ネイ、腕がムキムキビキビキになる
煉獄の檻を持った指先の方から、ビキビキと皮膚が硬化していく。そして、到底人間の腕らしからぬ形状に変化する。その見た目は、言うなれば肉体派魔族の腕のよう。高位ランクに上級悪魔という魔力も攻撃力もバカ高い筋肉ムキムキ魔族がいるが、その腕に近かった。
何より、でかい。
正直、ネイの身体に付くには非常に不釣り合いな大きさだ。アシュレイあたりに付いた方が見栄えするサイズではなかろうか。
見る間に爪が鋭く尖り、鈎のように湾曲していく。変質していく自身の腕を、ネイは他人事のように眺めた。人間の頭くらいならすっぽりと掌中に収められそうだ。
「ネ、ネイさん、大丈夫なの?」
「うん、全然平気。まあトリモチでくっついてるだけだし。肘からこっちは自体はユウトくんの回復魔法のおかげで全く痛くないし」
それよりも、とネイは内心で密かな期待を抱く。
この力不足となった役立たずの肉体に、『ユウトを護るために準備されていた力』が与えられるのだ。おそらく本来なら、魔王がレオに埋め込むつもりだった力。間違いなく役立つ力だ。
このグロテスクな変化がレオに起こっていたら言語道断な所業であるが、自分に起こるなら大歓迎。
思わず口角が上がってしまうのも仕方あるまい。
そんなネイを見て、魔王が片眉を上げた。
「……お前、だいぶ歪んでいるな。闇へ偏りながら、その割に聖属性への適性もある。なかなか面白い資質だ」
「あ-、グリムリーパーの闇属性と大精霊の聖属性の魔力を、同時に宿してたことがあるからかなあ。でも今は両方とも身体から抜けちゃってるけど」
「ほう……なるほど、だからか。この混沌は……」
魔王は一人で何かに納得すると、うむと頷いた。
「浄化によって精製された魔核は、完全な闇属性でありながら聖属性とも相性が良い。お前はその両方の残滓を持ち、なおかつ魔力の空白部分を持っているのだ。……これなら、うまく繋げられるかもしれん」
「繋げる……? もしかして、俺の腕繋げてくれるとか?」
「そうなるかもしれんということだ。我は何もせぬ。何が起こるのも全て魔核次第だからな」
そう言って、魔王が何事か聞き取り不能な文言を唱える。すると魔核だけを残して檻が消え去り、遮るものがなくなった黒い塊はネイの手のひらに吸い込まれた。
途端に、闇の魔力が流れ込んでくる。
なぜそれが分かるかというと、挟まっているトリモチを飛び越えてネイの身体の中にまでその魔力が伝わってきたからだ。
(……っ、この、力は……)
右腕から入り込んできた魔力が、ぽっかりと空いていたみぞおちの奥を満たしていく。まるでそこが、元からの定位置であったかのように。そしてネイの方も、流れ込む魔力に違和感を覚えなかった。
そう、侵入してきた魔力は馴染みのあるものだったのだ。
(これは、グリムリーパーの力だ……!)
