第十八話 子供達、戦う【前編】
前回までのあらすじ。《一つ目殺人鬼》ことエリちゃん渾身のハンマーを、まともに受けた僕だったが――
「んぎぎぎぎ!」
鉄の斧でしっかり受け取め、歯を食いしばる。
――いける! いけてるぞ!
同じような体型でありながら、現実世界ではほぼぜい肉で構成されている山本健人の体なら、当然斧ごと叩き潰され、頭が胴体までめり込んでいることだろう。もしくは殺人タックルで壁に押し潰されているか。
コロコロしてても強靭な肉体のドワーフ、タケトンだからこそ耐えきったのだ。
僕の戦闘レベルは5。このダンジョンの浅層~中層に出てくるエリちゃんはレベル8~15というところ。
レベル3の開きを、岩だらけの場所でステ上昇効果のある《大地の加護》、そして斧を両手持ちすることでステ上昇の《斧使い》のスキルで、なんとか凌ぐことが出来た。
それでもダメージを覚悟していたが、思っていたよりも攻撃が重たくなかった。
そうか! ぶつかり合う直前、エリちゃんの体に黒いもやみたいなのが一瞬まとわりついた。あれは、ステータスを下げるデバフ魔法の《黒い雲》だ。
ぶつかるタイミングで、セイヴがかけてくれたのだ。
バフやデバフは、かけた直後が一番効果が強く現れ、だんだんと薄れていく。術者のレベルが上がれば上がるほど、そのマックス効果時間が伸びていく。
レベルが低いうちは、何度も何度もかけ続けなきゃいけないから、セイヴが攻撃魔法をかける暇はない。
ていうか、レベル1の《火炎球》なんて、エリちゃんにはホッカイロ程度の効果しかないが、デバフは効果時間が短いというだけでしっかりかかる。
つまり、最善の選択を、最高のタイミングでやってくれた。
分かっててやったのか、偶然なのかはさておき、良く出来ましたで賞だ!!
「ブホッ! ブフゥッ!」
「ぐぎぎぎ!」
エリちゃんの熱い吐息が生々しく僕の顔にかかるぜ。
仕留めきれなかったことで、逆に大興奮している。
巨大な目玉が一つであることよりも、鼻が無いのに鼻息がするのが怖い。よくこんな精神的に不愉快なデザイン出来たな。裂けた口から、ギザギザに尖った歯が覗き、ガチガチと音を立てる。
RPGっていうよりホラーゲーム丸出しである。
僕のスキルとセイヴのデバフ魔法で、一撃目を受け留めはしたものの、二撃目すかさずきた頭突き攻撃が、まともに僕の青銅の兜にめりこんだ。
「いででででっ!」
痛くはないんです。でも、ダメージを受けた! という認識が、痛いような気になって、つい口走ってしまう。
あと、脚にダメージが入っている感覚がする。
コ、コイツ、すねを蹴ってやがる! そんな喧嘩殺法を……!
「とーさん!」
日高より子似の可愛い少年声が鋭く響いた。
「そのままがんばってて!」
無慈悲な。
エリちゃんの後ろに走って来るイグアスの姿を、僕はふんばりながら見た。
イグアスの生命力は高くない。
エリちゃんの注意を僕に向け続けるため、短い足を力いっぱい伸ばし、すねを蹴り返してやった。
「どわああああ!」
あまり絵柄的にカッコよくないすね蹴り合戦がここに開幕された。
「よっと」
余裕を感じる声と共に、華奢な体が跳躍する。
そのままエリちゃんを飛び越え、イグアスは僕の肩に――
「ぶべらっ!?」
わりと高いとこから着地されたので、僕はダメージを受けた。体力ゲージが見えるゲームなら、グイーンと半分以下まで下がっただろう。
来るときはあんなに微笑ましい父子の肩車だったのに……今じゃ父さんの命を奪いかけた味方へのダイレクトアタック……。
「ほら、とーさん、合体合体!」
「そっ、それをやりたかったわけじゃないよね!? ねえ、ないよね!?」
「ブフォッ! ブフフォッ!!」
「うるさいよエリちゃん!!!」
ズコズコとすねを蹴られ続け、ダメージが溜まっていく。
すね蹴りってイメージだけで痛いから、マジに痛いような気がしてくる。
タケトンの精神に100のダメージ……。
時々、ダメージを受ける手ごたえが軽くなるのは、セイヴが《ブラッククラウド》をかけ直してくれているのだろう。
とはいえ、受け留めたハンマー、兜がへこむほどの頭突き、陰湿なすね蹴り、そしてイグアスのジャンピングスタンプをもろ両肩に受けた僕の生命力は、だいぶ減っている。
ダメージが蓄積していくと、体が重たく感じる。力も入らなくなってくる。
フルダイブじゃないゲームなら、キャラクターの痛みも苦しみも感じない。
ボタン一つで、どんなに傷ついていても死ぬまでは戦ってくれる。
でも、僕は違う。
脳をゲーム機に支配されて、ダメージを受けたら受けただけ、じわじわと体が動かなくなってくる恐怖を与えられているのだ。
