第八話 実は天才同士の会話
俺は、調子に乗ってたんだ。
目の前には、言いたい放題におのろけが出来て満足そう、幸せ一杯に「見える」パメラさんがいる。
だけど背筋が凍った。冷や汗って、背筋が凍ると出るものなんだと初めて知った。
聞き過ぎた。
スカートの水玉模様が全部魔方陣だったことを知ってしまったのがそうだ。
パメラさんに、六つ足ボアを担げるのはスカートのせいなのかって、質問をしてしまったこともそうだ。
パメラさんはにこにこして、そして、ちがうのよ、って言った。
どうしようか。
パメラさんに、聞き過ぎた俺をどうにかする気が、あるのか、ないのか。
ここまでの話の流れが、知り過ぎた奴を消すっていう流れじゃないのは間違いない。
パメラさんは楽しそうにしか見えないし、俺の考え過ぎってのは十分に有り得る。
それにここは往来の激しい街路樹脇のベンチ、すぐそこに冒険者ギルドもある。
今すぐ俺に手を出すことは、パメラさんには出来ないはずだ。
スカートの水玉の、魔方陣のどれかに、俺を消すに都合のいい何かが描かれてさえいなければ。
全力で話を逸らすんだ!
「それじゃあ、パメラさん、素で力持ちなんっすか?六つ足ボアを担げる女の人なんて、ウチのお袋ぐらいなもんだと思ってました。」
逸れているか?
「うふふ、そんなの無理に決まってるじゃない、これよ?これ。」
パメラさんは半袖をまくり上げて、肩の高さで肘を曲げて見せた。
…思わず、白い二の腕の、無い力こぶにさわろうと手を伸ばしてしまった。
「だめよ。」
なああにをやってんだよおお、俺はよおお!
こんな局面なのに、こんな局面なのにぃぃぃ!
「わああすいませんすいません!何やってんだぁオレ!思わずホントにすいません!」
すいませんと繰り返し謝ってると、頭の中では「吸いません」って言葉が思い浮かんだ。野獣かよ!
「仕方が無いわねえ。」
「え?」おいおいおい、期待なんかするんじゃねえよ、俺!
「男の子だもんねえ。」
「はい」
「でも、だめ。パメラは、身も、心も、愛する旦那様に全てを捧げているのだもの。」
「も、もちろんです!パメラさんは、身も、心も、愛する旦那様に全てを捧げています!」
復唱してどうすんだよ。
「ありがとう。…そうねえ、お礼じゃないけど、どうやって大きなボアなんかを持ち上げているのか、教えてあげるわね。」
「ありがとうございます、うれしいです!」
窮地は抜けた、のかな。
「簡単に言っちゃうと、強化魔法なの。愛する旦那様に教えてもらって、それを使って依頼をこなしているわけ。」
強化魔法か、防御系の魔法と並んで、冒険者にとっては馴染みの深い魔法だよな。強敵と戦う時や長期戦では必要不可欠な魔法だ。
「だとしたら、強化魔法ってすごいんですねえ。俺、Fランのほやほやじゃないですか、強化魔法って名前は聞いて知ってても、実際に見たことはなかったんですよ。」
「あらそうなの?ちょっと意外ねえ、お店の厨房なんかで使っているものだとばかり思ってたわ。」
「ええと、強化魔法使うと、実際の材料の重さが感じられなくなるんすよ。それと同じで、感覚強化は味付けの塩梅を感じるのに、かえって邪魔になるって。ウチの爺ちゃんの受け売りなんですけど。」
「へえ、聞いてみるものねえ、『おいしいワイバーン』のお料理って、魔法の力で美味しくしてると思ってた、まさかその逆だなんて思っても見なかったわ、あらためてジュウゾウ君にはお礼ね、愛する旦那様に面白いお土産話が出来たわ。……企業秘密だったかしら。」
「いやいや全然ですよ。普通の人だってお料理するのに魔法は使わないでしょ?おんなじことですから。」
ウチには、ばれたらまずい秘密ってあったかな?おばあちゃんはなんか秘密を持っているみたいなこと言ってたけど。
最初、俺の方がパメラさんご夫婦の秘密に触れちゃったかとびびっていたのに、パメラさんも似たようなこと考えるんだな、なんか、気が楽になる。
「そういえば、パメラさんはどうやって使えるようになったんです?旦那様が教えてくれたんでしたっけ?」
「そうなの!ある日、わたしがテーブルを動かしているのを愛する旦那様がじっと見詰めていて、ふむ、お前には強化魔法の才能があるようだって教えて下さったの。それで強化魔法ができるようになったのよ。」
それって、教えられたうちに入るのか?
「…あれをこうしろとかそうしろとか、そういうのはなかったって聞こえるんすけど?」
「ええ、愛する旦那様がおっしゃったんだからどんな重いものでも持ち上がらないはずがない、そう思ったら持ち上げられるようになったの。」
うーん、…分かるっちゃ分かる。魔法って、出来ると思ったら出来ちゃうんだよな。
俺が使ってる料理魔法も、覚えたのはそんな感じに近いんだ。親父がやってんのを見て、親父に出来るんなら俺にも出来るって思って、それでボイルとミンチは覚えた。
ヒトミなんか、俺が出来るようになったって話をしたら、それだけで出来るようになったもんな。
でもこれじゃあ、パメラさんに強化魔法を教わるっていうのは難しいか。
「どうやったら、強化魔法って覚えられるのかなあ…」
「ジュウゾウ君、強化魔法を覚えたかったの?」
「出来る人と出来ない人がいるのは分かってるけど、覚えられたらいいなって思いますね、冒険者なんだし。パメラさんのあんなの見ちゃったら、やっぱりうらやましいですよ。」
「見てあげましょうか?」
「え?」
「ジュウゾウ君の強化魔法。」
「ええ?いやでも、パメラさんの覚え方って割と変わってるっていうか、愛する旦那様あっての覚え方ですよね?」
「そうなんだけど、わたしは曲がりなりにも強化魔法を使えるのだから、ジュウゾウ君が試しているのを見れば何か分かるかもしれないわよ?」
「うーん、でも俺、強化魔法なんて試したことないから、どうすればいいのかなんて全然思い付かないんですよ。」
「だから、手がかりが必要なの。」
「手がかり?」
「愛する旦那様はね、実験は失敗してこそ燃えるって言うの。何故どうやって失敗したのか、それをひとつひとつ見極めていくことこそが、真理へ辿り着く道なのだって…」
「だから、ジュウゾウ君が失敗するところを見せて欲しいのよ。」
確かに、試したことが全然ないんだから、成功はもちろん、失敗したこともないわけだけど…、
他人の、本当の親切には甘えろっていうもんな。物は試しで、やってみようか。
というわけで、俺はパメラさんと一緒に冒険者ギルドの訓練場に足を踏み入れることになったんだ。
失敗をするために。