ネイはすぐにそれを覚る。
浄化の炎で穢れを祓われているが、根底にある魔力の匂いのようなものは変わらない。魔核の中にある死神の力が、己の中にあった残滓と呼応したのだ。
引き出される力は魔核とネイの相性による、と魔王が言っていたが、その相性の良い力というのがグリムリーパーのものだったのだろう。
以前のような自他への破壊衝動を伴わない、死への規律を司るための荘厳な魔力が体内に満ちる。
これが、本来の死神の力。
ちなみに腕の方も魔核の魔力を取り込んで黒く変異し、さらに悪魔っぽい見た目になった。腕の繋ぎ目が硬化した皮膚で覆われてしまったが、もしかして本当に繋がったのだろうか。多分な期待を胸に、その腕を試しに動かしてみる。
しかし、ネイはその感覚に眉根を寄せた。
いや、実際の話で言えば、指先は思うように動いたのだ。だが思った感覚と違う。
神経や筋肉を伝達して動かした実感がなく、思考に合わせて腕が勝手に動いたような。
(……そういやさっき魔王が『魔核で変異した細胞はお前の思考に呼応する』と言っていたっけ。つまり俺の思念と繋がっているだけで、細胞組織が繋がるわけじゃないのか)
続けて手先を動かしてみるが、動いても実感がない。
うーん、肌感覚による加減が分からないというのは思いのほか厄介だ。罠の解除などは指先の感覚頼りなところがあるし、力加減を誤れば仲間を傷付けることもあり得る。
腕を下ろしたらデカすぎて地面に突き刺さるし、寝ている間に寝返りを打っただけで周囲のあらゆるものを破壊しそうだ。
……あれ、そもそもこんなの腕に引っ付けながら日常生活すんの、無理じゃね? これ、自分のこともうっかり殺しかねない。そんな不毛な死に方ごめんなんですけど。
「……なるほど、こうなったか。寄生よりも共生を選ぶとは」
しかしそんな心配をするネイを余所に、そうして変異を遂げた腕を見た魔王はどこか興味深げだ。
「お前は自身の欠損した肉体への執着がないのだな。面白い変化だ」
「面白がられても困る……。こんなん、触るもの皆傷付けるみたいな悲しきモンスターじゃん。腕太すぎて着替えもできないし」
「そこは問題ないだろう。お前の中にはグリムリーパーに加え、死霊術士の能力も宿ったようだからな」
「……死霊術士?」
そういえば、グリムリーパーに合成されていたと思われる魔族の中に、死霊術士がいたはずだ。これもまた、ネイの抱える死の気配と相性が良かったということか。
「死霊術士の能力は、死した肉体を自在に操るものだ。つまり一度は肉塊となったその腕を、それこそ自身の手以上に扱えるようになる。そうなるまでに多少の慣れやコツは必要だがな」
「自在に操る……あ、もしかして、大きさとか見た目も変えられる!?」
「その腕が元々お前のものだということを考えれば、おそらく思念も反映されやすい。現時点でもそのくらいは可能だろう」
なるほど、これまで自分の思念と繋がっていた腕だ、切り離されたとはいえ細胞の中に残存する記憶は一致するはず。そこに魔核という、魔王が直々に準備していた力を埋め込まれたとなれば、その汎用性は計り知れない。
ネイはその操作性の一端を探るために、腕の構造変化を試みた。
ひとまず皮膚の硬度などはそのままでもいい。細胞の密度を詰めるイメージで、外側に向かう攻撃性を帯びた魔力を、埋まった魔核の中に一旦しまい込む。
そうして大きさも見た目も本来のネイの腕に近付けようと思念を送ると、すぐに肘から先がぐにゃりと変化した。
(これは……思った以上に使えるかもしれない)
細胞を収斂させた腕は、ネイの思考通りの形状に落ち着く。色だけは黒いままで変えられないようだが、この辺は包帯を巻いたり手袋を付けたりすればどうでもいい。
それよりも、この自在な形状変化が間違いなくネイの攻撃の幅を広げてくれる確信があった。もっと硬度を増せば盾になり、同時に思考次第でどんな武器にもなり得るのだ。逆に繊細に動かせるようになれば、罠解除以上のことも可能になるかもしれない。もちろん今はまだ、それをこなすための訓練が必要だけれど。
(この力があれば、俺はこれからもレオさんたちと共に戦える……!)
これは自身の無力を覚っていたネイにとって、大きな福音であった。
強くなればなるほど、好き勝手に主人のために動くことができるようになる。そして自分の思うまま、自由に主人に縛られることができる。
何より、レオの酷く狭い世界の中に入ることが許されるのだ。
それが叶ったと考えれば、腕の一本くらい安いもの。
(……レオさんが生け贄になるかもしれなかったことを考えたら、この展開は出来過ぎなくらいだ)
そこに関しては魔王に不審があるけれど。
代わりに己が手に入れた恩恵の大きさを考えれば、ネイは追求する気にはなれなかった。
そろそろレオとクリスを復活させたいので、いつもより早めに更新していきます




