり店内に入ろうとする奈美を抑えようとするジュリ。
「そういえばエアロードとシャドウバイヤは?」
「え?飛空艇から降りたときはいたよ?ここにいないならソラ君かアベルさんについて行ったんじゃない?」
レクターは周りにいない二人の竜を捜すそぶりを見せ、その間にジュリは奈美をガラスケースから引き離す。
三人でモノレール乗り場まで戻ってくるのに三十分。
「モノレール乗り場って島中にあるわけじゃないんだ」
「基本は大島と大島を結ぶもので、島内はバスが主流らしいよ。と言ってもこの距離をある言って移動できるバスは無かったけど」
「まああったら乗ってるけど」
モノレールに乗る為に階段を歩いて昇り、切符を購入してからモノレール乗り場であるホームまで移動する。
「寺院行きが車であと十分はあるね」
「じゃあ今のうちにお父さんにエアロード達が言っているかどうかを聞いておこっと」
奈美が携帯でメッセージを飛ばしている間にジュリは携帯で寺院の歴史を調べ始める。
「寺院は事態は千年前に作られた建築物らしくて、位置を歴史的建造物として登録されているらしいよ。特に今から行く第二島の寺院は一番古い建築物だって」
「へぇ……ガイノス帝国の帝城とどっちが古い?」
「それは比較基準にはならないかな………」
レクターの問いにジュリは苦笑いを浮かべて返す。
帝城は建築して約二千年が経過しており、時代と共に増設や改築が行われているため比較対象としてそもそもおかしい。
「お父さんの所にエアロードはいるらしいよ。なんでも私達やお兄ちゃんの所にいたくないって。でも、シャドウバイヤは知らないって言っている」
「知らない?じゃあソラ君な?ソラ君の陰に隠れられたら、ソラ君でも分からないとは思うけど」
「どういう事?」
「ソラ君はエアロードと同じく風の流れ何かで呼吸音を探ることが出来るの。影の中に隠れていると呼吸音は分からないらしいから」
隠れるという能力でシャドウバイヤ以上に優秀な竜はいないだろう。
「シャドウバイヤが本気になれば聖竜でも見つけられないって聞いたことある。竜にも力関係上上下関係があるらしいから。聖竜ほどぶっ飛んだ存在ではないって聞いたことあるけど」
竜にも上下関係が存在する。
例えば聖竜は竜の中でも最も異常な力の持ち主だというのは皇光歴の世界に生まれた人間なら誰でも知っている真実。
「聖竜に次いで実力のある竜だって言われているから。といっても単純な戦闘能力ならエアロードには勝てないけど」
「エアロードってそんなに強いの?」
「そうだよ。二千年間ソラ君と出会うまで人や竜との関りを避けて生きてきた竜だもの。孤独で生きられるほど強いって事だから。最も呪術に対する耐性は竜の中でダントツに低いって聞いたことある。実際私達が初めて会った時エアロードは人間に操られていたし。石化していたはずだから」
呪術に弱い反面戦闘能力なら誰にも負けない。
同時に賢くなく自他ともに認めるバカでもあるから、基本人間を見下さない珍しい竜でもある。
「竜は人間との契約を嫌がることが殆どなの。竜にとっては人間は見下す事はあっても羨むことは無いから」
「でもエアロードやシャドウバイヤは見下さないよ」
「エアロードは人間を見下さない唯一の竜だし、シャドウバイヤはエアロードの影響をまじかで受けているからね」
エアロードは世界で唯一人間を決して見下さない珍しい竜であり、それを羨む竜は少ない。
「そういえばそうだった。最近その辺の感覚が分からなくなるから困るよね………でも何でソラを避けているんだろ?」
「それがエアロードも語りたがらないんだって。お父さんが言っていたけど」
ジュリも不思議そうな表情をしているが、昨夜の事を正しく記憶しているのはエアロードとソラだけだったりする。
三人で話していると寺院行のモノレールが近づいていることがアナウンスされる。
三人が見つめる先から真っ赤なモノレールが近づいてきていた。