第十九話 子供達、戦う【後編】
「わぁ、ほんとだ。これ、強いね。ちゃんと武器になってるよ」
頭の上で、無邪気な声。
イグアスは手の中に、僕があげた石を握り込んでいるようだ。
握り込んだ石は〈格闘家〉の武器としてちゃんとダメージ加算される。
「――ど、わああああああ……っ!」
エリちゃんがのけぞるタイミングで、僕はぐっと踏ん張って、少し前に押し返すことが出来た。
「ブフッ……ブフォッ!」
じりじりと後退していくエリちゃん。ドワーフの力をナメるなよ!
ぐい、と斧を押し込み、首に食い込まんばかりだったハンマーの柄が離れる。首を動かす余裕が出来て、イグアスの様子がさっきより見えるようになった。
石を握り込んだイグアスの拳が、ドンドンドンドン、と一定のリズムでずーっとエリちゃんの単眼部分にヒットしている。
僕とエリちゃんは、斧とハンマー、それぞれの武器を絡ませたままだ。それでエリちゃんは片手だけを離し、イグアスを捕まえようとしたが、それを彼は、左手で素早くいなしている。
レベルが低く、防御力も低いイグアスでは、一撃だってまともに受けることはできない。
だから相手の動きに逆らわず、むしろその力を利用し、小さな力で逃れつつも、右手は素早くドンドンドンと同じ場所にダメージを蓄積させていく。
モンスターにもプレイヤーにも決まった生命量がある。
大ダメージを喰らうとそれが大幅に下がる。
その他に、同じ個所に部分ダメージを受け続けることで起こる、《部位破壊》がある。
一定以上ダメージが蓄積されると、その部分が破壊され。
生命量も一気に下がる。
イグアスはエリちゃんの単眼部分の部位破壊をしているのだ。それもレベル1の彼の一撃では大ダメージは望めないから、ひたすら手数で壊す気だ。
無表情でドンドン拳を入れてく姿はちょっと怖いが、しっちゃかめっちゃかに伸ばされるエリちゃんの腕を左手でぱんぱんっと跳ねのけ、低ダメージを蓄積させていくのは、神業的だった。
装備無し裸プレイでノーダメージクリアする動画でも見ているようだ。
それが僕の頭の上でなければ、怖くなくて、最高に興奮しただろう……。
バァンッ!!!
と、いきなり激しい音がして、ついに単眼部分が破壊された。
眼球が飛び出し血が飛び散り――みたいなことはホラーゲームじゃないのでなく、ガラスが飛び散るようなエフェクトと共に、エリちゃんがのけぞった。
「どわああああああっ!」
好機! とばかりに、僕はフル充電された体力で、力いっぱいエリちゃんにタックルした。
そのときにはもう、イグアスは僕の肩を踏み台に跳躍していた。
岩のような頑丈なドワーフの体とぶつかったエリちゃんが吹っ飛ぶ。
意図していたわけではなかったが、手にしていたハンマーがどすんと近くに落ちる。ナイス俺!
完全無防備になったエリちゃんの頭上で、イグアスがぽいっと石を捨てた。
これは――スキル効果を狙っての行動だ!
つまりこういうことだ!!
【格闘家・戦闘スキル】
《格闘センス》……回避力とクリティカル率が上昇する。
《一撃粉砕》……素手やグローブ、爪系武器の装備時、ランダムでクリティカル攻撃が発動する。
……と、石が《一撃必殺》スキル発動の対象になるのか、今後要検証と判断されたらしい。
とりあえず今回は捨てられた。
そう、イグアスが狙っているのは、必殺の一撃!!!
その名の通りの一撃は、モンスターの装甲や硬い筋肉を無視して、叩き込まれる!!!
「やれ! イグ!」
意外に熱いセイヴの声が飛ぶ。
「が、がんばれ!」
ちょっと控えめだが、ノアもちゃんと声を出して応援している。
そんな兄弟の声に答える代わりに、
「――ふっ」
と、ほんとの格闘家みたいな短い声を上げ、イグアスは近くの岩壁に、とん、と足裏を押し付けた。
「りゅーう、せーい……」
そのままぐっと膝を曲げ、軌道修正と共に、一気にエリちゃんを強襲する!
