#036「喪失感覚」
舞台は、寮の自室。
登場人物は、山崎、朝丘、吉原の三人。
「何だか、どこか櫛の歯が欠けたような気分だな」
「どうにも、物足りないな」
「失って初めて、存在の重さや、依存性に気付くことが多いよね」
「朝、起こしてくれる人が居ない」
「健康調査票のチェックを忘れてしまうときがある」
「寝癖とか、シャツのはみ出しとか、身嗜みの点検を怠りがち」
「シャツのボタン付けを頼めない」
「食堂で、箸や水を取ってくるのを忘れる」
「中庭に咲く、草花の名前が分からない」
「単語が出てこなくて、もどかしい思いをする」
「渡部に訊けば、一瞬で分かるんだがなぁ」
「豆知識つきで返ってくるよね」
「それでも、いつまでも感傷に浸ってられない。渡部のベッドを片付けるぞ」
「シーツやカバーは、渡部が洗濯して返却してくれたが」
「敷きパッド、中綿掛け布団、枕クッションは、そのままだもんね」
「これも返さなきゃいけないなら、始めから、そう言えって話だよな」
「いまさら文句を言っても、何の足しにもならないからな」
「そうそう。畳んでいこう」
「敷きパッドは三つ折りで、掛け布団は四つ折りにして返すんだったな」
「自分が掛け布団を畳んで運ぶから、山崎は敷きパッドを、吉原は枕を頼む」
「分かった。それじゃあ、僕は枕を」
「俺は、敷きパッドを。あれ?」
「どうした? どこか、破れてるのか?」
「違うみたいだね。何か見付けたの?」
「あぁ。ほら、カチューシャだ。こんなところで、ずっと下敷きになってたんだな」
「探してたのか?」
「昨年の年末あたりから、ずっと見当たらなかったんだ」
「つけてみろよ、朝丘」
「リボン付きか。いささか、抵抗があるな」
「ちょっとしたワン・ポイントだよ」
「気にしない、気にしない」
「まぁ、二人の前なら良いか。――どうだ?」
「似合うね」
「前髪を上げたほうが良いな」
「そうか」
「渡部くんにも見せてあげたいね」
「写真を送るか。あぁ、でも、まだ連絡先が分からないんだったな」
「撮るだけでも良いだろう。ほら、肩を貸せ」
「僕たちも必要?」
「嫌がるなよ、吉原」
「仲良くやってる証拠を残さないと」
「それなら、良いかな」
「よし、決まり」
「撮るぞ。――はい、チーズ」




