第9話 見られちゃって見ちゃった
近付くにつれて…… なんか良い香りがする。
そして百合騎士団宿舎のお風呂場に足を踏み入れた僕は緊張のあまり声も出なくなる。
シャワールームに行くにはお風呂場の脱衣場を通らなければならないなんて知らなかったもん。
華やかで綺麗な先輩の女性騎士達が見事なプロポーションの裸を惜しみなく晒している中を下を向いて足早に通り過ぎる僕。
「ううっ、緊張したぁ…… でもこれで大丈夫だね。 念のために着替えもシャワールームの中ですれば心配無いと思う」
シャワールームに入った僕は棚に荷物を置いて扉を閉めようと後ろを振り返ったんだけど……
「何が心配無いのかしら?」
「うわぁっ!」
背後から急に声を掛けられて心臓が止まりそうになる。
そこに立っていたのは白いバスタオルを身体に巻き付けたアリエルだった。
「お風呂に入ろうと思ったらマオが足早に此方に向かって行くのが見えて気になって追い掛けて来ましたの。 お風呂では無く、シャワーで済ませるおつもり?」
よりによってアリエルに見られちゃうなんて。
一緒に入ろうとか言うに決まってるよ。
「僕の生まれ育ったカタリナ村にはお風呂に入れる習慣は無いから、普段通りにシャワーの方が良いかなって……」
ジュリエッタは信じてくれたけど、アリエルはどうかな?
「そうなのですか? 下々の者の暮らしには疎いので、あまり良く知らないのですけれど、確かに急に生活環境が変わるのも辛いですから、少しずつ慣らして行けば良いのかも知れませんわね」
良かった…… 大丈夫みたい。
アリエルって僕が思っていたより思いやりがあるんだって今更ながら気付かされた。
「でしたら今日は私もマオと一緒にシャワーに致しますわ。 一人じゃ寂しいでしょう?」
優しげな笑みを浮かべながら僕の手を握り締めるアリエル。
ううっ、アリエルの優しさが今の僕にはピンチでしか無いよ。
そして隣合うシャワールームで汗を流す僕達。
壁を隔てているし安心しきっていたのがいけなかったのかも知れないけど、その時はいきなり訪れた。
「ねぅ、マオ。 私の使っているトリートメントを使ってみません事? きっとマオも気にいる筈で…… すわ……」
僕のいるシャワールームの扉がいきなり開けられたかと思うとアリエルがトリートメントの入った瓶を差し出しながら固まっていた。
それもその筈…… びっくりして振り向いた僕は真っ裸だったんだもん。
「な、何ですの! マオの股間に付いている物は? マオは女の子ですわ…… だったら付いている筈がありませんの」
とうとうバレちゃった…… やっぱり女の子に成りすまして騎士になるのは無理だったのかな。
目の前には放心状態で裸のままのアリエルが僕と向かい合うように床にペタンとお尻をついて座ってしまう。
脚が開かれたままだから彼女の股間も丸見えだったりもする。
二人して初めて見た異性の性器に言い表せない程の衝撃を受けていた。
そして暫くの間、二人して互いの股間に視線が釘付けになる。
無言のままの二人だけの空間にシャワーの音だけが響き渡っていた。
「ごめん…… アリエル。 実は僕、本当は男の子なんだ。 王国騎士団と百合騎士団の入団試験を間違えて受けちゃったのが事の始まりで、平民は二人しかいないから僕がいてくれて良かったってミオに言われたら、もうその事を言い出せなくなって……」
「みんなが僕を認めてくれるのが嬉しくって…… 親友だってミオとアリエルが言って貰えたから更に嬉しくって…… 本当にごめんなさい。 バレちゃったんだから、すぐに出て行くよ。 ちゃんと団長にも話して謝る。 投獄されるかも知れないけど悪いのは全部僕だから」
アリエルは黙ったまま僕の話を聞いてくれた。
怒ったりもせずに聞いてくれたんだ。
「じゃあ、さよなら…… アリエル」
バスタオルを身体に巻き付けると荷物を抱えた僕はシャワールームから出て行こうとアリエルの前を横切る。
そんな僕の手をアリエルが強く握って引き止めていた。
「平民でも白百合の騎士になれるんだって証明するのでは無かったのかしら? アレは軽い気持ちで言っただけでしたのね」
「そんな事は無いよ! 平民は所詮何も出来ないなんて言う世の中の常識を変えられるなら変えてみたかった……」
でも君にバレちゃったんだもん……
「私が認めたマオなのですから、最後まで諦めず思いを貫き通しなさい! 私は何も見なかった。 それなら宜しくって?」
それって…… 僕が男だって事を内緒にするから、諦めずに白百合の騎士を目指せって事?
アリエル…… 君って人は…… 僕よりも男らしいよ。
「でも私の全てを見られてしまったからには、もう他の男性の元へはお嫁に行けませんわ。 事が成った暁には私と結婚すると約束なさい! 良いですね、マオ!!」
僕も見られちゃったから、これでおあいこだなんて言ったら流石にマズイよね。
今ここで結婚の約束をしないといけないの?
強気に言い出したアリエルの顔を良く見れば真っ赤になってる。
きっと恥ずかしくて堪らない筈だ。
だとしても公爵令嬢と平民の僕が結婚出来る訳ないよ。
身分が違い過ぎる…… もしかしたらアリエルも分かってて言ってるのかも。
結婚の約束をして僕を百合騎士団から出て行かせないつもりなのかも知れない。
「僕を許してくれるの?」
「許すも何も無いでしょう。 こうなったら私がマオを白百合の騎士にして差し上げますわ。 そして私と添い遂げるのです!」
違う…… 僕を引き止める策とかじゃない。
アリエルは本気で僕と結婚するつもりだ。
僕なんかの何処が良いんだろうか?
でも僕はアリエルが好きになっていた。
「う、うん。 僕が白百合の騎士になったらアリエルと結婚するって誓うよ」
こうして僕はアリエルと結婚の約束をする羽目になっちゃったんだけど…… 考えてみたら最強の協力者を手に入れたのかも知れない。
「その日を待ってますわ、マオ」
後でアリエルに聞いたんだけど、どうやら僕に一目惚れしたらしい。
でも女の子を好きになってしまった自分に驚き葛藤していたそうだ。
だから僕が男だと知って安堵したんだって笑って話してくれた。
僕はその時の照れ笑いを浮かべたアリエルの笑顔を生涯忘れる事は無かった。