#030「入替魂魄」
「平熱は高いほうですけど、まだ、微熱があるようですね」
「解熱剤を飲むべきか?」
「これくらいの熱で服用してはいけませんよ。発熱と食欲不振は、身体が戦っている証拠です。安静にして睡眠をとって、食欲が出たときに少し食べるくらいで大丈夫です。このお粥で、栄養を補給しましょう」
「白っぽいな」
「ミルク粥ですから。生姜も入ってます。上に乗せてあるのは、スライスした茹で卵です」
「何も、花模様に並べなくたって、殻付きのまま渡してくれれば良いのに」
「食べる前に、手数を掛けさせたくありませんから。お味は、いかがですか?」
「ウゥン。甘いのはわかるが、他の風味が、いまいち、よく分からない」
「鼻が利いてませんね。お口に合いませんか?」
「不味い訳じゃない。むしろ、美味しい部類だと思う。それを堪能できないのが、口惜しい」
「苺もありますよ。切る前に、サッと流水に潜らせてありますから」
「蔕を取ってあるし、練乳もかけてあるし、スプーンまで添えてある。何だか、貴族になったような気分だな。渡部は、家ではいつも、苺をこうして食べるか?」
「生で食べる場合は、こうすることが多いですね。量が多い場合は、コンフィチュールにしたり、ババロアにしたり、シャーベットにしたりしますけど。朝丘さんは違うのですか?」
「軽く洗って、蔕を持って食べる。それだけ」
「シンプルですね。ありのままの苺の味を楽しめそうです」
「食べ終わったあと、指が真っ赤になるけどな。――どうした? 蚊がいるのか?」
「カラー・ボックスに警察小説、机の上に拳銃と手錠。出窓には、さっき生けた花瓶と並んで、大振りの懐中電灯。ハード・ボイルドな部屋ですね」
「机の上にあるのはレプリカだけどな。どれも、両親の影響だ」
「ご両親は、何をされているかたなのですか?」
「訊かれたら、地方公務員だと答えるように言われてるんだが、この部屋を見られたら、誤魔化しようがないな」
「警察官なのですね?」
「両親共にな。彦根警察署に勤務してるんだ。警察の階級は分かるか?」
「下から、巡査、巡査部長、警部補、警部、警視、警視正、警視長、警視監、警視総監。職制が、係、主任、係長、課長補佐、課長、部長、本部長だったと思います」
「さすがだな。父が警部で課長、母が警部補で課長補佐なんだ。わかってるだろうが」
「他言無用ですね? ご心配なく。誰にも言いませんし、どこにも書きませんから」
「護身術が身に付けるときに、全身の急所を把握させられたんだ。両親から半強制で覚えこまされたんだが、なかなかどうして、役に立ってる、情報漏洩が発覚した場合は、手加減しないから、覚悟しろ」
「怖い、怖い。敵に回したくないですね。――冷蔵庫の扉に貼ってあったカレンダーを見て気付いたんですけど、朝丘さんの名前の由来は、ご両親の名前からなんですね」
「そういえば、予定と一緒に、名前が書いてあったな。拓郎と弥生だから、拓弥なんだ。妊娠中に、母親の胎内で暴れてたらしくて、男の子用しか考えてなかったんだと」
「生まれてみたら女の子だったので、読みかたを変えたんですね。私とは逆ですね」
「二人目も女だと思われてたのか?」
「母胎では、姉よりも大人しかったそうです。もしかしたら、悪戯好きの神様に、性別を入れ替えられてしまったのかもしれませんね」
「ひょっとしたら、そうかもしれないな」