体が動かなくなってきた……。
重たい枷を次々とつけられているかんじだ。
あと、軽かったイグアスが子泣きジジイみたいにだんだん重たく感じてくる。
なにか石でも食べれば《悪食》スキルで少しは回復出来るかもだが、両手が塞がっていて無理だし、こんな状態でそんな元気な行動できねーよって身を持って分かった。死にスキルありがとう運営……。
「親父、もうちょっと踏ん張れ!」
ああ、セイヴの叱咤激励が聴こえる。
なんだかんだ言って、父さんのボケを毎回絶対に拾ってくれる。
恥ずかしがっている顔は、年相応にプリティーだったよ。
兄弟の面倒もよく見てくれて、君はとてもいい子だったね――……。
「とーさん、まだ耐えれる?」
声だけは天使のようなイグアス。言ってることは鬼畜だよ。
父さんのトドメを刺したのはほとんど君だけど、恨んじゃいない。
君がその手に持っている石は――そう、いつだったか父さんがあげたものだ。
大事に取ってくれてたんだね。嬉しいな。形見にしてくれ――……。
「――ち、父上……!」
思わず『きゅん』付けで呼びたくなるノアきゅん……。
朦朧とする意識の中でも、君の容姿は本当に輝いている。
次に生まれ変わったら、ドワーフじゃなく、君のような美少年になりたい。
少し臆病な君だけど、成長して聖騎士になった姿が見たかったな。
そうそう、そんなふうに凛々しく剣を掲げた――……。
……どわわわわわわ!!!
――み、漲ってきたああああ!!!
回復しとる! 回復しとる!!!
盾剣士は、斧戦士より生命力と防御力に劣るぶん、少々の回復魔法を扱える。
剣(木刀だが)を体の前にかかげるポーズは、その発動アクションだ。
受け留めたハンマー、兜がへこむほどの頭突き、陰湿なすね蹴り、そしてイグアスのジャンピングスタンプをもろ両肩に受けた体が、戦闘前の綺麗な体に戻っていく――!!
ノアきゅんが、《治癒》をかけてくれているのだ!
正直、一番ゲーム慣れしてなかったから、あんまし期待していなかった。
ところが、レベル1の回復量では追い付かないと判断してか、連続がけしてくれている!
どんどん治る! どんどん治る!!
おおおお気ん持ちいいッ!!
このゲームで回復効果を受けたことが無かったので、ダメージが癒えていく爽快感にトリップしかけたぜ。危なくない? これ。僕だけ?
「だ、大丈夫ですか!? 父上!」
「おーい、効いてるかー?」
ノアとセイヴの声が、さっきまで朦朧としていた意識にはっきり届いた。
「ああ、ビンビンだ!!!」
いっけね。
思わずセクハラと取られかねない発言をしてしまった。
女子生徒じゃなくて良かったよ。このプレイ動画、あとで万葉ちゃんや親御さんも観るんだよ。……セーフかな?
「ブフォブフォッブフォフォッフォ!!!」
おおお、めっちゃ怖いエリちゃんのいきり立つ声……。
うっすら目を開くと、エリちゃんの筋骨隆々としたワガママボディに、相変わらずセイヴがかけてくれている黒いもやがかかっているようだ。頼もしい。
それに、ノアの回復魔法で体力はほぼ満タン!
すね蹴り無差別級決勝戦、再び開幕――!
……と思ったが、そういえばすね蹴りが止んでいる。
「ブフォオオオオッ……!! ブッヴヴ……ッ!!!」
よく聴き分けてみると、エリちゃん……さっきより苦しんでいる?
戦闘関連の描写は、敵ボイスに至るまで規制がかかっているせいで、あんまよく分からんかった。あんまり悲痛な声は上げないようになっているのだ。
さっきまで朦朧としていたが、体力回復した僕ははっきりと目を開き、その光景を見た。
「ブフォッブフォッ!」
エリちゃんの顔が、一定のリズムでずっとのけぞっている。
格ゲーでいうと、小パンチ小パンチ小パンチってかんじ。
いや、実際そうだった。
僕の肩の上をすっかり専用シート化させているイグアスが、ひたすら細かいパンチでエリちゃんの単眼に叩き込んでいたのだ。
エリちゃんがのけぞり続けるほど間髪入れず。ひたすらの連打。
ていうか、コンコンコンとノックでもしてるみたい。
出てる音は『ドンドンドンドン』ってかんじだけど。
僕の両腕は、エリちゃんのハンマーを抑え込むのに塞がっている。エリちゃんの姿は見れても、イグアスの姿は視界の端っこにしか見えない。
イグアスの声が、僕の頭上から聴こえる。
「だいじょーぶ。とーさんをボロボロにしたカタキ、ボクがとってあげるからね」
いつものはしゃいだかんじじゃなく、静かで抑揚の無い声が怖い。が、頼もしくもある。
あと、ボロボロにしたんけっこう君や。