「――げりっ!」
壁を蹴った勢いを利用し、破壊された顔面をぶち抜かんばかりの、《流星蹴り》だ。現状彼が使える技で、一番威力がでかい。技名は別に言わんでもいいが。そこは好みだ。
クリティカル発動率の高さと、フルダイブ身体能力を生かした一撃が。
単眼の――おそらく急所だった――部位破壊で激減した生命力を、一気に減らし切った。
――バキィィィンッ!
部位破壊より大きな音がして、エリちゃんが粉々に砕け散った。というか、ガラスが弾けるようなエフェクトが発生した。
「……や、やった……すごいぞ……」
エリちゃんを吹っ飛ばした勢いで、自分もごろごろと転がって壁にぶつかっていた僕は、短い手足をジタバタさせながら体を起こした。
フルダイブ運動能力は、僕は高くないのだ……。
でも、踏ん張ることはなんとか出来た。
初戦闘で、子供達を怪我をさせずにすんだ。
そのことにだけは、自分で自分を讃えた。
これから怪我をしたり、怖い思いをすることがあっても。
最初の戦闘でだけは、怖い思いをさせたくなかったからだ。
初めての戦闘は、楽しかった気持ちだけで終わってほしかった。
とはいっても、三人三様、ちゃんと役割をこなしてたけどね。
それどころか、完全に格上のモンスターを倒してしまった。
かなり経験値が入ったんじゃないか?
「イグー! お前、やるゲーム間違えてるだろ!」
セイヴがイグアスの許に駆け寄り、抱きついていた。
イグアスが目をきょとんとさせている。
「え、なんで? 合ってるよ?」
「すごい! すごいよ!」
「なー! すごかったよな!」
ノアはちょっと控えめに近寄っていたが、完全に興奮しているセイヴが片手を伸ばしてその肩をがっしと抱いた。
「えへへ、すごかった?」
イグアスが珍しく、ちょっと照れたような笑顔を見せた。
「うん、すごかったよ!」
「ふつーレベル1で倒せないだろ、あんなの!」
「えへへ、へへ……ゲームで友達にすごいって言われたの、久しぶりだ……」
イグアスが顔をくしゃくしゃにする。無表情でエリちゃんの急所に全攻撃的確にヒットさせた殺戮マシーンとは思えない、可愛らしい表情だ。
イグアスだけじゃない。ノアもセイヴも。
初見で格上モンスターを倒したことで、興奮し、はしゃいで、笑っている。まあ分かる。動画公開して見せたいくらいの神戦闘だったもんな。
うん。すごく、子供っぽいぞ。
彼らに出会う前、万葉に聞いた、彼らのことを思い出す。
(天月希くんは、ずっとひどいイジメに遭っていて、先生達もそれを無視してて、親御さんが気づくのに遅れてたら、自殺してたかもしれなくて――)
(佐藤佑真くんは、お母さんと一緒に暮らしてた男性が育児放棄してて、離婚したお父さんに引き取られるまで、学校もろくに行けてなかったの――)
(滝川幸太郎くんは、飲酒運転の車に跳ねられて、もう四年もリハビリを続けてるけど、今は友達と会ったり話すことさえないんだよ――)
僕は彼らの過去や境遇がどうあれ、ただ遊ぶことを手伝うボランティアをするだけのつもりだった。
それ以上のことは、きっと何もしてやれないからだ。
ただ一緒に、子供の頃に戻って、遊ぶだけ。
それぐらいなら出来ると、別に崇高な使命感で引き受けたわけじゃない。
彼らがやりたいと希望したのだから、僕がもし何か失敗してしまっても、責任は少ないはず。
だって、強制でもなんでもなく、彼ら自身が選んで、望んだんだから。
もう一度、友達と遊んでみたいと。
もし彼らの気が合わなかったとしても、僕がそれぞれ全力で友達になってやればいいだろうと思っていた。
なんか、杞憂だったみたい。
そういうとこ、やっぱり僕はもう大人だなぁ。
もう大人になってしまった僕は、彼らがただ「友達とゲームで遊べた」姿を眺めながら、ちょっぴり泣きそうになっていた。




