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第十四話 街道にて

 ――山本健人、初めての挫折……。


 突然ここで僕の半生を語ろう。


 僕は幼い頃から、普通だった。

 勉強も運動も普通……よりちょっと出来ないくらい。


 すいません。嘘つきました。運動はちょっとも出来ません。

 ただ、反復横跳びだけ異常に速いと言われたことはあるが。

 あと創作ダンスが胸を打つと、体育の先生に言われたこともあるわ。

 ……あっ、フォームダンスもマイムマイムだけ天才的だと絶賛されたな!

 けっこう出来てるな。


 しかしそれ以外は走るのも泳ぐのも球技も壊滅的で体育2だった。


 見た目は小学校高学年くらいからずんぐりしだして以下略。

 中年になった今では立派なデ以下略。


 昔から人見知りはまったくせず、かつのんびりした性格だったので、友達は多かったものの、男友達以外にモテたことはない。

 

 そんなごくごく普通の男で。

 クラスでは面白い奴と言われたりもしていたが(男子限定。僕は女子の前ではまったくはしゃげないタイプなのだ)。

 漫画もアニメもゲームもたいして深くない程度のオタクで。

 でもそれ以外の趣味も大してない。


 実家は父母妹の核家族で、スタンダードな雑種のキジトラ猫を二匹飼っている。

 あと小学生のときに飼い出した亀がまだ生きてる。


 そんな普通の僕であるが、挫折らしい挫折なんて、したことがなかった。


 普通の人生過ぎて、大きな失敗なんてなかったのだ。


 高校受験を第一志望落ちたことや、就活で60社落ちたこととかを、挫折とするなら、そうなんだろうけど。

 あんま気にしてなかった。

 滑り止めの学校のほうが女子の制服が可愛いとかうきうきしてたし。

 就職出来なくても飲食店とかでフリーターしたらいいし、そのままオーナーや店長に取り入って正社員になればいいやとか、スーパー楽天的に考えていた。


 そんな僕が初めて、挫折気分を味わっている。


 僕よりずっと賢くて良い大学に行った友人が就活で100社以上落ちて、「通知が来るたびに心の柱がポキンて一本ずつ折れてく……」と言っていたが、100本以上も心に柱を持っていた彼は偉かったと思う。


 僕なんかいま一本折れただけで、先生怖い……ってなってるよぉ。


 子育て怖いよぉ……。




「とーさん、どしたの? 暗いよー。元気だしてこー!」


 イグアスが駆け寄ってきて、ぴょんと僕の肩の上に乗っかる。

 獣人族セリアンスロープの少年の体重など、力自慢ドワーフおじさんにはどうということはないが。


「気にしてる? 気にしてる? ごめんね、とーさん」

 ぺちぺちと僕の青銅の兜を叩く。

「もう、うんこって言わないよ?」

 言うとるやんけ。

 いや、お店の前とかじゃなきゃいいんだよ……?

 ソフトクリーム屋さんの前ではやめようね。

 あれだけ泣いたら、もうしないだろうけど……。


「気にしすぎ」

 セイヴは僕のケツをつつく竹槍捌きが巧みになってきている。

 絶妙なチクチク加減で、気持ち良くすらなってきたぜ……。


「でも……生徒をちゃんと叱ってくれる先生って、いいと思いますけど」

 大人しく、あまり口を挟まないノアまでフォローしてくれた。


 イグアスを肩車したまま、テクテクと歩くドワーフの気分はまだ重い。

 叱った子供に逆に気を遣われてしまうおじさん。


 先生を甘く見てたかなぁ……?


「あんだけ騒がしいくせに、落ち込むきっかけがうんこって、もういい加減にいつもの親父になれよ」

 竹槍ツンツンツン。

「もう少し、右……」

「ここか?」

「あー、そのへん……そこに多分何らかのツボがあるかと思う……」

「オラオラ」


 あっ、気持ちいい……秘孔を突く才能がある……!


