#009「英雄願望」
舞台は、保健室。
登場人物は、吉原、渡部の二人。
「堀先生は、いないみたいだね」
「そのようですね。傷は痛みますか?」
「まだ少しだけ。でも、切った直後よりは引いてるよ」
「出血は止まりかけてますね。ハンカチを外しても大丈夫そうです」
「ごめんね。僕が不注意だったせいで、授業を抜け出すことになってしまって」
「誰だって、ケアレス・ミスをするものです」
「このハンカチは、洗って返すよ」
「布に染み込んだ血液は、なかなか落ちませんから、ハンカチは捨てて良いですよ。それにしても、珍しいですね。いつも慎重な吉原さんが、実験で怪我をするなんて。山崎さんなら、まだしも」
「うん。ちょっとね」
「消毒して、ガーゼを当てますから、手をパーににしてください」
「ウッ、クァ」
「あぁ、ごめんなさい。こんなに勢い良く出てくるとは、思わなかったものですから」
「……ねぇ、渡部くん」
「何ですか、吉原さん」
「新学期が始まって一ヶ月以上経つけど、渡部くんは、朝丘くんのこと、どう思ってる?」
「そうですねぇ。私が見る限り、サバサバとした性格で、向上心があるかただと思います」
「せっかちで、ちょっとガサツなところが目立つし、嫌なことに対しては、容赦なく切り捨てるところがあるけどね」
「合理性を重視しすぎるところがありますね。――はい。手当て完了です」
「ありがとう」
「朝丘さんのことが気になるのですか、吉原さん?」
「えぇっと、その。何だろう? まだ、気持ちの整理がついてないんだけど。山崎くんや渡部くんといるときと、朝丘くんといるときとでは、感覚が違うんだよね。どうも、緊張してしまうというか、一緒にいることに慣れないというか」
「知り合ってからの長さが異なりますからね。どうしても、違いを意識してしまいます」
「いや。そういうことじゃなくて。何ていうか、あぁ」
「いま、ここにいるのは、私と吉原さんの二人だけですよ。何一つ憚ることはありませんし、どんな話でも受け止めますから、素直に言ってみてください」
「それじゃあ、言うね。変に思うかもしれないし、自分でも、変だと思ってるんだけど。あのね。どうやら僕は、朝丘くんのことを好きになってしまったみたいなんだ」
「何だ。全然おかしくないですよ、吉原さん」
「でも、こうして渡部くんといるときは、そういう感情は湧かないんだ。山崎くんでも同じ」
「それぞれ、別の性格や人格を持っていますから、同列に扱うのはおかしいとおもいます」
「やっぱり変だよ」
「いいえ、そんなことありません。吉原さんは、朝丘さんの男らしい格好良さに惚れたんです。きっと、そういうことですよ。戦隊ヒーローや、歴史上の偉人に憧れるのと同じ性質です」
「それは、手が届かない存在だから」
「吉原さん。自分が変わり者だとしないと気が済まないのでしたら、それで結構ですけれども、その考えを私に押し付けないでください」
「……ごめん。他人に意見を求めておいて、自分の意見と一致させようとしたら駄目だよね」
「まだ、一ヶ月しか経っていませんし、焦って結論を出すことはないと思いますよ」
「そうだね。まだ一ヶ月しか経ってないもんね」
「さて。そろそろ、実験室に戻りましょう」
「そうしよう」