「セイヴの装備が竹槍じゃなくなっても、この竹槍は持っててほしい……」

「穴に刺してやろーか?」

「わー、竹カンチョー? 見たい!」


 頭の上でイグアスが興味津々な声を上げる。

「バカたれ! 拷問だよそんなの!」

「ごーもんってなに?」


 僕の顔の横でイグアスの両足がブラブラしている。

 降りる気ないんかい。このまま行くんかい。


 ついノリで大声を出してしまったが、イグアスは気にしてない。

 よほど肩車が気に入ったのか、

「父さんの肩車ひくーい!」

 なんてはしゃいでる。ドワーフの肩車だからな。


 同じ中学二年生でも、ノアとセイヴの二人に比べて、イグアスは本当に幼稚……もとい幼い。事故に遭った小学五年生から社会生活が営めなかったといっても、元々同級生の中でも精神年齢は低めだったのかもしれない。


 本人は天真爛漫で悪気はないのだが、今後も叱る機会があるかもしれんぞ。

 今度はなんとかカッとならずに宥めたいもんだ。


 イグアスが引きずらない子だったことと、セイヴがわりと兄貴肌で良かった。


 いかん。いかんぞ。もうちょっと明るくしなければ。

 なんだかノアの口数が減ってしまったし。


 あまり先生が考え過ぎてはいかんな!




 初めて子供を叱るという、最初の試練を乗り越え(原因はう〇こ)、いつものペースに戻りつつあったオニギール一家。


 デルテ平原を抜け、進行方向の右側には岩肌が増えてきたが、左側は鬱蒼とした森。

 途中までは多くのプレイヤーとすれ違ったし、NPCもいた。

 だが、グリニル鉱山のほうにはあまり進んでいる人がおらず、だんだんと人気がなくなってくる。


 まだゲーム時間は昼だが、森のほうに入ると暗そうだ。

 ウオォォォォーーー……ン……なんて狼の遠吠えみたいなのが聴こえてきて。

 怖い。

 この子達と遊ぶ前にソロでレベル上げをしていた僕だが、森には一人でよく入らなかった。怖いもん。

 平原の隅っこでブラウンワームとかをプチプチ潰していただけだ。


「ノア、これ見てごらん」

「あ、……はい」

 僕は所持しておいた地図をぼーっと歩いているノアに手渡した。

 初めてのフルダイブで疲れたかな? 彼はフルダイブ五感が鈍いようだから、ちょっと心配だ。少し気にしてあげないと。


「疲れてない?」

「大丈夫です」

「グラムストンがここで、ここがデルテ平原、この印入ってるとこがさっきの大樹。このまま街道をぐわーって進んで、僕達は西に向かってる。オーケイ?」

「はい」

「今僕らの左手側……方角的には南だね」

「ここですね」

 ノアの指が街道の下の黒っぽい部分を差す。

「そう。地図でいうと下側。そこが、リューネ森林。グラムで二番目に大きな森林地帯だ。ギュスターヴ古城やガランカラン遺跡はこの森を抜けていく」


「森行きたーい」

「オレらはまず鉱山だろ」

 イグアスが僕の頭の上から覗き込む。

 セイヴも僕の背後から、隣に来て覗き込んでいた。


「森には獣人達の集落もあるらしい。その関係のクエストもあるかもしれないから、行ってみたいね」

「鉱山に行く人、少ないですよね。こっちに来た途端、人が減ったような……」

「グリニル鋼石クエスト解放の条件が広まっていないせいだろうね。本当にまだ誰も解いてないか、僕達みたいに知ってるプレイヤーが隠してるかで。森のほうは、現在レアモンスター出現イベントが多数確認されているから、皆そっちに行くんだ。それに先日、ギュスターヴ古城の地下に巨大な霊廟への道が見つかったからね。そっちの攻略に皆回ってるよ」

「えー、ボクら出遅れちゃうよ」

「今更だろ?」

「鉱山だって、鍵の入手方法が出回れば、一気に沢山のプレイヤーが押し寄せてくるよ、きっと」


 焦った様子で僕の兜を揺すぶるイグアスを、セイヴとノアが宥める。


「だったら先に鉱山行くべきだろ」

「森とかお城のほうが、ゲームっぽいもん」

「そのへんの雰囲気も含めて、鉱山は穴場ってことじゃないの?」


 話し合いで盛り上がる子供達。

 いいなあ。

 こういう姿はやっぱり可愛いし、微笑ましい。

 先生冥利に尽きるや。

 ボランティアですけども。


「このへんで、オレが転移ポイント設定しとく」


 セイヴが突然言った。

 めちゃめちゃ街道の途中だが。

 まあグラニール大樹からけっこう歩いてるからな。


「いいと思うよ。転移設定ウインドウ出して、レ点付けるだけでも転移ポイントになるし、上書きも出来る」

「……さっき親父、カッコつけてなんか書いてなかったか?」

「…………」

「普通に黙るなよ。せめて言い訳しろよ」


 言いつつ、セイヴもさらさらとなんか書いた。

「おっ、セイヴも呪文風?」

「するか! 『リューネ森林沿いの道』って書いただけだ!」


 すぐ照れる可愛い奴め。

 ヤンキーにしては、けっこうキッチリしておる。


「パーティーみんなの転移ポイントが、僕の地図に反映されるよ」

 三人が地図を覗き込む。僕達が歩いている場所と、グラニール大樹の場所に◎マークが浮かび上がっている。

「その二重丸が、転移ポイント。自分が作った転移ポイントは赤で、パーティーメンバーが作った転移ポイントは青で表示される。パーティーを組んでいると、地図のようなアイテムにまで情報が共有される」

「へえ、便利ですね……!」

 ノアが感心したように言った。


「パーティーさえ組めば、他人の転移ポイントとか、情報がある程度分かっちまうわけか。そのへんの駆け引きとかもありそうだな」


 なんでセイヴくんはそう発想が悪い方向に鋭いんだ。

 しかし、この子の長所でもあるな。


 フルダイブ型MMORPGは、けっこうプレイヤーが運営の謎解きゲームに挑戦するかんじだから、セイヴはそのへんのゲーム勘が良いかも。


 道が何度か分かれ、森からずいぶん外れた。


 道中で狩り尽されたのか、モンスターもブラウンワームやちょっと色違いのサンドワームくらいしか出ないもんで、五文字以上しりとりとかしながら、ひたすら歩いていると。


 すっかり周囲は岩だらけになっていた。


「看板ある!」

 僕の上で、イグアスが声を上げた。

 うん。最後まで父さんの肩車できたね、君は。


 泣かせてしまった負い目から、降りろと言えなかった甘いお父さんである。

 このゲーム、かかる負荷で普通に疲労するのだが。

 ドワーフかつ斧戦士の体力は高いので、特に問題無かった。イグアスは軽いし。


 逆にイグアスはここまでノー疲労だぞ。

 せいぜいダンジョン内で働いてもらおう。


 分岐があり、

《グリニル鉱山、この先!》

 と書かれた看板の前に、僕らはやって来た。


「なんか親切ですね。この先だそうですよ」

「いやこれ、偽看板じゃねーの?」


 ノアとセイヴ。性格がはっきり分かれたな。


「セイヴが正解かな。こういう看板は、他のプレイヤーの罠であることが多い」

「えー、ひどいね!」

「なんつーゲームだ」

「怖いゲームな気がしてきた……」


 よいしょっ、と僕は看板を引っこ抜き、べきっと折って、紐でグルグルとくくって、アイテム袋に入れた。


「なんでそこまですんだよ? そのへん捨てとけよ」

「いやこれ手にした瞬間に僕のアイテム扱いでデータに残るんだよね。ゴミをそのへんに捨てると、〈警察隊ガーディ〉に捕まっちゃうかもしれないから……」

「ひでえゲーム」


 だから、子供達にブーツをくれた女の子達も、要らない装備をポイ捨てするわけにはいかなかったのだ。


「理不尽もまた一つの社会の闇……光あるところに闇は生まれるのさ……。ま、薪にはなるだろう。木材ゲットだぜ~」

「やったー! タダだ~!」


 イグアスを肩車したまま、ドワーフステップ(ただの反復横跳び)を披露した。

「遊園地みたい!」とイグアスが喜ぶ。


 幼稚であろうが、イグアスがはしゃいでいるほうが僕は嬉しかった。


「……なんだ、コイツら、心配してソンした……」

 セイヴが顔をしかめ、ぼそっと言った。ノアがちょっと驚いたように彼を見た。

「あ、心配してたんだ……?」

「ち、ちがっ……!」


 ベタな反応をしつつ、セイヴが顔真っ赤にしたのは言うまでもない。

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